シャイロック

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やさしくしないで

 みんなで雪道を歩いていた。家族5人と親の友人2人と、地元の達磨市に行くためだった。親の友人とは言っても、趣味の仲間だから割合若い。その片方に、私は少し気があった。
 珍しく雪が降り、私はビクビクしながら歩いていた。父が「転ぶなよ。びしょ濡れになるぞ」と言ったので尚さらプレッシャーになった。普段、降らない土地なので気温が高いのだろう。雪は、踏むとビシャっと周りに水が飛び散るほど水分が多かった。
 それほど気をつけていたのに、道の端が少し斜めになっている場所をうっかり踏んだら、金属の側溝蓋で、私はあえなく転んだ。
 中学生で思春期の多感な時期だった。尻餅をついて、びしょ濡れになった服のことよりも、恥ずかしさが先に立ち、いつもなら、それ見たことかと激しい叱責を浴びるところだが、友人が一緒だったせいか親もさほど言わず、私は服の汚れを取ることもせず、顔を覆ってしまった。
 「どうした、行くぞ」「イヤ!恥ずかしい!」いつもなら父に逆らうと殴られるので、怖くてこんなことは言えない。それを超えるほど恥ずかしさが勝っていた。
 「だいじょうぶだよ。もともとの色のせいか、濡れてるのもあんまり目立たないよ」
転んだ瞬間に手を引っ張って起こしてくれた、友人が言った。この友人酒田に、気があったものだから、尚さら恥ずかしい。恥ずかしいのに「こんな道じゃ転んでもしょうがないよ。あの側溝、俺も見えなかった。誰が転んでもおかしくなかったんだよ」「ケガは、してないよな?」「冷たいだろう?風邪引かないといいけど」と、いろいろ言ってくる。
 こういう時は、声をかけられるとなお恥ずかしいものだ。
 私は心の中で叫んだ。
「やさしくしないで!」
心の中でだけど、大声で叫んだ。
「や・さ・し・く・し・な・い・でーっ!」

No.98
 

2/4/2025, 3:54:09 AM