一ノ瀬 奏

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2/13/2026, 11:20:48 PM

#24 待ってて

また、地獄のバレンタインデーがやってきた。
バレンタインなんて金がかかるだけだし、気を遣うことばっかりで正直なところうんざりだ。
男の子にあげる人なんか、カップルの片割れか、両片想いだってわかってる勝ち組だけでしょ?
それ以外は女子同士で配り合うだけ。
所詮、バレンタインなんてキラキラ女子のためのイベント。
私みたいに女子力も持ち合わせていない女はお呼びでないってわけ。
そもそも、私甘いもの大っ嫌いだし。
でも、チョコをもらえば、
「え〜!!私全然準備してなかったよ〜!お返し来週まで待ってて!!」
なーんて、チョコよりも甘ったるい声で愛もこもってない笑顔を向けてしまう。
お返し?なにそれ、勝手に配給されたものにお返ししなきゃいけない制度が意味不明なんだけど。
どうやらバレンタインにチョコを配るのは日本だけらしいし、チョコ会社の陰謀だ。絶対に。
教室に充満するチョコの匂いにのぼせる。
頭がクラクラしてきて、廊下へ飛び出した。

屋上で息を整える。
二月の冷たい風が頬を撫でてそのまま私を包み込んだ。
机の上に溜まっていくお菓子の山を想像するだけで、背中に蟻が登ってくる気持ちになってくる。
はー、と小さく息を吐いて、出来上がった白い靄を眺めた。
一人最高。って言いたいところなんだけど、そういう気持ちでもないのは自覚済み。
わかってる、これがジェラシーってやつだってことくらい、とっくに。
「あげる人なんかいないし!」
そう言って笑った自分の頬は重かった。
あげたい人は、いたじゃん。
でも、到底渡せる相手じゃないから、準備をしないって選択を取ったのは私だ。
どうせ、私のことなんか君は気にしてないんでしょ。キラキラ輝いて眩しい笑顔。
プリントを回すときの綺麗な指。
低くて、それでいてひどく優しい声。
全部が身体中を駆け巡って甘すぎるものを食べた時みたいに頭がキーンとした。

ピコン


携帯の通知音が乾いた空気を震わす。
どうせ、公式LINEかなんかでしょ。
ため息混じりに開いた画面を見て、なにもできなくなった。

「そこで待ってて」

え、は?なにこれ。夢?
君からのLINE、初めてだし。
頬を思いっきりつねってみても、涙が出るくらい痛くて、これが現実だって感覚がじわじわと指先を温める。
どうしよう、なんて返信する?
のぼせた頭には言葉が全然思い浮かんでこない。

ギーー

もたもたしている間に屋上の鉄扉が開く。
「やっぱり、ここにいた」
太陽は沈みかけてるっていうのに、彼の周りだけ一際綺麗に煌めいていた。
「なんで」
声が掠れる。
「渡したかったんだ」
彼は照れ隠しみたいに頬をかきながら、私の横に座った。
近い近い近い。やばい心臓の音聞こえちゃうよ。
「これ、どうぞ」
膝の上でぎゅっと握っていた私の手を彼は優しく開かせて、お弁当箱みたいなものを乗せる。
恐る恐る蓋を開けた。
「え、唐揚げ?」
そこには美味しそうな唐揚げが詰まっていた。
ジューシーな匂いを醸し出して。
「そう、君にだけ」
私、甘いもの苦手なんて言ったっけ?可愛くないと思われたくなくて、みんなの前ではイヤな顔せずに食べてたはずなのにな。
「甘いもの、苦手でしょ?いつも食べる時、手ぎゅっと握ってるじゃん」
なんでそんなに、分かるの。
唖然と彼の目を見つめる。
「残念ながら全然気づいてなかったみたいだけど」
彼は肩を落として、ふふ、と笑う。
「俺、君のことが好きだよ」
甘ったるい言葉が鼓膜を揺らした。
「私も」
なんとか絞り出して彼に肩を寄せる。
甘ったるいのも、悪くないのかな。

2/12/2026, 12:36:41 PM

#23 伝えたい

どこかで貴女に出会った気がする。
目の前でカプチーノを飲む彼女に心の中で微笑んだ。
口に出せば、
「なに?スピってるの?」
なんて冗談混じりに済まされてしまうに違いないから、あえてなにも言わない。
「今日、家行ってもいい?」
いつも通りのお誘いをして、
「ん、いいよ」
という返事が返ってくる。

2/5/2026, 11:01:08 PM

#22 溢れる気持ち

今日も音楽室でピアノを弾く。
一人だけの部屋。
鍵盤の上を滑らかに滑る指。
風のように宙を舞う旋律。
その全てが俺を肯定してくれる。
お気に入りの曲を一曲弾き終わった後、視線を感じてふと顔を上げた。

女の子が立っていた。
俺の目をじっと見ながら。
思わず目を逸らす。
気恥ずかしい、というより、何かを見透かされそうで怖かったから。
もう一度ピアノに手を添える。
そして、撫でるように鍵盤を押そうとした。
その瞬間だった。
「君、上手いね。」
澄んだ声が空気を揺らす。
ありがとう、と口を開こうとした。
が、
「エゴの塊みたいで。」
女の子はそう言ってくすり、と口を隠して笑った。
は?エゴ?
グランドピアノが落ちてきたくらいの衝撃が脳を殴る。
ふざけんな。俺みたいに弾けない癖に。
そんな言葉が脳を駆け巡って、喉元まで出かかった。
でも、あえて俺は何も言わない。
今ここで何かを言ったら負けだ。
言い訳じみた言葉しか発せないのは事実だから。
正直言って、図星だから。
誤魔化すことも、怒ることもせず、沈黙が流れる。
俺は心を悟られないよう楽譜に目を細めた。
膝の上には、硬く握った拳が潜んでいる。
その拳はプルプルと震えていた。
らしくないな、俺。

その様子を見て女はぷっと吹き出す。
「そういうとこ。」
そういうとこ、ってどういうとこだよ。
俺が何も言わないことを分かっているように女は続ける。
「君、コンクールとか出たことないでしょ?」
関係ねぇだろ。そんなの。
もう聞いていられない。

そう思って、目を閉じてピアノと手を取った。
心に任せて旋律を描く。
あんたが認めなくても、こいつだけは俺を認めてくれる。
そう言い返すように。
今だけは、二人きりだ。
指が踊る。
鍵盤が返事をするように音を奏でる。
俺はピアノに微笑みかける。
愛してる。と言うように。

そのとき、音が外れた。

一気に現実に引き戻される。
目の前がゆらゆらと揺れた。
頬に生ぬるい感覚が伝う。
そのまま唇に液体が触れた。
しょっぱくて、苦い。
あぁ、俺泣いてるのか。
気づいた瞬間、涙が止まらなくなった。
女に悟られないよう、声を押し殺す。
肩に何か触れて、ぐしゃぐしゃの顔を起こした。
気づけば女はすぐ横にいて、俺の肩に手を置いていた。
その表情はどうしてか満足気で咄嗟に顔を背けた。
「君はいいピアニストになるよ。」
女は子供をあやすように俺の頭を撫でた。
もう、怒鳴る気力も、皮肉を言う気力もなかった。
俺はただしばらく泣いた。


お久しぶりです、一ノ瀬です。
新年がはじまり色々なことがバタバタしていました。
また再開できるといいな、と淡い希望を抱いております。

1/20/2026, 11:47:02 AM

#21 海の底

なにも、光がない。
海の底、水屑、というのは、多分このことだ。
藻屑ですらない。

1/16/2026, 1:19:55 PM

#20 美しい

「僕の画材になってもらえませんか。」
私は言葉の意味が掴めなくて、首を傾げる。
絶対危ない提案だ。
やめておいた方がいい。
瞬間的にそう思った。
それなのに、咄嗟の拒否は出てこなかった。
代わりに出てきたのは、
「どういう意味?」
という疑問だけ。
男は、待ってました。と言わんばかりに興奮気味に口を開く。
「貴女が美しすぎるから、僕の作品の一部にしたいんだ。」
私を見ているようで、私なんか見ていない。
何か私の奥の奥を見て恍惚とするような瞳。
私は思わず目を逸らした。
背中に悪寒が走って鳥肌が立っている。
それでも、身体は動かない。
恐怖で、というよりも、興味で。
私のその姿に男は満足した様子で微笑んだ。
「ちょっとこちらへ。」
そう手招きされて、手繰いよせられるように男の後を追う。
もうその時には、逃げるなんて考えはとっくに溶けてしまっていた。

「アトリエです。」
案内されたのは美術準備室。
入った途端にドアをぴったりと閉められる。
少し埃っぽいが、特に変なところはない。
キャンバスと太さの様々な筆。
あとはクロッキー帳と色とりどりの絵の具。
洗われていないパレット。
絵に描いたようなアトリエ。
なんだ、変な提案をしてくる割に普通じゃん。
それが素直な感想だった。
ほっと胸を撫で下ろす。
画材って、絵のモデルのことだったの?
そう聞こうと口を開いた瞬間。
「ここが僕の。」
男はそう言って真っ白なカーテンを開ける。
「え。」
私は息を呑んだ。
机に小瓶がたくさん並べられていた。
小瓶には赤い液体が詰められていて、心なしか金属のような匂いがした。
少し黒っぽいものもあれば、真っ赤なものもある。
小瓶にはカタカナで名前のようなものが書いてある。
色名だろうか。
絵を描かないから私にはよくわからない。
あとは、真っ黒で毛先がバサバサの筆。
男は筆を一つ手に取って、毛先をうっとりと見つめる。
「これは僕が作ったんですよ。この毛、使う前はサラサラでツヤツヤだったんですけどね。」
何かおかしい。
そう気づいてはいた。
でも、私は興味に抗えなかった。
「僕の絵、見ますか?」
断る隙もくれず、男はどこかへ消えていった。
少し気になって彼のアトリエを調べることにした。
小瓶を一つ取り上げてみる。
『10/2 イノウエミク』
衝動に駆られて蓋を開けた。
そのまま鼻に近づけて匂いを嗅ぐ。
鉄、、いや血の匂いだ。
突然怖くなって小瓶が手から滑り落ちた。
赤い液体が宙を舞って、小瓶はガシャンと音を立てて割れる。
片付けて全て隠そうとしゃがんだ瞬間。
耳元の空気が震える。
「あぁ、落としちゃいました?」
低くて、ねっとりとした声。
身体が硬直する。
何か言い訳したくても、喉が詰まって声が出ない。
彼は割れた小瓶に手を伸ばした。
手を真っ赤にして、それも気にせず拾い集める。
指にガラスが刺さっているのに痛みすら感じていないようだった。
口角が上がったまま、ジロリと私をみつめる。
その目に光はない。
「ミクちゃんか、あんまり気に入ってなかったから全然大丈夫だよ」
彼はそう言って、汚れた手で私の頭を撫でた。

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