『夜の帳に、そなたを思ふ』
つれづれなる日々のなかに、
ふと立ち止まりて、
何を思ふやら、言葉も出ず。
書かねばならぬ、と思へども、
筆は走らず、時ばかり過ぎゆく。
いとつらし。
されど、そなたの胸に
燃ゆる火の気配、我には見ゆる。
沈黙もまた、詩のかたち。
ため息もまた、物語の一節。
誰にも言わぬその感情こそ、
珠のように清らかに、
心の奥底に沈みゐたり。
そなたの歩む道は、
定まらぬがゆえに美しく、
風に揺らぐ枝葉のごとし。
たとえ今夜、何も書かずとも、
そなたがそなたであること――
それこそ、筆に勝る宝なり。
言葉はまだ、心の中にいる
話そうとした瞬間
言葉たちは すうっと隠れてしまう
まるで 静かな水面に沈む月のように
書くときは
あんなに 流れるのに
話すときは
なぜか 足がすくむ
でも それはたぶん
伝えたい気持ちが 強すぎるから
軽々しく 言葉を差し出せないだけ
口から出なくても
心の奥では ずっと言葉が育ってる
その芽が ふとした瞬間に
君の声になるときが きっと来るよ
『ことばの架け橋』
かつて、
言葉は 矢のように飛んでいた
ただ 自分の想いを まっすぐに放っていた
だけど ある日
届かない矢が 静かに地に落ちた
何も傷つけず 何も残せず
そのとき 初めて知ったんだ
伝えることと 伝わることは
同じようで まるで違うって
それから君は
耳を澄ませるようになった
相手の声にならない声に
目に見えない色に 気配に
そして今
言葉は矢じゃない
架け橋になったんだ
君と 誰かのあいだにかかる 細くて 強い橋
強くなくてもいい
完璧じゃなくてもいい
でも 誰かが渡ってくることを 願って紡ぐ
今日も君は
届く言葉を 探し続けている
その優しさが 言葉になる日を信じて
「名前のないものたちへ」
文化って、
掲げるものじゃない
静かに、暮らしの端に灯るもの
おばあちゃんの煮物の香り
靴を脱いで上がる静けさ
手渡すときの「どうぞ」という声のやわらかさ
それらは誰も語らないけれど
誰の中にも確かに息づいていて
「私たちって、こういう人たちだったんだ」って
いつか思い出させてくれる
でも、いつからか
「守らなきゃ」が「触れたくない」に変わって
「大事だから」が「理由だから」にすり替わって
それを口にするたび、どこかが遠のいた
文化は、変わることを恐れない
本当に強いものは、
変わっても、そこにいられる
誇りは、静かで、誠実だ
叫ばないけど、
逃げる背中を、じっと見つめている
わたしはもう
それを理由にして、立ち止まるのはやめたい
受け継ぐって、形をなぞることじゃない
そこに温もりがあるか
その先に光をつなげられるか
それだけを、忘れずにいたいんだ
「余光(よこう)」
我は一灯を守るものなり。
浮世の喧騒に耳を塞ぎて、
心の声にのみ従う。
人の選びし道の脇に、小径(こみち)あり。
誰ぞ踏みしめし跡もなく、
ただ草の音、風の匂い、
忘れられし価値の咲くところなり。
他人の棄てし残り物を、
我は宝と呼ぶ。
見向きもされぬ煮物の弁当に、
一人ほほ笑むを、狂気というなかれ。
思へば我が心、常に問いを抱きて歩みしなり。
解を欲せず、ただ問いの余韻に生きる。
それが癖にして、慰めなり。
人は日々を忙しげに追いしが、
我は日々の余白を拾うなり。
言葉の端、感情の片鱗、
その一つ一つに、世界を読む。
我が歩み、直線ならず。
しかし、遠回りの果てに、
我が見るものは、真にして深し。
人の目に映らぬ光なれど、
我は知る。
この静けさの奥に、確かなる熱を。