13
「お爺ちゃん、字へたくそなのなんで?」
孫の真っ直ぐな言葉に、奥で嫁さんや息子が茶を吹き出しそうになっているのを見て、俺は笑いを堪えながら答えた。
「爺ちゃんは馬鹿だからしょうがねえのよぉ。ごめんなぁ、格好悪い爺ちゃんで。」
頭をポリポリ掻きながら、自嘲を混ぜる。
「かっこ悪くなんてない!お爺ちゃんはかっこいいもん!」
子供らしいまんまるの笑い方で、俺のはんてんに顔を突っ込んでくるこの子が愛おしくてたまらない。
寒さでささくれた俺の手でゆっくりゆっくり頭を撫でてやるのが、今の俺にとって何よりも幸せな時間だ。
「きっと寒いからお手手が震えて上手く書けないんでしょ。私があっためてあげるね!」
「おお、そうかそうか。優しい子だなぁ、ありがとうなぁ。」
俺の手をまだ小さい手で包み込んで、小さい息で少しずつ温めてるこの子に、俺と同じ思いをしてほしくない。
俺は字が読めない。
書くこともできない。
俺は学校に通えなかったから。
でも、この子は未来がある。
これから学校に通い、学び、賢くなっていける。
「俺みたいに寒い中道を進むんじゃなくて、あったかい整理された道を進んでなぁ。」
どうか、この子の行先が冬のように凍えることなく、学びに溢れ、幸多き人生でありますように。
10
「なぁに」
スマホに照らされて、夜景に君の顔だけがぼんやりと浮かぶ。
「別にぃ。せっかく月が綺麗に見える日だって言われてるのに、なんでベランダに出てるだけなのかなぁって。ここ都会だから見えにくいじゃん。」
私が唇を尖らせて文句を言えば、君はイタズラが成功したように笑った。
「月を見にいくためだけに田舎に行くなんて嫌だもん。それに今時どこも外灯があるから、月なんてなんも照らさないよ。今わたし達を照らしてくれるのはスマホ。」
真っ白な画面を揺らしながら、君の顔がゆっくりと私に近づいてくる。
「スマホも月も、光ってる時点で大して変わんないんだよ。」
月の光で作られた影が今の私達を作ってくれているくせに、口だけは達者な君がどうしようもなく愛おしくて、私は君の背中に手を回した。
(※人によって不快な表現があります)12
ある時ふと気がついた
私の柔い体を撃ち抜くような瞳を向けるあなたは永遠に私のものにならないのだと
どんなに願おうと
どんなに涙を流そうと
どんなにあなたが私を見ようと
それは過去の良い想いをまた追体験したい他にないのだと
他人は自分のものにならない
そんな綺麗事が酷く憎たらしく眩しく思える
私で初めてを知って欲しかった
初めて喜びを知り
初めて怒りを知り
初めて哀しみを知り
初めて楽しいを知り
初めて恋を知り
初めて愛を知り
初めて幸せを知ってほしかった
でもそれは絶対にあなたでは叶えられない
なら他の人に叶えてもらうしかないでしょう
おんぎゃあ おんぎゃあ
ああ、可愛い声。
ねえ、見てよ。
可愛い顔、とっても愛おしい。
私があなたに全て教えてあげる。
楽しいことも、悲しいことも、ぜんぶぜんぶ分かち合いましょうね。
※虐待描写あり 8
(君が紡ぐ歌を声に解釈しました)
「あぁ、アンタの泣き声って本当に癪に障る!!うるさい、うるさいのよアンタ!!くそっ、産まなきゃ良かった!!」
怒って私のほっぺを何回も叩くおかあさん。
痛くて涙が出てきそうになるけど、泣いたらおかあさんは怒るから。
おかあさんに叩かれる時間は嫌いじゃない。だって、おかあさんが触ってくれるから。痛いけど、じーんって痛いときだけは、おかあさんから暖かいのをもらえたって思えるから。
たまに帰ってくるパパ達は、おかあさんのことを「ははおやにすらなれないばいた」って笑いながら言うけど、私は意味が分からないからにっこり笑うだけ。
どういう意味?って聞こうとすると、おかあさんは怒るから。
おかあさんはいっつも泣いて、怒って、たまぁに顔を赤くして笑う。
顔を赤くして笑った後は寝ちゃうから、カンカンって音が鳴るやつを袋にいれて、おそとに出しておく。
そうすると、たまに褒めてくれるから。おかあさんが褒めてくれる時の笑顔を見れるなら、なんだって出来る。
小さい頃はそう思ってた。
だから、母さんの笑顔を見るためならなんだってした。
母さんの彼氏達のご機嫌必死でとって、何されたって黙ってた。痛い事も苦しい事も気持ち悪い事も我慢した。
酒を盗むのだって、子供だからって理由で許されるたびに繰り返した。
母さんにいくら殴られたって誰にも言わなかった。
児童相談所がいくら来ようと、愛想よくして追い返した。
全部、全部、全部我慢した。
母さんのために私の人生捨てたのに。
母さんのために言う通りに何でもやったのに。
母さんはあっけなく病気で死んで、私1人取り残されて。
自分の体が自分じゃないみたいに生きてたら、バイト先の人から告白されて、適当に頷いたら付き合うことになって、数年経って結婚して、気づけば子供を産むまでになった。
母さんが死んで旦那に告白された時から、私の人生は見違えるように"普通"になった。
我慢して、我慢して、我慢をし続けて捨てたはずの人生がやっと私の手に戻ってきて、これから普通の人間として生きられるんだってやっと思えたのに。
あんまりにも言うことを聞かない子供に腹が立って。
私はあんなに我慢したのにって気持ちになって、それで。
「あぁ、アンタの声って本当に癪に障る!聞いてるだけでイライラするのよ!!もうアンタなんか産まなきゃよかった!!」
あぁ、私は普通になれなかったんだなって。
5
虹のはじまりを探して、歩いて、その先には何もなかった。
始まりもなかった。終わりもなかった。
遠くから眺めて、綺麗と思うその瞬間だけが虹の存在する理由だった。
空のように果てしなく広がるわけでもなく、雲のように揺らぎ動くものでもなく、太陽のように照らすわけでも、月のようにそこにあるわけでもない。
ただ気まぐれのように姿を見せて、美しさを散々見せびらかして満足して消えていくだけだった。
はじまりもおわりも無く、かといって始まりが見つからないからといって存在しないわけでもない。
虹は己の美しい姿を見せびらかしてサッサと消えていく、蝶のようなものなのかもしれない。