学校から出される宿題で、答えがないものは特に憂鬱だ。今しがた教師からもらったプリントと睨めっこをしつつ大きなため息を吐いた。
「あなた、そういうの苦手だもんね?」
いつの間にか前の席に腰掛けていた幼馴染が俺の手にあるプリントを覗き込んできた。
そういうお前はどうなんだと不満を込めた目でそちらを見やると彼女はにこにこしながら言葉を紡ぎ始めた。
「自分の好きな物でしょう?花が好き。図書館も好き。あんみつが好き…それにあなたも好き。」
急に出てきた自分の事に目を丸くすると彼女は少し意地悪な顔をしてわらった。
…確かに、人でもいいのか。目の前でくふくふと笑う幼馴染を見て俺も自身の指を折る。
その澄んだ声が好きだ。しっかりしているのに割と面倒くさがりな所も好きだ。俺を揶揄う時に出る笑い声が好きだ。それと…
次の音は発されることなく彼女の両手に留まる。
「…も……わかった……から。」
それと、照れると耳まで赤くなるお前が好きだ。
ふんふんと鼻歌を歌いながら夜の明るい街を闊歩する。
この街には仕事、締切、寒さ、不安感…様々な理由で今日も眠れない人が沢山いる。
俺の隣をとぼとぼと歩く少女も理由あって眠れない子。
ウロウロと視線を彷徨わせ、不安そうな瞳には街の灯りが反射する。
その煌めきに目を奪われていると彼女が口を開く。
「眠ったら死んでしまうの。」
俺の目を見て今にも泣き出してしまいそうに顔を歪ませ、小さく消え入りそうな声で話す。
「おじいちゃんもおばあちゃんも…お母さんだって、おやすみって言って死んじゃった。」
彼女の目線に合わすようにしゃがみこむ。
ぎゅっと結ばれた両手を優しく解き安心させるように手を握る。
ここは夢の街。俺は案内人で君は迷い子。
朝になったらお別れだ。それまでは手を繋いでいてあげよう。君が安心して眠れる日まで。
朝起きることが億劫になったのはいつからだったか。 携帯がけたたましく鳴り、朝が来てしまったことを伝える。
起きなければいけないのに、どうも身体は動こうとはしてくれない。
「おい」
頭上から声が降り、耳障りな音を止めた。
いつもは声も掛けずに出かけるくせに今日は違うみたいだ。薄れる意識のなかそんなことを考える。
「早く起きろ」
少し寂しさを滲ませた声にまた閉じようとしていた瞼をはっと開き、そいつと目を合わせる。
他人に興味ありませんみたいな顔して人一倍寂しがり屋なそいつの声をアタシは何故か放っておけないらしい。
完全に覚醒したことを確認したそいつは悪戯が成功した子供みたいにニンマリ笑う。
「おはよ」
机には温かいコーヒーが2つ並んでいた。
夜は苦手だ。
静かで冷たくて凍えてしまいそうになる。
過去の嫌な記憶が頭を巡る。
固く瞼を閉じて、末端から消えていく温度に気がつかない振りをしながら早く時間が経つことを祈った。
「ねえ」
いつもより数段柔らかい声が耳を撫でる。
返事はしないまま近くにいるそいつの手を手探りで見つけ、握った。
体温の高いそいつの温度が染みていく。
あったかい。
「うわ冷た…急に握らないでよね」
文句を言いつつ手を離す気配はないことにほくそ笑む。あいつに気取られないよう指を絡め、体温を貰う。
私のことが嫌いなくせに私を放っておかないお前の体温で今日も生き長らえる。
「…おやすみ、またあした」
意識を手放す頃にはもう寒くはなかった。