雪国の宿屋にて
吹雪の夜、私は小さな宿屋の炉端に腰を下ろした。
向かいには、旅を諦めたという若い女性。
「雪が止むのを待っていたら、もう何年も経ってしまいました」
湯気越しに、彼女はため息を落とす。
私は手袋を外し、
銀のティースプーンで紅茶をかき混ぜながら答えた。
「雪は止むこともあれば、止まぬこともある。
待つ間にできるのは、
火を絶やさぬことと、
一杯の紅茶を美味しくいただくことです」
窓の外は、相変わらず白く閉ざされていたが、
炉の炎は少し高く揺れた。
翌朝、私は雪の街を発ち、
足跡を振り返らぬまま、次の駅へ向かった。
8/12/2025, 10:15:33 AM