冬のはじまり
紫煙が空気に溶け込んだ時、それが冬だと、冷たい空気のせいか、甘い香りに変わる。その一瞬が好きだった。
普段は、近くで煙草を吸われると、彼氏、友人、他人に関わらずさり気なく逃げるが、それだけは別だった。すれ違う赤の他人でさえ、煙草を吸っていると、通り過ぎた後、少しの間を置いて(ここがポイント)すうっと息を吸い込む。
その香りが甘くなったら、冬のはじまりを実感する。
今は、路上喫煙が禁止のところも多く、紫煙の甘さを感じる機会もずいぶん減ったけどね。
終わらせないで
楽しいことは「終わらせないで」と思う。
この楽しさが、いつまでも続いてほしい。でも、「幸せすぎて怖い」のと同じで、いつか終わるのを知っているから切ないのだ。そりゃ、毎日毎日「うぇ〜い!」というわけにはいかないのも分かっている。
だが、不思議なことに俺は、ルナとの仲は永遠だと思っていた。2人の愛はどちらか死ぬまで続くと・・・俺は馬鹿だ。
別れてほしいと言われたとき、俺は「ハトが豆鉄砲食らったような顔って、これだ」と頭の何処かで思った。丸く目と口を開いて、事態が飲み込めずフリーズしていた。
好きな人が出来た?俺以外に?そっちと結婚する?え?え?なに?なんで???
びっくりしすぎて解凍しない俺を残して、ルナは去って行った。一番「終わらせないで」というか、終わるとは思っていなかったことが終わった。終わったんだ。やっぱり終わりはあるんだ。
いつの間にか膝が濡れていた。意識していなかったが、俺は泣いているらしい。
愛情
愛情があれば、なんでも良いというわけではない。愛してくれているのは分かるが、束縛がキツく、自分の思い通りにしたくて騒ぐし、聞かないとヒステリーを起こす。そういう愛情の表現もあるのだろうけど、ほとほと疲れた。
いつか、2人で街を歩いていて、知り合いと会った。よっ、元気?程度の挨拶を交わしてすれ違ったのに、妻はキ〜ッとなって、
「あの人誰?」「私に分からないようになんか合図したでしょう?」「あんな笑顔をむけるのね!」「今度会うつもり?浮気?」
いくらただの知り合いであって、友達ですら
ないよ、と言っても聞かない。
俺の携帯は見るし、位置情報も共有していて、どこにいたの?何をしたの?と聞かれても、やましいことは何もない。
君のことを愛していて、こうして一緒に歩いているじゃないか。他の誰とも、手を繋いだりしないよ。
そう言うと、うん、それは分かってるんだけど、と可愛い唇を尖らせる。今はまだ、愛情からの嫉妬だからと許せるけど、俺もだんだん窮屈になってきた。
もしも別れるって言ったら、もっと、死ぬの生きるの殺すの殺されるのという騒ぎになるだろうな。
微熱
彼女はいつも、微熱でもあるように目が潤んでいた。ボクの手を握る指は細くて、思わず握り返すのだが、折らないように気をつけなければならない。透き通った白い肌は美しく、ずっと抱きしめて離したくないと思った。
「ねぇ、こっちに来て」と誘われて、ボクはふらふらと従った。これから起きることを想像して、胸が熱くなった。
「ここなら誰も来ないわ」そう言うと、木でできたベンチに座るように促した。ボクにとって、少し年上の彼女は魅力的で、何か言われたら従わなければならない、いや従いたいと思っている。
彼女はボクの肩に手を回して、顔を寄せて微笑んだ。あーこれが初キスになる。ボクは目を閉じた。
唇ではなく、首筋に熱い吐息を感じて、ボクはますます瞼に力を入れた。彼女が戯れで噛んたのだろう。ちょっとだけ痛かった。
目を開くと、間近に彼女の唇があったので、ボクはそれに吸い付いた。甘い甘い数秒後、彼女が言った。
「もう、あなたも私の仲間よ」
キスのせいか、微熱が出てきたような気がして、ボクは自分の額に手を当てた。
太陽の下で
果たして俺はどれだけの間、地下に居たのだろう。さっきふと目覚めたら、窓のない小さな部屋にいた。いつからか、それが普通だったのだろうか?なにしろ記憶が無い。目覚めるまでの記憶が一切合切無い。俺は誰だ?いくつだ?なにもわからない。
特に監禁されていたわけじゃなくて、普通に歩いてドアを開けて、階段を上ったらここに出た。だが、太陽の光が眩しくて、目が開けられない。上に来て、もう小一時間経ってもそうなんだから、しばらく日に当たっていないということなのではないのか?どうして、あの部屋に居たのだ?それも分からない。
さて、何も分からない状態では、これからどうしたら良いのかも分からない。しばらく、この太陽の下で日向ぼっこでもするか。
俺ってのん気だな。それだけは分かった。