シャイロック

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2/6/2025, 4:03:17 AM

heart to heart

 子どもの時に観たSFドラマの中で、宇宙人はまばたきしないので、まばたきをしない人を見つけてはやっつけ、地球に侵略されるのを防ぐというのがあった。
 それがオレの心に、トラウマに近い感じで刻みつけられ、以来、相対して話す人のまばたきを確認しては安心している。
 でも、たった今、オレは宇宙人を見つけてしまった。商談をした相手会社の営業が、30分も話したのに、その間、一度もまばたきしなかった。オレの頭には、途中から商談が全然入ってこなかった。◯◯商事の田中課長が宇宙人だったなんて!
 オレはどうしたら良いんだ?警察に連絡するのもためらわれる。「宇宙人はまばたきしないんです」って言っても笑われるだけだろう。だけど、現実問題として、30分もまばたきしないでいられるか?このままにしておいて、地球侵略されたらどうする?頭が破裂しそうなぐらい考えたが分からなかった。
 ところが!オレが帰社すると、田中課長が先に着いていた。受付で案内を乞うつもりだったようだ。
「田中課長、先ほどはありがとうございました」と声を掛けると、嬉しそうに「あぁ、良かった横山さま、言い忘れたことがありまして」
「おや、なんでしょうか?」
なんとなく移動する田中課長に着いて行くと、ちょうど受付ロビーの真ん中辺に出た。
『私のこと、何か気がついたんですね?』それは、声ではなく、直接オレの中に響いてきた。「え、え?何のことでしょう?」オレは思わず口に出して言っていた。
『あなたが初めてです。私がまばたきしないことに気が付きましたね?』
『あーやっぱり?』心の中で納得しただけなのに、田中課長には伝わったらしい。
『そのやっぱり、なんです』
『ひぇっ、宇宙人?!』
『すみません、このことはどうかご内密に!私にも、家族がおります。地球人の妻と子どもたちです』
『ち、地球侵略しないですか』
『しませんよ。しませんからお願いします』
心の中で考えたら、オレの言葉がちゃんと通じた。田中課長の声も聞こえる。テレパシーというか、心と心で直接通じている。
 こうして会話?していると、田中課長に急激に親近感が湧いた。
「分かりました。安心して下さい」と、口に出してから、今度は『誰にも言いませんよ』と心で言った。
「今回のお取引は、ぜひ御社と契約したいです。よろしくお願いします」と、田中課長も大きな声で言って頭を下げた。その後、
『ありがとうございます』と心で言って、去って行った。
 何故か晴れ晴れとした気分になって、疲れが溜まっていた身体も軽くなった気がする。大口の契約も成立したし、良いことをしたからだろう。

No.100

2/5/2025, 3:20:34 AM

永遠の花束

あなたが私にくれた愛が
私の永遠の花束
どんなプレゼントにも勝る
一生枯れない花束

だから遠慮しないで
去って行っていいの

私はあなたがくれた
永遠の花束をかかえて
一人で生きていく
 
No.99

2/4/2025, 3:54:09 AM

やさしくしないで

 みんなで雪道を歩いていた。家族5人と親の友人2人と、地元の達磨市に行くためだった。親の友人とは言っても、趣味の仲間だから割合若い。その片方に、私は少し気があった。
 珍しく雪が降り、私はビクビクしながら歩いていた。父が「転ぶなよ。びしょ濡れになるぞ」と言ったので尚さらプレッシャーになった。普段、降らない土地なので気温が高いのだろう。雪は、踏むとビシャっと周りに水が飛び散るほど水分が多かった。
 それほど気をつけていたのに、道の端が少し斜めになっている場所をうっかり踏んだら、金属の側溝蓋で、私はあえなく転んだ。
 中学生で思春期の多感な時期だった。尻餅をついて、びしょ濡れになった服のことよりも、恥ずかしさが先に立ち、いつもなら、それ見たことかと激しい叱責を浴びるところだが、友人が一緒だったせいか親もさほど言わず、私は服の汚れを取ることもせず、顔を覆ってしまった。
 「どうした、行くぞ」「イヤ!恥ずかしい!」いつもなら父に逆らうと殴られるので、怖くてこんなことは言えない。それを超えるほど恥ずかしさが勝っていた。
 「だいじょうぶだよ。もともとの色のせいか、濡れてるのもあんまり目立たないよ」
転んだ瞬間に手を引っ張って起こしてくれた、友人が言った。この友人酒田に、気があったものだから、尚さら恥ずかしい。恥ずかしいのに「こんな道じゃ転んでもしょうがないよ。あの側溝、俺も見えなかった。誰が転んでもおかしくなかったんだよ」「ケガは、してないよな?」「冷たいだろう?風邪引かないといいけど」と、いろいろ言ってくる。
 こういう時は、声をかけられるとなお恥ずかしいものだ。
 私は心の中で叫んだ。
「やさしくしないで!」
心の中でだけど、大声で叫んだ。
「や・さ・し・く・し・な・い・でーっ!」

No.98
 

2/3/2025, 2:47:47 AM

隠された手紙

 家族でキャンプに来た小さな沢で、私は石の間から、小さく折りたたまれた手紙を見つけた。
 「ママ、着火剤どこ?」持ってきたキャンプ専用の箱を探せばあるはずなのに、夫は、何かと私を呼びたがる。「は〜い、今行くわ」、私は家族のもとに行った。小学生の息子と、その妹の方が、着々と必要な物を出していく。準備は、もうほとんど整っていた。
 6年生ともなば、夫と2人でテントも組み立てられる。娘は、クッションシートを、その中に敷き詰めている。
 一段落したら、急にポケットに入れたあの紙が気になってきた。
 差出人も受取人も書かれていない、メモのような紙にただ一言『分かった』。
 「ママ、始めるよ」「はい、これ着火剤」「おう、これこれ!」
 河原によくある、石を積み重ねた塔を眺めながら歩いているうちに、この手紙を見つけた。
 「分かった」とは、相手の言う事を納得したという意味の「分かった」なのか、調べていたことで、何か「分かった」のか?この隠され
た手紙が相手の手に渡らなかったことで、何か変化があったのか?無かったのか?
 いずれにしても、この手紙を届けるということは、現実的ではない。いつ、誰が書いたか分からないし、緊急性も無さそう。うちの前にキャンプした人たちの誰かとは限らないし。
 「ママ、何が『分かった』の?」娘が急に、私の腰に抱き着いた。「え?」無意識に、わかった、わかった、わかった?と、つぶやいていたらしい。
 なーんにも分からないままなのに、「分かった」みたいになってたなんて変だ。
 私は家族とのキャンプに専念することにした。バーベキューは、2年生の娘にはまだ火傷の危険性もあるし、何も分からない手紙に振り回されてもしょうがない。何だか知らないが「分かった」ことにしようと、私は、お肉の焼け具合に注意を払うことにした。

No.97

2/2/2025, 1:35:41 AM

バイバイ

 お子ちゃまって、泣いてぐずっていても、バイバイだけはやります。ママに「ほら、バイバイは?」と言われると、手をフリフリして、うまくすれば口の中で小さな声でバイバイと言います。
 親に教えられて、バイバイすると褒められて、という経験値の中で、反射的にやってしまうのでしょうね。
 さて、私は「さようなら」とか「バイバイ」とか、もう長い間言っていない。すぐにまた会う人でも、しばらく、いやもうずっと会えない人でも、「またね」「元気でね」と言って別れます。
 別れの言葉は寂しいから。

No.96

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