裏返し
寝ぼけたまま着替えたせいか、服が裏返しになっていた。
出かける前に気づけてよかった。誰にも見られていないからセーフだ。ここに弟がいたら、丸一日擦られかもしれない……ってあいつもそんなに暇じゃないか。
まだ待ち合わせまで余裕があるので、徐にスマホを見てみた。LINEが一通。相手は弟、「写真を送信しました」だって。
なんだろうと思ってアプリを立ち上げると、送られてきたのは弟の自撮り写真だった。たぶん、こんな服を着てるから見つけろよってことだと思う。プラス、新しく買ったけどかなり気に入っていますっていう彼なりのアピール。
「そのカーディガン、前後ろ逆じゃない?」
「アホか。リバーシブルだよ」
あー、なんだ。
以前、なにかの本で読んだことがある。意図せず服を裏返しの状態で着るのって、なんでかスピリチュアル的観点からすると幸運が舞い込む前兆らしい。そのまますぐに直すんじゃなくて、一旦心の中で願い事を言ってから直すとなおいいそうだ。
「もうちょっと早くに思い出せばよかったなぁ」
ちなみにこのジンクス、意図して裏返しで着ると意味がないそうだ。じゃあ、弟が今日着てくるようなリバーシブルは意味ないってことだね。おしゃれだからいいけど。彼のカーディガンは前後ろだったけど、なかには裏表でふた通り楽しめるってタイプもあるよね。リバーシブルを最初に考えた人、天才すぎない?
私と弟の短いやり取りの後、今度は後輩がメッセージを送ってきた。その時になって気づいたんだが、これ3人で集まったトークルームだったのね。そりゃそうか。これからの待ち合わせって、私たち3人で集まるんだもんな。
「さっきから道行く人たち、みんな服裏返しなんだけど流行ってるの?」
「……」
すぐさまに文字を叩く。そして、送信。同じタイミングで弟からのメッセージも表示された。さすがは双子。こういうところまで息ぴったりなんだもんね。あんまり嬉しくはないけれど。
「「引き返して逃げろ」」
リバーシブルでもよくない意味がある。それは、生と死を区別するための裏返し。死者に着せる着物が左前になるのも、足袋を左右逆に履かせるのも、この「逆さ事」の風習に因むものだ。死者の世界って、生きている人たちの世界と全部逆らしいよ。知らんけど。
(いつもの3人シリーズ)
(怪談「あべこべ」リスペクト)
鳥のように
「もし鳥になれるならなにになりたい?」
「あ、鳥限定なのね……」
私の双子の弟は生き物をこよなく愛している。だから、突然こんな質問をされても「まあこいつだしな」ですんなり受け取ってしまうのだ。
「んー……」
空を飛んでみたいと思ったことはある。これ、結構経験された方も多いんじゃないだろうか? せっかくなら鳥みたいにね、バサバサッと翼をはためかせて飛べたらどんなに気持ちいいかなーって思うことはあるけれど。
「鳥を選べとはいままで言われたことなかったなぁ」
私だって動物は好きだよ。弟ほどじゃないけど。ちなみに、犬か猫かだったら犬だ。猫もかわいいし好きだけど、犬はなんかもう心臓がキュンどころかギュンッてなる。要は大好き。
迷いに迷う私とは反対に、後輩はもうすでに決まったらしい。
「オレ、フクロウがいい」
「ヘドウィグ?」
「シロフクロウかわいいよな。メンフクロウも好きだけど」
あ、これ私たちがセーブしないと弟が延々と語るパターンか? たしかにどっちもかわいいけどさ。
「ちなみに、なんでいろんな鳥のなかでフクロウ選んだの?」
「単純に好きなだけ」
「そうなんだ。まあ、君、フクロウに似てるもんね」
「……褒めてる?」
「なかなか人に懐かない感じは解釈一致するぞ」
うん、弟が全部言ってくれた。後輩は髪が白いからますますヘドウィグ……じゃなかった、シロフクロウっぽい。
「んー、最近気になってるのも加味してコザクラインコかな」
「色いいよな。あとはかわいい」
「ほんとだ。鳥ってカラフルな奴多いよね」
ピンと来なかった後輩は早速スマホで調べていたし、弟はなんか腕組みしてうなずいている。後方ナントカ面って奴? こいつ、本当に動物好きなんだな。全肯定じゃん。
あとで、鳥みたいに空を飛びたいならもっと別の鳥のほうがよかったんじゃないかと思い直したよ。インコってなんかペットとして大事に籠に仕舞われるイメージ強いもんな。
「そういうあんたは? どの鳥になりたいの?」
「シマエナガ」
「「かわいい」」
てっきり鷹とかかっこいい鳥が来るのかなと思ったら、私たちが挙げた鳥のなかで一番サイズも小さい奴がきた。しかも、全員一致の「かわいい」認定の鳥。意外すぎる。
「あいつになったら人にチヤホヤされそうだから」
「「そっち?」」
かまちょらしい理由だなぁ……。
(いつもの3人シリーズ)
鏡
「今日のお題を見た瞬間に急にやる気になりやがった」
「あんたの姉だよ、なんとかして」
「無理」
「諦めるの早くない?」
ふたりが引いてるのも無理ないと思う。現に私、いますっごくわくわくしてる。絵文字つけたいぐらい!
鏡は好きだよ。おしゃれな私を映してくれるから−−なんていうと思ったか。
そんな理由なわけあるもんか!
「鏡は怖い話の常連アイテムだからね!」
「「知らない」」
「なんでだよ! ムラサキカガミとか有名じゃない⁈」
「お前ほんとその地雷系都市伝説好きだな。何回擦るんだよ」
「ここのアプリで話してないからいいじゃん。んー、でも、同じのばっかりだとこっちも面白くないしな」
「今日、やたらとメタくない? 大丈夫?」
「せっかくだしみんなで騒げる奴をやる⁈」
「いやな予感しかしない」
「その名も『ブラッディ・メアリー』!」
「「パス」」
「だよね! 知ってた‼︎」
どこまでも冷静なふたりで助かった。私が暴走しても止めてくれるもんね!
念のために解説を挟むと、『ブラッディ・メアリー』とはアメリカ発祥の合わせ鏡を使う降霊術ゲームだ。そう、降霊術です。なので、絶賛非推奨です。いい子も悪い子も絶対に真似するなよ。どうなっても知らないから。
ふと、後輩が口を開く。
「鏡ってなんで怖いイメージが付き纏うのかな」
「自分が全くそのまま反映されるからじゃねえか? それが突然、違う動きをしたらと思うと怖くね?」
すかさず私の弟が言う。たしかに、それはいまでも思う。なんなら、普通なら私たちが絶対に見られない後ろも見えちゃうからね。ふとした瞬間に、見えてはいけないものが映ってたらと思うと……。
「結局、ホラー現象について考えすぎるから怖いって思うんじゃない? オレだって、あんたたちとの付き合いがなかったら鏡を怖いって感じなかった気がするんだけど」
おいおい後輩よ。鏡への恐怖は私たちのせいだって言うのか? たしかに、君にホラーとかオカルトを叩き込んだのは主に私だけどさぁ。
「−−昔、鏡が神聖視されてたってのが根っこにあるせいじゃないかな」
神聖なもの。いわゆる宗教的なものとして捉えられていたということだ。昔の宗教というと、自分たちの常識の範疇にないものは、全て「神がかり」や「自分たちとは違う存在によるもの」という解釈で罷り通る。そういうことが当たり前だった時代と、いまの私たちは地続きで繋がっている。
「さらにいうと、鏡はこの世とあの世の境目だって考えもあったんだよね」
「あ、その境目を見合う形で合わせるとなにが起きるかわからないから、合わせ鏡はよくないってことか?」
「あたしはそう考えてる」
「へー。なんとなく理解できた」
はてさて、鏡を見てどう感じるか。なにを思うのか。
すべては、見る人、使う人次第。
(いつもの3人シリーズ)
夜の海
海自体にあんまりいい思い出はない。けっして、いやな思い出とか、トラウマがあるとかじゃなくて
「なんかよからぬモノが多いんだよね、海って」
「……オレ、つくづく見えなくてよかったって思ってる」
「うん。羨ましいぐらい。一生見えなくていいよ」
後輩は、私が全部視えてしまうことを知っている。全部とは即ち、この世ならざるモノを含めての全部だ。昔からそう。はっきり視えすぎて、独りだと誰が自分にしか視えないモノなのかが判断できないぐらいなんだ。
「そんなにいるの? その、ユウレイって」
「うん。特にあたしの場合、生きてる人間と同じぐらいの濃さで見えるから、キレイな形をしてるヤツほどわかりにくい」
「大変だね……」
どうやら私の実体験らしいんだけど。独りで空を見て話し込んでるなと訝しんだ瞬間に、幼い私は急に引きずられるような形で海に向かって歩いていったらしい。覚えてないんだよねー、これ。たぶん、幼心に怖すぎて封印しちゃったんじゃないだろうか。
これを教えてくれたのは弟なんだけど、彼としては「抜け駆けはずるい!」って叫んだらしい。そこで両親が異変に気づいて駆けつけてくれたから、私は無事だったわけなんだが。
「結局、海ってさ、事故だったり災難だったりで人間も文明の機器やらなにやらも全部呑み込んじゃうでしょ。だから、悪いモノも混じりやすいんだと思う」
「視えたらいいってもんでもないんだね」
「そりゃあね! 夏の思い出の代名詞たる海にいい思い出がないんだもん! 損してるでしょ」
「……夜釣りと夜の浜辺で花火しようって誘われてるんだけど、断ったほうがいい?」
「場所と時間によるけど、あたしだったらパス」
「わかった。満場一致で行かないことにした、って弟に言っておいて」
「よりによって誘ったの弟かよ」
(いつもの3人シリーズ)
(お盆期間に水辺は行くなってよく言うよね、ってお話)
麦わら帽子
「麦わら帽子が欲しい」
自由人な弟が呟いている。さっきまでONE PIEC◯を読んでたか見てたのかな。麦わらと聞いて一番最初に出てくるのがそれなんだもん。
「昔さ、俺とお前でおそろいの奴あったじゃん。リボンだけ色違いの」
「あー!」
あれは、ママが買ってきてくれたんだっけ。男女とはいえ双子だから、ママも張り切って服を用意していたんだよね。
色違いのお揃いや、男女でも似たようなコーデができるものが多かったかな。ちなみに麦わら帽子は、私が赤いリボンで弟が青いリボンだった。偶然にも好きな色が被らなかったから、ママも集めやすかったかもしれない。
「どうせもう入らないしさ、改めておそろっちしようぜ」
「やだ」
「なんでだよ」
「あんたがいろいろ調子に乗りそう」
「仲良しアピール付き合えよ」
「いまさら要る?」
おそろいの帽子を手にしたその日のうちに、かまちょの弟なら「昔みたいにイロチコーデしようぜ」って迫ってきそうだ。予め断っておこう−−って、思ってたんだけどね……。
なんともまあ運命ってのは皮肉で、断った矢先にフォルムも色合いもすごく好みな麦わら帽子に出会ってしまった。しかも、リボンのカラーバリエーションがすごく豊富だ。私の赤と弟の青どころの話じゃない。あれかな、昨今の推し活に対応してる説ある?
「……たまにはいっか」
乗ってやろうかな、今回は。本当は欲しかったし。
綺麗な緑色のリボンも選べるようだから、ふたりでお揃いじゃなくって翠目の後輩も巻き込んでしまおう。思わずニヤリと笑っていた。
(いつもの3人シリーズ)