シャイロック

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12/17/2024, 3:55:11 AM

風邪

 久しぶりに会社を休んだ。熱も有るしひどい頭痛で、市販の鎮痛解熱剤と風邪薬で、なんとかごまかして眠っていた。
 何度も目覚めてはまた寝たが、ちょうど深く眠っていた時だった。ふいにインターホンが鳴った。そう言えば、安アパートの階段を登ってくる音がしたのを、うつつで聞いたような気がする。「誰だよー具合悪いのに!」とモニターをみると、宅配便の制服を着ている人が映っていた。
 再配達は気の毒だなと思った俺は、インターホンに応じた。「はい」短く答えると、
「あー良かった!」と喜んでいる。
「◯◯運輸です。冷凍便です」
「冷凍?」「はい、〇〇市からです」
あー母か!と思ったが、寒気がしていて外に出る勇気も元気も無い。
「すみません。風邪で出られないので、ドアの前に置いていってもらっていいですか?」
「あ、は〜い、畏まりました」
程なくして、今度は鉄の階段を降りていく音がした。
 誰かに持ち去られても嫌なので、外出用のジャンパーを羽織ってドアを開けた。そこそこの大きさの段ボールが置いてあった。やっぱり母だ。箱を持ち上げたら、宅配の伝票になにかボールペンで書いてある。
 「おだいじに!」
下手な字の走り書きだが、なんだか嬉しくて涙が出た。風邪で、心細くなっていたのかな。 

12/16/2024, 3:07:48 AM

雪を待つ

 寒いのは嫌い。すごく嫌い。だけど雪が降る光景は美しいと思う。
 雪深い街で暮らすのは無理だが、年に1度か2度ぐらいなら、降ってくるといいなと思ってしまう。庭の樹木や、二階の窓から見える、家々の屋根に積もっているのを見ると、掛け値無しに美しいと思う。降る雪には詩が有る。物語が有る。
 雪国の人に叱られそうな贅沢な話だが、敢えて言う。一冬に1度か2度の雪を待ちたい。

12/15/2024, 5:42:19 AM

イルミネーション

 角を曲がると、昼間のように明るかった。ただの明かりとは思えないほど華やかだった。イルミネーションは、100m先まで続いていて、沿道の店も道行く人々も美しく照らしていた。
 組んでいた俺の腕をギュッと掴んで、彼女がつぶやいた。
「信じられないほど綺麗!」
「うん、すごいね」
 俺は腕を掴んでいる彼女の手を上から包むように握った。
「でも、一番キレイなのは君だよ」
クサすぎて言えないセリフを飲み込んで、彼女の肩を抱いた。
「さぁ、あっちまで全部見よう」

12/14/2024, 3:27:01 AM

愛を注いで

 「あんたは、私が厳しく育てたから、自分の子どもに甘いのね」
「甘いんじゃない。『優しく』してるの」
 この母に優しくされたことは無い。抱きしめられたり褒められたことが皆無なのだ。それが子ども心にどれだけ寂しいことか。それどころか、傷つく言葉をたくさん投げつけられた。DVだった父の方がまだ、機嫌が良ければひざに乗せて一緒にテレビを観たり、みかんを剥いてくれたりしたものだ。機嫌が良ければ、だが。
 母は、赤ん坊の時に父親が死んでしまい、祖母に女手ひとつで育てられた。あの時代に女性が仕事を持つのはたいへんだったろうに、夫がやっていた仕出し屋を継いで、祖母は必死で働いた。母は、お手伝いさんと近所の老夫婦に育てられたようなものだと、時々言っていた。充分に可愛がってもらったが、それでも寂しかったようだ。
 母親の愛情を知らずに育った母に、私は育てられた。その私も、母の愛を感じられずに育った。母だって、母として愛を注いだつもりなのだろうが、伝わらなかった。愛情表現が出来なかったのだろう。それで私も愛情表現が下手だ。
 だから私は、子どもたちにたっぷり愛を注いで育てている。抱っこやハグもするし褒めるし、叱るところは叱るが、なにしろ可愛かった。子どもたちが可愛くて可愛くて、愛を注いできたと思う。つまりはこれだと思う。意識しなくても、自然にあふれ出るのが愛情だ。

12/13/2024, 3:49:13 AM

心と心

 心はどこにあるの?と、子どもに聞かれたことがある。
胸に手を当ててよく考えなさい。と、親に言われたことがある。
人は脳で考えるんだ。と、理科の先生に教えてもらった。
 さて、本当に心はどこにあるのだろう。頭(脳)でモノを考えるのは分かっているが、心となると分からなくなる。私の心は、どこで悲しんだり喜んだりしているのだろう。
 阿刀田高先生だったか、星新一先生だったか忘れたけど、短い物語があった。人の脳だけ取り出して、ガラスのケースに入れられて生かされている。そんなケースが部屋いっぱいにある。私たちの人生のいろいろな経験は、実際のことではなく、すべて各々の脳が想像し、経験したと思わされている。という、ある意味恐ろしい話だった。
 仲間たちとの交友も、結婚出産子育ても、みんな想像???そうすると、心と心を通わせたと思っていた人とのこともそうじゃなかったの?これはなんとも、ある意味、ではなくて本当に恐ろしい話だ。

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