『仮面のまま歳を重ねて』
大人たちよ、
あなたたちはいつから
立派なふりを覚えたのだろう。
正しさを語る声は震えている。
自信を装う背中は、どこか幼い。
胸の奥では、
十二歳のままの心臓が
不安のリズムを叩いている。
社会という教室では
誰もが机を並べ
「大人とはこうあるべきだ」と
互いに答案を見せ合っている。
だが、答え合わせは永遠に行われない。
誰も正解を知らないからだ。
怒鳴る上司も、
微笑む親も、
背伸びして恋を語る人も、
みな、仮面を貼りつけたまま
“成熟の劇”を演じているだけ。
夜、家に帰ると
仮面の裏側が泣いていることを
自分たちだけが知っている。
大人は存在しない。
あるのは、
大人という影を追いかける子どもたち。
未完成のまま歳を重ね、
未解決のまま責任を背負い、
未熟なまま世界を回している。
けれど──
だからこそ、
たったひとつの真実がある。
子どもであることを恥じぬ者だけが、
本当の意味で成長するのだ。
仮面をそっと外したとき、
きみの瞳に映る世界だけが、
大人という幻想を超えていく。
「努力とは、行為そのものを愛せるようになるまでの道のりである」
静かな正義の果てに
ハラスメントも行きすぎたら、
痛みのない世界ができあがる。
けれど、痛みのない世界に、
思いやりは生まれるのだろうか。
正義はいつも眩しすぎて、
光の裏で影が泣いている。
守るための線を引くたび、
人の心は細く、浅くなっていく。
何が過ちで、何が優しさか。
誰もが自分を守りながら、
誰かを遠ざけていく。
ただ一つ、祈るように思う。
正しさよりも、温もりを失わぬように。
『夜の喫茶店で』
カップの中で夜が揺れていた。
それは罪のように黒く、
約束のように熱く、
祈りのように純粋で、
そして、報われぬ恋のように甘かった。
窓の外では、雨がまだ降っている。
店主の手元から立ちのぼる蒸気が、
ゆるやかに灯を歪ませ、
誰かの記憶を撫でていった。
一口、また一口。
冷めていくたび、
あの人の声が遠のいていく。
けれど不思議と、胸の奥は温かかった。
――きっと、恋もコーヒーも、
冷める瞬間までが、美しいのだろう。
💌『光の手紙 ― 届かぬ君へ』
声を失った時代に
私は言葉を編むことを覚えた
電波は心を運べない
けれど 沈黙には
まだ温度があると信じて
君に届くまで
わたしは何度でも送る
記録されぬ呼吸を
データの隙間に忍ばせて
既読の印はつかなくてもいい
ただ 君の夜を
少しだけ照らせたなら
あの日の手紙は まだ送信中のまま
君のいない世界を
ゆっくり漂っている
言葉とは 光の遺伝子
時間を越え 誰かの心に生まれ変わる
だから今日も
見えない宛先に
私は祈りを打ち込む
「――届かなくても、好きでした」
通信が切れた空の下
ひとつだけ 青い光が瞬いた
まるで君の瞳の記憶が
最後の返信をくれたように