6:静寂に包まれた部屋 14
小さい頃、静かな部屋が嫌いだった。
一人っ子は親を独り占めできるとか、甘やかされるとか、期待が重いとかよく聞くけど我が家は私が甘えたがりの末っ子気質という以外はよくありふれた一般の家庭だった。
ありふれてた。そのはず。
でも父は私より祖母を優先した。
何があろうと祖母からの電話に出て、私に話しかけるよりも優しい声で楽しそうに話した。
私が風邪をひいても、祖母が心配だと言い祖母の家へと去った。
私が泣きながら助けを求めた時、「近所に何て言われるか」と周りからの評価を第一に考えた。祖母へは「私は元気だよ」と伝えなさいと言われた。
母は私より祖父を優先した。
毎晩の電話に会話を切られる事が辛くて泣いて嫌だと言った時、心底めんどくさそうな顔で「そんな事で泣いているの?」と言い捨てた。
母が祖父と話す時、母の目に私はいつも写っていなかった。
風邪をひいた時、母は祖父から呼ばれてると言い祖父の家へと去った。
静かな部屋は嫌いだった。
起きたら誰もいなくて、涙が出るのに誰も拭ってくれないから。まま、ぱぱ、と大声でどれだけ呼ぼうと誰も来ないから。お腹が空いても何もないから。どれだけ熱が高くても誰も看病してくれないから。
耳がきぃんとするから。
世界にひとりぼっちのような気がするから。
どれだけ親を求めても、親は自分の親を求めるから。
私は誰の子供?あなたたちの子供じゃなかったの?
5:本気の恋 13
私のこの気持ちは本物なのよ
恋愛なんてくだらないと言われようが、本物の定義を問われようが、この気持ちはどうしようもなく本物だと思えるの
あなたが目に入るたび色が増える
あなたの声が耳に入るたび音色が増える
あなたの香りが鼻に入るたび感覚が鋭くなっていく
あなたは炎を散らす花火
あなたは私を貫く閃光
あなたはどこまでも飛ぶ紙飛行機
あなたは人を酔わせるアルコール
あなたは人を動かす風
あなたは誰にも動かされない山
この気持ちに実をつけたいわけじゃないの
あなたの唯一になりたいわけでもないの
私の見えないところで、私の知らないところで、光の影になるところで
あなたは馬鹿みたいに笑って、幸せそうに生きていればいいの
4:カレンダー 15
母親の7人に1人が
父親の10人に1人が
産後うつを経験しています
昔テレビで見たのを、なんとなく覚えてた。
なら、今の母さんと父さんもそうなのかな。
弟が出来る前は普通の家庭だった。
口うるさいけど優しくて私の事を真剣に考えてくれてた母さんに、怒ると怖いけど優しくてよく頭を撫でてくれてた父さんに、どこにでもいるちょっとワガママな私。
下の兄弟が出来るって分かった時、私も父さんも母さんもみんなみんな喜んだ。今でさえ幸せなのにもっともっと幸せが増えるなんて、って凄く嬉しかった。
でも、弟は生まれる前から幸せじゃなく嵐を呼んできた。
つわりとイライラがとても酷かった母さんは、ずっと目の下にクマを作っててたまに壁を思いきり叩いては手の甲から血を滲ませてた。
荒んだ状態の母さんを見ていた父さんは、最初こそ母さんを支えていたものの遂に限界を迎えてあんまり家に帰らなくなってた。
私が話しかけると、2人とも凄く嫌そうな顔をして「疲れてる」なんてお決まりの言葉を吐いて私から目線を逸らしてた。
生まれた後は更に酷くて、弟は泣き止む事が珍しいくらい泣きっぱなしの癇癪持ちで家はどんどん散らかって悪臭を放つようになっていった。
大声で怒鳴り母さんを責める父さん、泣きながらヒステリックに叫び返す母さんが日常の光景で、怒鳴り合いが始まるたびに私は甲高く泣き叫ぶ弟を抱いて別の部屋に避難し続けた。
毎日に疲れて、疲れて、疲れ続けて物凄く辛いのに、昔家族で仲良くめくっていた埃を被り黒ずんだカレンダーからいつも目を離せないのだ。
(※フィクションです)
3:きらめき 16
「1人1人違う色のきらめきを持っている事を、忘れてはいけません。自分のきらめきを大事にして、お友達のきらめきも大事にする事。それが、皆から好かれる人になるためのポイントです。」
まだ小学校低学年のころ、よく先生が言っていたこの言葉は今でも私の中にある。
体育館でお尻が痛くなりながらも、先生達は立ってていいなぁなんて思いながらも、この先生が言っていた言葉だけは毎回しっかりと聞いていた。
きらめき。光。星。
違う色って、どんなのだろう。
赤、青、黄色、紫、緑。
あげればキリがないほど沢山の色があるなかで、私はどんな色なんだろう。
私は子供らしい笑顔を浮かべながら、いつも自分に合う色を想像していた。
そんな私は一度先生にこんな質問をしてみたことがある。
「せんせい、わたしってどんないろだとおもう?」
先生は少し驚いたように目を見開いた後、考え込んでしまった。
なにか変なことでも言ったのかな。なんですぐ返事してくれないんだろう。
パッと返事が返ってくると思っていた私は不安になり、後ろに組んでいた手をモジモジ動かしながら立ち尽くしてしまった。
やっぱり、いいです。そう言おうと私が口を開けたのと同時に、先生から返事が返ってきた。
「…うん、あなたは青色だと思うな。青色ってね、海や夜みたいな全てを包み込んでくれる…ぎゅってしてくれる色だと先生は思うの。安心できる色にもなるけど、道を教えてくれる色でもある。横断歩道の色とかも青だよね?」
「うん。でも、わたしともだちにぎゅってしたことないよ。」
「でも、あなたはよくお友達の喧嘩を止めたり1人になっちゃってる子と仲良くしてくれているって聞いてるよ。それに、先生がきらめきの話をする時楽しそうに聞いてくれてるでしょう?ありがとう。」
まさか先生からありがとうなんて言われると思ってなかった私は、顔を少し赤くしながら控えめに頷いたのを覚えてる。
今思えば、この先生は私の担任では無かったし特に関わりがあったわけでもなかったから、名前を覚えてないが故に「あなた」と呼ばれていたのかもしれない。
でもこの呼び方が私を大人扱いしてくれている気がして、ほんの少しだけ心が温まったのも覚えてる。
先生が教えてくれたきらめき。
私は成長するにつれて色々な事があり、人を怖がるようになってしまった。様々な音に怯えるようになってしまった。
でも、誰にでも違う色のきらめきがある。
たまたま私の色と相手の色が合わなかっただけで、みんなきらめきを持っている。
誰かを救う光を持っている。
そう思うと、ほんの少しだけ今までの色々を許せる気がするのだ。
2:不完全な僕 12
「あんたって、本当に何も出来ないのよね。」
おかあさんがぼくを見て言うことばは、これだけ。
べつに、ぶたれたり大きい声でおこられたりしない。
ただ、がっかりしたようなちょっとこわい目で見られるだけ。
おかあさんがためいきをするたび、知らない人に体をじろじろ見られるたび、ぼくはぼくじゃなくなっていくような気がする。
「おかあさん、ごめんね、ごめんね。うまれてきて、ごめんなさい。」
ぼくがあやまっても、おかあさんはぼくを見てくれない。
ちょっと前は、ぎゅってして、にこにこして、だいすきよって言ってくれたおかあさん。
また本をよみきかせて、あたまをなでてくれないかなぁ。
「あら、もういらないの?この人形。あなたこの子好きだったじゃない。小学生の時からこの子のお母さんだったんじゃないの?」
「もう、やめてよママ。私もう高校生なのよ。人形遊びなんてやってらんないし、捨てていいよ。」
ぼくのガラスの目にふわふわの体は、おかあさんの子どもとしてはたりなかったみたい