#12 色とりどり
僕が書きあげた白黒の物語が色とりどりに染まったら。
それが、僕の夢だ。
脚本を書きたい。
そう思うようになったのは、彼に出会ってからだ。
僕のつまらないセピア色の人生に、彼は眩しい色をくれた。
僕は、小さい頃から身体が弱かった。
ベッドにいる時間が長かったから、運動も上手にできなかったし、入退院を繰り返したせいで勉強もなかなか追いつけなかった。
それでも、なんだかんだ大人になって、なんとなく職を手にした。
両親は、
「就職した。」
そう報告する僕を泣きながら抱きしめた。
あの時の、嬉しそうな顔は忘れられない。
だけど、働くうちに、わからなくなった。
始めは、家族が喜ぶから、と頑張れた。
でも、そのうちに僕は、働きがいを失くしてしまった。
働いて、家に帰って、寝る。
休日は仕事か、睡眠。
そんな生活を肯定できなくなったんだ。
毎日布団で、なんのために働いてるんだろう、会社のためなのか、親のためなのか、とぐるぐる考えた。
どう考えてみても、自分のために働いていると思えなくなったのだ。
たまたま、仕事が休みになった日。
僕はなんとなく映画を見に行くことにした。
映画館で一番人気のなさそうなやつでいい。
予約する必要もないし、時間を潰すには十分だから。規則的に並ぶたくさんのポスター。
ど、れ、に、し、よ、う、か、な。
リズムよく指を指して、決めようとする。
が、一枚だけ、画鋲が取れて傾いているポスターを見つけて、指を止めた。
そこに、係員みたいな人たちが二人やってくる。
新人とベテランのようで、ポスターの前で何か話をしているようだった。
「これ、人気ないですし、上映ストップでいいですよね?」
そんな声が聞こえてきて、思わず声を張り上げる。
「待ってください、僕、それ、見たいです」
普段あまり声を出さないから、声が掠れた。
係員は振り返って、驚いた顔をした。
その顔に少し萎縮して、
「その映画、次、何時からですか」
と絞り出す。
二人は互いに目を見合わせた。
そのあと、ベテランの方が優しい声で
「いつでも上映できますよ」
そう言った。
「こちらでチケットご用意しますね」
促されるまま、チケットを買う。
「一番奥の9番シアターです、お楽しみください」
ベテラン係員は深々と頭を下げた。
塩気のあまりないポップコーンとコーラ。
一人きりのシアターで、上映が始まる。
映画の内容は、ありきたりな話だった。
ただのサラリーマンが、仕事を辞めて、小さい頃からの夢だったミュージシャンになって成功する。
そんな話。
日本人が作った、インディーズの映画らしい。
まぁ、こんなもんだよな。
そう思って、寝ようとした、その瞬間。
「夢は、見るもんじゃないんだよ、叶えるもんなんだよ!」
主人公の親友が叫んだ。
なんて安っぽい台詞だろう。
やたらでかい声で言うから眠気が吹っ飛んだ。
でも、何故かスクリーンが見づらい。
コンタクト、取れたのか?
ポップコーンも、塩辛いし。
いや、違う。
僕、泣いてるんだ。
淡々と流れるエンドロールを呆然と眺める。
流れる涙も拭かず、ただ、呆然と。
終わっても、しばらく席から立ち上がれなかった。
なんともいえない、浮ついた気持ちのまま映画館を出る。
僕は、その足で文房具屋に向かった。
必要なのは、大学ノートと万年筆、それとインク。
自分のための買い物なんて、いつぶりだろう。
まずは形からだ。
そう思って、その店で一番高そうな万年筆に手を伸ばす。
値段を見ずに、そのままレジへ差し出した。
3万飛んで689円。
さ、三万か。
値段を心の中で二度見した後、現金でぴったり払った。
「ありがとうございました」
店員の挨拶をBGMにして、家へと踏み出した。
なんだかわくわくしてきて、足取りは軽くなる。
バカみたいだな。
そんなツッコミを自分に入れながら。
1/8/2026, 11:51:52 AM