#14 20歳
20歳になったら、大人になれるものだと勘違いしてた。
バーに行って、煙を吐きながらカクテルを嗜んだり、会社で出会った素敵な人と結婚したり。
でも、現実は、コンビニでお酒とタバコが買えるようになっただけ。
結婚のけの字すら見えない。
でも、せっかく20歳の誕生日なんだ。
今日くらい健康に悪くてもいいよね。
そう思って、ビールと度数の低い缶チューハイ。
それとあと、小さいカップのポテトサラダをカゴに入れた。
スマホを取り出して、
タバコ 初心者
と銘柄を調べてみる。
一番上に出てきたやつの番号を探す。
番号で言われないと面倒くさい、とどこかの動画で見たから。
241番、241番、241番。
そう頭の中で繰り返しながらレジにカゴを置く。
「あと、にひゃ、241番ください」
噛んで、声も裏返った。
恥ずかしくて仕方ない。
「年齢が確認できるものあります?」
金髪の、少し怖い店員さんだ。
深夜にしかいない人。
ぶっきらぼうな声が、二人の間に落ちる。
「あります」
すぐさまそう言って、財布をまさぐる。
マイナンバー、マイナンバー。
あった。
取り出して目の前に差し出す。
「あざす。え?」
お兄さんが、驚いた顔をした。
そして、そのまま裏に入ってしまった。
え、私まだ20歳じゃない?
日付間違えた?
やばいやばいやばい。
内心焦りまくりで、手には汗が滲む。
どうしよう、警察とか呼ばれてたら。
そういう焦りが浮かんでくる。
でも、今更逃げるのは、もっとダメだ。
何もできずに俯いた。
そのうちにお兄さんが戻ってきた。
片手にチョコ菓子、もう片方にはインスタント味噌汁。
怒鳴られたりするのかと覚悟していたから拍子抜けする。
「1058円っす、袋3円ですけどいります?」
何もなかったようにそう言うもんだから、ますます意味がわからない。
「じゃあ、お願いします」
お金を払いながら言い返すと、お兄さんは手早く会計を済ませ、袋に商品しまっていく。
チョコ菓子と味噌汁も一緒に。
え、それ買ってない。
そう思って、口を開ける。
「お誕生日、おめでとうございます、これ俺から。」
お兄さんは唇のピアスをきらりと光らせてニカっと笑った。
「ありがとうございます」
精一杯の笑顔で感謝を伝えて、また来ますと添えた。
お兄さんは、普通の顔に戻っていて、軽く頭を下げた。
その耳が少しだけ赤く染まっていたが、寒いからだということにしておこう。
浮ついた気持ちでコンビニを出る。
今日はいい誕生日になりそうだ。
#13 三日月
三日月って、コスパいいよな。
満月みたいに気を張らなくていいし、だからと言って新月みたいに暗くない。
しかも、半月よりも注目してもらえる。
三日月がモチーフのアクセサリーは定番だもんな。
彼氏との買い物の最中、女物のアクセサリーケースの前でそんなことを考える。
「深月、決まった?」
おっとりとした、あったかい声が上から降ってくる。
「これにしようかな」
そう言いながら、私が指さしたのは三日月のかわいらしいネックレス。
普段より半音高い猫撫で声。
彼氏の前でしか出ない私。
本当は、その隣にあった、丸いリングのついたやつが欲しかった。
新月みたいで私っぽかったから。
「ほんとにこれでいいの?」
太陽は、私の目をまっすぐ見て聞いてきた。
彼はいつも、私に物を買ってくれるとき、そう質問してくる。
私は決まって頬をかきながら頷くのだ。
そうすると彼は、
「ふふ、深月っぽい」
一拍おいてそう言ったあと、微笑んで私の選んだネックレスを優しくレジに持っていく。
ああ。また、言えなかった。
太陽と付き合って三ヶ月。
私はずっと、可愛い彼女を演じてきた。
アクセサリーも、メイクも、食べ物も。
かわいさを重視して選んだ。
本当は、アクセサリーだって、ボーイッシュな方が好きだ。
メイクだって肌が荒れるし、時間もかかるからしたくない。
甘いものなんか、全然好きじゃない。
「お店の外で待ってて」
そう言われたから、すぐそこにあったベンチに座る。
太陽が戻ってきた。
「はい、どうぞ」
太陽はそう言いながら可愛くラッピングされた小包みを優しく手の上に置いてくれた。
「ありがとう、家で開けようかな」
そう上目遣いで笑いかけると、彼は嬉しそうに片手を差し出してくる。
手つなご、の合図だ。
私は素直に彼の手に触れる。
彼の大きな手が私の手を包んだ。
そして、二人で歩き出す。
二人の部屋に向かって。
部屋に着いた。
二人でソファに腰かける。
彼が、
「ねぇ、プレゼント、開けてみてよ」
柔らかくて、甘い声でそう言う。
「さっき、一緒に買ったじゃん」
私はそう笑いかける。
「いいから!」
彼に促されるまま、小包みを開いた。
呼吸が止まる。
そこに入っていたのは、私が本当に欲しかった、丸いリングのついたネックレスだった。
「なんで」
思わず、いつもの猫撫で声を忘れてしまう。
「これの方が深月っぽくて素敵だったから」
彼は申し訳なさそうにこう続ける。
「いつも、無理させてたよね」
私は、何も言えなかった。
「気付いてる?深月、嘘つく時、必ず頬かくの」
私、そんな癖、あったのか。
酷いこと、したな。
ずっと騙してたのと一緒だ。
そう思って、謝ろうとする。
でも、遮るみたいに太陽は、
「俺、そんな深月も大好きだよ」
そう言って抱きしめてくれた。
そのまま耳元で、呟く。
「だけど、俺の前で、無理しないでほしいな」
私はそこでやっと口を開く。
「太陽、大好き。」
#12 色とりどり
僕が書きあげた白黒の物語が色とりどりに染まったら。
それが、僕の夢だ。
脚本を書きたい。
そう思うようになったのは、彼に出会ってからだ。
僕のつまらないセピア色の人生に、彼は眩しい色をくれた。
僕は、小さい頃から身体が弱かった。
ベッドにいる時間が長かったから、運動も上手にできなかったし、入退院を繰り返したせいで勉強もなかなか追いつけなかった。
それでも、なんだかんだ大人になって、なんとなく職を手にした。
両親は、
「就職した。」
そう報告する僕を泣きながら抱きしめた。
あの時の、嬉しそうな顔は忘れられない。
だけど、働くうちに、わからなくなった。
始めは、家族が喜ぶから、と頑張れた。
でも、そのうちに僕は、働きがいを失くしてしまった。
働いて、家に帰って、寝る。
休日は仕事か、睡眠。
そんな生活を肯定できなくなったんだ。
毎日布団で、なんのために働いてるんだろう、会社のためなのか、親のためなのか、とぐるぐる考えた。
どう考えてみても、自分のために働いていると思えなくなったのだ。
たまたま、仕事が休みになった日。
僕はなんとなく映画を見に行くことにした。
映画館で一番人気のなさそうなやつでいい。
予約する必要もないし、時間を潰すには十分だから。規則的に並ぶたくさんのポスター。
ど、れ、に、し、よ、う、か、な。
リズムよく指を指して、決めようとする。
が、一枚だけ、画鋲が取れて傾いているポスターを見つけて、指を止めた。
そこに、係員みたいな人たちが二人やってくる。
新人とベテランのようで、ポスターの前で何か話をしているようだった。
「これ、人気ないですし、上映ストップでいいですよね?」
そんな声が聞こえてきて、思わず声を張り上げる。
「待ってください、僕、それ、見たいです」
普段あまり声を出さないから、声が掠れた。
係員は振り返って、驚いた顔をした。
その顔に少し萎縮して、
「その映画、次、何時からですか」
と絞り出す。
二人は互いに目を見合わせた。
そのあと、ベテランの方が優しい声で
「いつでも上映できますよ」
そう言った。
「こちらでチケットご用意しますね」
促されるまま、チケットを買う。
「一番奥の9番シアターです、お楽しみください」
ベテラン係員は深々と頭を下げた。
塩気のあまりないポップコーンとコーラ。
一人きりのシアターで、上映が始まる。
映画の内容は、ありきたりな話だった。
ただのサラリーマンが、仕事を辞めて、小さい頃からの夢だったミュージシャンになって成功する。
そんな話。
日本人が作った、インディーズの映画らしい。
まぁ、こんなもんだよな。
そう思って、寝ようとした、その瞬間。
「夢は、見るもんじゃないんだよ、叶えるもんなんだよ!」
主人公の親友が叫んだ。
なんて安っぽい台詞だろう。
やたらでかい声で言うから眠気が吹っ飛んだ。
でも、何故かスクリーンが見づらい。
コンタクト、取れたのか?
ポップコーンも、塩辛いし。
いや、違う。
僕、泣いてるんだ。
淡々と流れるエンドロールを呆然と眺める。
流れる涙も拭かず、ただ、呆然と。
終わっても、しばらく席から立ち上がれなかった。
なんともいえない、浮ついた気持ちのまま映画館を出る。
僕は、その足で文房具屋に向かった。
必要なのは、大学ノートと万年筆、それとインク。
自分のための買い物なんて、いつぶりだろう。
まずは形からだ。
そう思って、その店で一番高そうな万年筆に手を伸ばす。
値段を見ずに、そのままレジへ差し出した。
3万飛んで689円。
さ、三万か。
値段を心の中で二度見した後、現金でぴったり払った。
「ありがとうございました」
店員の挨拶をBGMにして、家へと踏み出した。
なんだかわくわくしてきて、足取りは軽くなる。
バカみたいだな。
そんなツッコミを自分に入れながら。
#11 雪
(#10のあいつ視点)
クリスマスもバイトなんて、ほんとにツイてない。
いつもだったら、湊と一緒にいるのに。
シフトの提出忘れて、勝手に入れられてた。
ぼんやりと仕事をこなす。
いつのまにか、時計は二十一時を指していた。
箒で床を掃きながら、
クリスマスなのに、全然暇だったな。
なんて考える。
ふと、窓の外に目をやると、雪がちらついていた。
「あ、雪。」
だから、みんな家から出ないのか。
部屋が暖かいから気づかなかった。
と一人で納得する。
「今日暇だし、先に上がっていいよ」
事務所で仕事をしていた店長が声をかけてきた。
ラッキー。早く帰れる。湊に連絡しちゃおっかな?
ゴミをまとめながら、ふとそう思う。
縛って捨てて、事務所へ入った。
打刻をして私服に着替える。
やっとバイトが終わった感じがして、ふぅ、と息をついた。
上着に袖を通して、スマホを片手に靴を履き替える。
「お疲れ様でしたー」
なんて間の抜けた声で挨拶をして、LINEを開いた。
湊のアイコンを指先で触る。
雪、降ってるよ_
フリックしながら店のドアを開いた。
ドン
鈍い音が響く。
「痛ってぇ」
低い声、聞き覚えがある気がする。
「あ、ごめんなさい」
咄嗟に謝って、顔を上げた。
「え、」
言葉が出なかった。
「お前がちゃんと見てねぇからだろ」
湊だった。
ぶつけて赤くなったおでこを手で隠しながら、当たり前みたいに立ってる。
その様子が異様すぎて、笑ってしまう。
「なんでここまでくるのよ、ほんと湊って変だよね」
そう言いながら肩をつつく。
たぶん、変ってなんだよ、ってムスっと言われるんだろうな。
そう思って、湊の様子を伺う。
湊は少し俯いていて、表情が読めない。
なんか、変だな。
どうしたの?
そう聞こうとした瞬間、湊が私の目を見つめてきた。
あまりにまっすぐな目をするもんだから、気恥ずかしくて思わず目を逸らす。
湊が、小さく息を吸った。
「あのさ、俺、」
#10 君と一緒に
クリスマスは、君と過ごしたい。
そう言おうとして、言葉を飲み込む。
俺たちは別に、恋人じゃない。
ただの幼馴染で、ただの、友達。
だから、わざわざ言う必要なんてないんだ。
どうせきっと、成り行きで一緒に過ごすことになる。
相手がいないと寂しいし、バイト休む口実になるから。
そんな理由で当日呼び出されるだろう。
なんとなくイルミネーションを見て、
「電気代、めちゃくちゃ高そうだね。」
なんて、ロマンチックから程遠い冗談で笑い合う。
寒さに耐えきれなくなって、コンビニへ行って、二人で酒を買って、そのまま俺の家へ。
それで、ピザを片手に、ホームアローンを見て仲良く寝落ち。
お決まりだ。
そろそろ、連絡してくるだろ。
あいつ、どうせ相手いないし。
冷めたように心で繰り返しながら、通知が来るたびにソワソワする。
スマホが小刻みに震える。
電話だ。
手に取って表示を見ると、あいつの名前が浮かんだ。
電話なんて珍しいな。
早まる心臓を誤魔化すように応答にスライドした。
「今年、クリスマス予定できた」
言葉に、詰まった。
変な沈黙ができて、急いで言葉を絞り出す。
「なんでわざわざ」
動揺を悟られないように、できるだけ冷静に言った。
「なにー?焦ってる?バイトだよ!バイト!」
茶化すみたいに明るい声が返ってきて安心する。
「彼氏でもできたかと思ったわ」
いつもの調子で返した。
「できてないわ!馬鹿にしてるでしょ!」
そんなツッコミを無視して電話を切った。
クリスマス、当日。
結局、あいつから連絡はない。
当たり前だ、バイトなんだから。
連絡しようか迷って、LINEを開いては閉じた。
部屋に俺一人しかいないから、やけに心臓がうるさく感じる。
いや、違う。
連絡したいんだ。
会いたいんだ。
ちゃんと言いたいんだ。
本音を自覚した途端、スマホの画面が妙に眩しく感じてポケットにしまい込んだ。
そして、クローゼットにかけてあった、トレンチコートに手を伸ばす。
そのまま家を飛び出した。
息切らして向かったのは、あいつのバイト先。
目の前まで来て、
「俺、何してんだろ、終わる時間もわかんないのに。」
と、自分に呆れる。
その瞬間、雪が降り始めた。
「あ、雪。」
思わず、空を見上げて立ち尽くした。