麦わら帽子
「麦わら帽子が欲しい」
自由人な弟が呟いている。さっきまでONE PIEC◯を読んでたか見てたのかな。麦わらと聞いて一番最初に出てくるのがそれなんだもん。
「昔さ、俺とお前でおそろいの奴あったじゃん。リボンだけ色違いの」
「あー!」
あれは、ママが買ってきてくれたんだっけ。男女とはいえ双子だから、ママも張り切って服を用意していたんだよね。
色違いのお揃いや、男女でも似たようなコーデができるものが多かったかな。ちなみに麦わら帽子は、私が赤いリボンで弟が青いリボンだった。偶然にも好きな色が被らなかったから、ママも集めやすかったかもしれない。
「どうせもう入らないしさ、改めておそろっちしようぜ」
「やだ」
「なんでだよ」
「あんたがいろいろ調子に乗りそう」
「仲良しアピール付き合えよ」
「いまさら要る?」
おそろいの帽子を手にしたその日のうちに、かまちょの弟なら「昔みたいにイロチコーデしようぜ」って迫ってきそうだ。予め断っておこう−−って、思ってたんだけどね……。
なんともまあ運命ってのは皮肉で、断った矢先にフォルムも色合いもすごく好みな麦わら帽子に出会ってしまった。しかも、リボンのカラーバリエーションがすごく豊富だ。私の赤と弟の青どころの話じゃない。あれかな、昨今の推し活に対応してる説ある?
「……たまにはいっか」
乗ってやろうかな、今回は。本当は欲しかったし。
綺麗な緑色のリボンも選べるようだから、ふたりでお揃いじゃなくって翠目の後輩も巻き込んでしまおう。思わずニヤリと笑っていた。
(いつもの3人シリーズ)
終点
アルバイトを終えて駅に向かってだらだら歩いていると、私たち3人の左隣を電車が通り過ぎた。
「誰も乗ってないね」
「週末にしてはめずらしいな」
夜とはいえ時刻は9時を過ぎたところ。週末というのを考えても、こんなに閑散としているのは少し変な気がする。しかも、1両目だけじゃなくてどの車両にも人の姿がないときた。
「回送って奴?」
「いやちょっと待って」
「嘘だろ、」
最後尾の車両の電光掲示板に、絶対にありえない名前が表示されていたものだから、私と弟は咄嗟に声を上げた。電車はとうとう後ろ姿も見えなくなったが、私と弟は興奮冷めやらない。
「行き先のとこなんて書いてたの? 回送じゃなかったことだけはわかったけど、読めなかった」
「「きさらぎ駅」」
「えっ⁈」
【きさらぎ駅】とは、異界駅。ないしそれにまつわる都市伝説。異界駅とは即ち、私たちが暮らしている世界とはまた異なる世界にある駅のこと。流行りの異世界だったらなんか夢は感じるけど、個人的には【きさらぎ駅】のある場所は「あの世」なんじゃないかと思っている。私だけじゃなく、弟と後輩もそう思っているはずだ。なにせ、この解釈を私が彼らに話したのだから。
ちょっとだけ縁があって、私たち全員【きさらぎ駅】を知っている。なんとなく実在性も薄々感じているぐらいには。
まさか、また出遭うことになろうとは……。
「あのさ、君たちに見てもらいたいんだけど」
電車に一番近かったのは私だった。
街灯も少ないから暗くて見えづらいだろうけど、弟と後輩にどうしても確認して欲しかった。
私たちが向かっている駅は終点−−つまりは線路の端っこ。終点駅にある電車を仕舞う倉庫すら、私たちの目と鼻の先にある。
おわかりいただけるだろうか。つまりは、私たちの真横には線路なんてないのだ。
「幽霊列車……」
弟か、後輩か、はたまた私だったか。誰かがぽつりとその言葉を呟いた。
はて、【きさらぎ駅】は異界駅の終点だろうか?
(いつもの3人シリーズ)
上手くいかなくたっていい
「……明日の式、自信ない」
なんて後輩が俯きがちにぽつりと呟いた。
そんな悩める後輩へなんの言葉を送るべきか、一瞬迷った私は双子の弟と顔を見合わせた。言葉を選ぶっていうよりは、どっちがどっちの言葉を言おうかっていうちょっとした打ち合わせ? アイコンタクトみたいなもの。
「「別に上手くいかなくてもいいじゃん」」
ああ、やっぱり。私も弟も、最初に言いたい言葉はそれだった。なんだかんだで思考回路が似通ってるのかもしれない。嬉しいかどうかはさておいて。
「そりゃあいいとこ見せたいだろうけどさ」
「別に死ぬわけじゃねえんだし」
「心のどっかでビビりながらやるほうが失敗するよ」
「そうそう。失敗するかも、思いどおりにいかないもんだって思ってると本当にそのとおりになるんだ、ってどっかの偉い誰かが言ってたぞ」
私と弟、口々に思いついた言葉を声に上げる。だって、私たちは知ってるもん。後輩が明日に向けてどれだけ頑張ってきたのか、見ていた。
だから、この言葉だけは絶対に伝えたい。
「「大丈夫だよ」」
私たちも信じてるから、自分のことを信じてあげてほしい。
でも、心の片隅でもいいからこれは思っててほしい。
『たとえ上手くいかなくたって、明日は明日の風が吹く』
(いつもの3人シリーズ)
最初から決まってた
「あんまり好きじゃないんだよねー、その言葉」
「だろうな」
さすがは弟。すぐに察してくれたか。そう、好きじゃないです。「神のみぞ知る」よりは嫌いかも。
「書くことがダブりそうだけどさ。『最初から全部決まってるなら』、あたし間もなく死ぬじゃん」
「いきなり死を持ってくんなや。極論すぎだぞ」
「というか、メタをちゃっかり言わないで」
後輩からもダメ出しされたが、本心を言ったまでだ。
その言葉は、最初からなにもかも諦めてしまうようなニュアンスを感じるから、極力言わないようにしてるし、考えないようにもしている。
いままでいろんな占いで「大人になるまで生きられない」という最高に不名誉な託宣を授かっている私としては、決められたら困るんだよ。まだまだやりたいことも見たいこともいっぱいあるのに、なんで死ななきゃいけないの? 神様に愛されただけで? 愛してるなら見守ってくれやむしろ。そんなんだから、なにがなんでも運命とやらに抗いたいと常日頃思っている私である。
おかげさまで、最近は「殺しても死ななそう」って言われるようになった。嬉しいような悲しいような。
「別に悪いことばかりじゃないじゃん」
と異論を上げたのは、後輩だ。私と弟を見上げる綺麗な翠色の目は、どこまでも純粋である。子どものような純真さを無くさなかった彼が、ちょっと羨ましい。
そんな彼は、どんな反対な意見を紡ぐんだろう?
「本当に最初から全部決まってるのかどうかはどうでもいいけどさ。オレたちの出会いって、悪いこと?」
まさか、後輩からこんな言葉が出てくるなんて夢にも思わなかった! 私に訊いた瞬間に恥ずかしくなったのか、耳まで真っ赤になっちゃったけど。
「……もう二度と言わない」
「ちゃーんとばっちり聞いてたからもう1回言えとか言わないよ〜」
彼の言うとおりじゃん。神様が決めたとおりにいままでのことが起きてるんだとしたら、悪いことばかりじゃない。ちゃんといいこともあった。
そういえば、どこかで聞いたな。−−たとえ辛くても、神は乗り越えられるものしか与えないんだって。
じゃあ、私の短命予言も、覆せるってこと? 俄然ヤル気が湧いてきた。ポジティブに捉え直させてくれた彼には感謝しなきゃ。
「俺の姉になるのも最初から決まってたってことだろ。よかったな」
「よくない」
「なんでだよ」
「そういうところだよ」
(いつもの3人シリーズ)
太陽
うちの双子の弟は、世にいう晴れ男だ。だいたい彼の楽しみにしている日は、雷が轟く土砂降りの雨が前日までざあざあと降ろうが、家が壊れるんじゃないかと不安になるような嵐が来ようが、絶対に晴れる。
一方で奴の双子の姉の私。実は雨女だ。楽しみにしている日は、必ずと言っていいほど雨が降る。
「そこまで双子で対照的にならなくてもよくない?」
と、後輩からは呆れられたけど、別に私たちだって好きでこうなったわけじゃない。
「ふたりともが楽しみにしてる日はどうなるの?」
「最初は雨が降って、途中から晴れる」
「えぇ……。両者一歩も譲らずって感じ?」
「譲らないっていうか、雨で穢れだなんだを祓い清めた後で、仕上げにお天道様が照らしてくれてるだけだよ。知らんけど」
「そんな解釈でいいの?」
「いいでしょ。誰かに迷惑かけてるわけじゃないし」
さしずめ私が祓い清めて、弟が乾かし育む。こんな感じでいいんじゃないだろうか。
ひょっとして、対照的に喧嘩し合ってるわけじゃなくて、ある意味運命共同体……そこまでいかなくても助け合えよってことかもね。
(いつもの3人シリーズ)