YUYA

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8/13/2025, 11:44:19 AM

砂漠の商人にて


真昼の砂漠で、私は一匹のラクダと、
その手綱を握る商人に出会った。
背には宝石の詰まった袋がいくつも揺れている。

「町に着いたら、もっと多くを手に入れるつもりだ」
商人は、砂に反射する光を眩しそうに見やった。

「しかし、そんなに抱えてどうするのです?」と問えば、
彼は少し黙ってから言った。
「重いのはわかっている…
だが、手放すのが怖いのだ」

私は帽子を脱ぎ、
熱を帯びた風にしばし身を任せてから、こう答えた。

「握りしめすぎれば、砂も宝石も同じように
指の隙間から零れ落ちます」

商人は黙り、足元の砂を見つめた。
遠くで蜃気楼が揺れ、
その中に私の次の旅路が霞んでいた。

8/12/2025, 10:15:33 AM

雪国の宿屋にて


吹雪の夜、私は小さな宿屋の炉端に腰を下ろした。
向かいには、旅を諦めたという若い女性。

「雪が止むのを待っていたら、もう何年も経ってしまいました」
湯気越しに、彼女はため息を落とす。

私は手袋を外し、
銀のティースプーンで紅茶をかき混ぜながら答えた。

「雪は止むこともあれば、止まぬこともある。
待つ間にできるのは、
火を絶やさぬことと、
一杯の紅茶を美味しくいただくことです」

窓の外は、相変わらず白く閉ざされていたが、
炉の炎は少し高く揺れた。

翌朝、私は雪の街を発ち、
足跡を振り返らぬまま、次の駅へ向かった。

8/11/2025, 7:09:14 AM

「紳士猫、世界をゆく」

港町の時計屋にて


港町の小さな時計屋で
私は、動かない懐中時計を抱えた青年に出会った

「時が止まったようで、前に進めないんです」
青年は言った

私は銀のステッキを軽く鳴らし
彼の手元を覗き込む

「時を進めるのは、時計ではありませんよ」
「では何が?」
「あなたが一歩、足を運ぶことです」

港の汽笛が響き、青年は顔を上げた
その目には、潮風が映っていた

私は帽子を持ち上げ、別れの礼をした
――次の汽車が、私をまた新しい物語へ運ぶ

8/10/2025, 7:36:07 AM

「風の手紙」


頬を撫でるのは
遠くの丘を越えてきた風

それは 見知らぬ町の
パン屋の朝を知っていて
漁師の網を乾かす匂いを
そっと連れてくる

胸の奥の澱んだ空気も
ふわりと攫い
まだ見ぬ景色の方へと
背中を押す

風は声を持たないけれど
確かに何かを伝えてくる
――今、あなたは
歩き出す時ですよ、と。

8/9/2025, 7:25:59 AM

人生とは、
思い描いた絵図面どおりに進むことの方が少ない道だ。

幼い頃は一直線に未来へ向かうつもりでいたのに、
気づけば回り道をし、立ち止まり、
時に引き返すことさえある。

けれど、その寄り道の草の匂いも、
行き止まりで見上げた空の色も、
あの時は無駄だと思った遠回りさえも、
後になって心を支える景色になる。

喜びは一瞬で過ぎ去るが、
悲しみは長く居座る。
しかし、その痛みが人を深くし、
優しさの根を育てる。

人生は勝ち負けではなく、
どれだけ「自分で選び、自分で歩いた」と
胸を張って言えるかだ。

そして、最後に
「悪くなかった」と微笑めるなら――
それはもう、天晴れだ。

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