Kagari

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夜の海

 海自体にあんまりいい思い出はない。けっして、いやな思い出とか、トラウマがあるとかじゃなくて

「なんかよからぬモノが多いんだよね、海って」
「……オレ、つくづく見えなくてよかったって思ってる」
「うん。羨ましいぐらい。一生見えなくていいよ」

 後輩は、私が全部視えてしまうことを知っている。全部とは即ち、この世ならざるモノを含めての全部だ。昔からそう。はっきり視えすぎて、独りだと誰が自分にしか視えないモノなのかが判断できないぐらいなんだ。

「そんなにいるの? その、ユウレイって」
「うん。特にあたしの場合、生きてる人間と同じぐらいの濃さで見えるから、キレイな形をしてるヤツほどわかりにくい」
「大変だね……」

 どうやら私の実体験らしいんだけど。独りで空を見て話し込んでるなと訝しんだ瞬間に、幼い私は急に引きずられるような形で海に向かって歩いていったらしい。覚えてないんだよねー、これ。たぶん、幼心に怖すぎて封印しちゃったんじゃないだろうか。
 これを教えてくれたのは弟なんだけど、彼としては「抜け駆けはずるい!」って叫んだらしい。そこで両親が異変に気づいて駆けつけてくれたから、私は無事だったわけなんだが。

「結局、海ってさ、事故だったり災難だったりで人間も文明の機器やらなにやらも全部呑み込んじゃうでしょ。だから、悪いモノも混じりやすいんだと思う」
「視えたらいいってもんでもないんだね」
「そりゃあね! 夏の思い出の代名詞たる海にいい思い出がないんだもん! 損してるでしょ」
「……夜釣りと夜の浜辺で花火しようって誘われてるんだけど、断ったほうがいい?」
「場所と時間によるけど、あたしだったらパス」
「わかった。満場一致で行かないことにした、って弟に言っておいて」
「よりによって誘ったの弟かよ」


(いつもの3人シリーズ)
(お盆期間に水辺は行くなってよく言うよね、ってお話)

8/16/2024, 8:48:34 AM