シャイロック

Open App
12/5/2024, 3:46:03 AM

夢と現実

 私の知り合いに、臨死体験をした人が2人居る。2人とも、お花畑と川がある場所まで行ったという。
 1人はパステルカラーのお花畑でキレイだなぁとぼぉっと眺めていたら、対岸から亡くなった叔母さんがあっちへ行けという手振りをしたので戻ってきたそうだ。
 もう1人は、原色の派手な花が咲き誇るお花畑を通り抜け、対岸から亡くなった母親と従兄弟が手招きしていて、そっちに行きたくて川を渡ろうとしたら、ものすごい濁流渦巻き、渡るに渡れなくて戻ってきたという。
 この2人の話からも、お花畑は本人のイメージから成っているのが分かる。おそらく、死ぬほど出血したり、ひどい病気だったりして、「もう死ぬのか」と思ったところから、脳内でその構図を作り上げるのではないか。要するにある意味ひとつの夢だと推察する。
 本人の現世への心残りで、戻ってこようとするとき、そのストーリーも自分で作るのだろう。呼ばれたり、あっちへ行けと言われたこともだ。
 さて、本当のところ「あの世」があるのかどうかも分からないので、これ以上は言えない。でも、現実に生きながらえた2人はいま、充実した生活を送っている。
 夢でも現実でもいいが、戻ってきて良かったのだと思う。

12/4/2024, 3:54:42 AM

さよならは言わないで

 大学生の時、好きになった人は、既婚者だった。通信教育課程でスクーリングに行っていた私は、体格も顔立ちも態度も、非常に大陸的な同級生に急に挨拶されて驚いた。まったく見ず知らずだったから。それから毎日挨拶を交わし合ううちに、私はどんどん彼に惹かれていった。
 そんな私の幼い恋心に、彼は付き合ってくれただけなのだろう。授業の合間に話をしたり、お茶を飲みに行ったり、美術館に行ったりと、手も握らない、現代では考えられない恋だった。なにしろ、50年も前の話だ。
 通信制は、普段は家で勉強し、レポートを単位数提出して合格しなければならない。それにスクーリングで授業を受けた単位をもらって、取得単位が満ちれば進級、卒業となる。
 そのスクーリングの短い間、彼とこうしていられたらそれでいい。終わったらお別れだ。私は自分なりにそう決めていた。
 約40日の過程がすべて終わり、これが最後という日、「解団式をサボってお茶しに行こう」と彼が言った。「そうだね。単位に関係ないもんね」と、2人で御茶ノ水の坂を降り始めた。A教授は厳しすぎるとか、B教授は面白かったとか、民事訴訟法が難解だとか、楽しく笑い合いながら歩いていた。
 そう、楽しかったのに、ふいに、押し寄せるように涙が湧いてきた。私は被っていた麦わら帽子で慌てて顔を隠した。急に黙った私に気づいて、彼は「どうした?」と帽子を取ろうとするが、私は両端をしっかり掴んで離さなかった。
 私の気持ちを察して、彼は2歩ぐらい前をゆっくり歩いていく。涙を拭いて帽子を被った頃、彼は振り向いて「さよならは言わないでね」
 先手を取られた、と私は思った。だが、また涙が出ると困るので、黙って頷いた。大きな手が差し出されたので握手をして、私の小さな小さな恋は終わったのだった。
 

12/3/2024, 3:51:55 AM

光と闇の狭間で

 安藤忠雄さんという建築家がいる。表参道ヒルズや、日本各地の美術館をデザインしてきた、日本有数の一級建築士だ。
 その作品の中に「光の教会」がある。コンクリート打ちっぱなしの壁に十字にすき間があって、外からの光で十字架に見えるというデザインだ(大阪府茨木市)。なんでも、水、風、光の三部作の一つだという。
 表の光の強弱で微妙に形や色、表情を変えるこの十字架は秀逸だと思う。外の光と、教会の建物の中の闇が融合して、荘厳で敬虔な雰囲気
を醸し出す。
 光と闇の狭間で神に祈りを下げる気持ちは、さぞかし落ち着いて穏やかなことだろう。淡々と純粋な祈りが捧げられるだろう。

12/2/2024, 1:52:09 AM

距離

 我々は、いま立ち止まっている場所を起点として、一瞬で移動すれば時間を1秒以下だが移動しているのではないかと、ずっと思っている。まぁ、普通は一歩で60〜80センチ程度の距離だが、地球の自転と反対側に移動すれば時間を遡り、同じ方向だと進む。
 だから、7m以上飛んでしまう走り幅跳びの人は、助走も合わせると、かなり時間移動しているのではないのか?
 だったら、新幹線や飛行機だともっとだ。なんだか楽しくならないか?1秒でもそうとうな距離だ。
 「星の王子さま」の中に、王子さまが小さな小さな星に行ったとき、椅子をズラしては日没を、何度も何度も見たというくだりがある。小さな星の自転に合わせて、時間移動した形だと思う。
 さぁ今日から、出来るだけ一歩を大きくして、走るときは全力で走ろう。時間移動のために距離を稼ぐと思うと、楽しいではないか!

12/1/2024, 6:31:00 AM

泣かないで

 れいかちゃんが泣いていたから、ぼくは頭をなでなでして「泣かないで」って言ってあげた。けいこ先生が来て「泣かせたのるいくん?」と言うから「違うよ!」って言った。
 「じゃぁ、なんでれいかちゃん泣いてるの?」「わかんない。泣いてたから頭なでなでしてあげてたの」「そうなのね」
 でも、他の子がいっぱい来て「るいくん、泣かせた、れいかちゃん泣かせた」と騒がれて、今度はぼくが泣いちゃった。 
 そしたらあいちゃんがぼくに「泣かないで」って言ってくれた。れいかちゃんもまだ泣いてるけど、ぼくだってそう簡単に泣くのは止めらんない。止まらないんだね。
 こんどはさおり先生がぼくたちのところに来て、「るいくん、どうして泣いちゃったの?」とあいちゃんに聞いた。あいちゃんは「わかんない」って言いながら、なんだか悲しくなっちゃったのかな、泣いちゃった。しょうがないから、ぼくは涙をスモックの袖でげしげし拭いて、あいちゃんに「泣かないで」って言ってあげた。
 後ろを見たら、みんなで泣いてた。けいこ先生とさおり先生が、みんなに「泣かないで」って言ってたけど、みんな泣いてた。
 これって、パニックって言うんだよね。

Next