#11 雪
(#10のあいつ視点)
クリスマスもバイトなんて、ほんとにツイてない。
いつもだったら、湊と一緒にいるのに。
シフトの提出忘れて、勝手に入れられてた。
ぼんやりと仕事をこなす。
いつのまにか、時計は二十一時を指していた。
箒で床を掃きながら、
クリスマスなのに、全然暇だったな。
なんて考える。
ふと、窓の外に目をやると、雪がちらついていた。
「あ、雪。」
だから、みんな家から出ないのか。
部屋が暖かいから気づかなかった。
と一人で納得する。
「今日暇だし、先に上がっていいよ」
事務所で仕事をしていた店長が声をかけてきた。
ラッキー。早く帰れる。湊に連絡しちゃおっかな?
ゴミをまとめながら、ふとそう思う。
縛って捨てて、事務所へ入った。
打刻をして私服に着替える。
やっとバイトが終わった感じがして、ふぅ、と息をついた。
上着に袖を通して、スマホを片手に靴を履き替える。
「お疲れ様でしたー」
なんて間の抜けた声で挨拶をして、LINEを開いた。
湊のアイコンを指先で触る。
雪、降ってるよ_
フリックしながら店のドアを開いた。
ドン
鈍い音が響く。
「痛ってぇ」
低い声、聞き覚えがある気がする。
「あ、ごめんなさい」
咄嗟に謝って、顔を上げた。
「え、」
言葉が出なかった。
「お前がちゃんと見てねぇからだろ」
湊だった。
ぶつけて赤くなったおでこを手で隠しながら、当たり前みたいに立ってる。
その様子が異様すぎて、笑ってしまう。
「なんでここまでくるのよ、ほんと湊って変だよね」
そう言いながら肩をつつく。
たぶん、変ってなんだよ、ってムスっと言われるんだろうな。
そう思って、湊の様子を伺う。
湊は少し俯いていて、表情が読めない。
なんか、変だな。
どうしたの?
そう聞こうとした瞬間、湊が私の目を見つめてきた。
あまりにまっすぐな目をするもんだから、気恥ずかしくて思わず目を逸らす。
湊が、小さく息を吸った。
「あのさ、俺、」
#10 君と一緒に
クリスマスは、君と過ごしたい。
そう言おうとして、言葉を飲み込む。
俺たちは別に、恋人じゃない。
ただの幼馴染で、ただの、友達。
だから、わざわざ言う必要なんてないんだ。
どうせきっと、成り行きで一緒に過ごすことになる。
相手がいないと寂しいし、バイト休む口実になるから。
そんな理由で当日呼び出されるだろう。
なんとなくイルミネーションを見て、
「電気代、めちゃくちゃ高そうだね。」
なんて、ロマンチックから程遠い冗談で笑い合う。
寒さに耐えきれなくなって、コンビニへ行って、二人で酒を買って、そのまま俺の家へ。
それで、ピザを片手に、ホームアローンを見て仲良く寝落ち。
お決まりだ。
そろそろ、連絡してくるだろ。
あいつ、どうせ相手いないし。
冷めたように心で繰り返しながら、通知が来るたびにソワソワする。
スマホが小刻みに震える。
電話だ。
手に取って表示を見ると、あいつの名前が浮かんだ。
電話なんて珍しいな。
早まる心臓を誤魔化すように応答にスライドした。
「今年、クリスマス予定できた」
言葉に、詰まった。
変な沈黙ができて、急いで言葉を絞り出す。
「なんでわざわざ」
動揺を悟られないように、できるだけ冷静に言った。
「なにー?焦ってる?バイトだよ!バイト!」
茶化すみたいに明るい声が返ってきて安心する。
「彼氏でもできたかと思ったわ」
いつもの調子で返した。
「できてないわ!馬鹿にしてるでしょ!」
そんなツッコミを無視して電話を切った。
クリスマス、当日。
結局、あいつから連絡はない。
当たり前だ、バイトなんだから。
連絡しようか迷って、LINEを開いては閉じた。
部屋に俺一人しかいないから、やけに心臓がうるさく感じる。
いや、違う。
連絡したいんだ。
会いたいんだ。
ちゃんと言いたいんだ。
本音を自覚した途端、スマホの画面が妙に眩しく感じてポケットにしまい込んだ。
そして、クローゼットにかけてあった、トレンチコートに手を伸ばす。
そのまま家を飛び出した。
息切らして向かったのは、あいつのバイト先。
目の前まで来て、
「俺、何してんだろ、終わる時間もわかんないのに。」
と、自分に呆れる。
その瞬間、雪が降り始めた。
「あ、雪。」
思わず、空を見上げて立ち尽くした。
#9 冬晴れ
今日は散々な日だ。
年も明けたし前髪でも作ってイメチェンしよう。
なんて思って散髪屋で働いてた祖母からもらったハサミを手に取る。
鏡を見ながら、ここら辺かな、とハサミを当てた。
最近ハマってるマカロニえんぴつを口ずさみながら。
軽くハサミを閉じると、長かった前髪はどんどん下に落ちて行く。
真っ直ぐに切れたし、変なとこもない。
よし、可愛い。
あ、でも、ここをもう少し、と欲張ったところで瞼にハサミが軽く当たる。
ズキ、と小さい痛みを感じてハッとする。
よく見てみると、瞼に小さな傷ができていた。
それもそうだ、祖母のハサミは切れ味が良いのだ。
「気をつけて使いなさいよ。」
そう言われたのを今更思い出す。
急いでティッシュを持ってきて傷の上を軽くたたく。
が、全然血が止まらない。
こんなに小さい傷なのに、とムキになって出てくる血を拭き取ってみるものの、それでも止まらない。
「最悪なんだけど」
と言葉を漏らす。
私の口癖だ、最悪って言うことによって気持ちが誤魔化せる気がするから。
私があたふたしてるのに気づいたのか母が声をかけてくる。
「どうしたの、あぁ、切ったの?オロナインでも塗っときな。」
もうちょっと心配してよ。娘が血出してんだぞ。
心の中でツッコミを入れつつ、オロナインを受け取る。
「目に入らんようにね」
そうやって言いながら母は絆創膏を小さく切る。
そして、塗り終わった私の瞼に丁寧に貼ってくれた。
「なんかかっこいいじゃん」
なんてコメント付きで。
「かわいくなるために前髪切ったのに、喧嘩したみたいじゃん」
と私が肩を落とすと、少し笑いながら母が窓を指差した。
「空、真っ青だよ!」
つられて、そっちを見てみると、綺麗な冬晴れだった。
頬が緩む。
お母さん、ありがとう。
口に出せなくて、照れ隠しで母の頬をつついた。
#8 幸せとは
幸せ、ってなんだろう。
お金があること?
大好きな人の隣にいられること?
友達がたくさんいること?
それとも、生きていること?
ベッドの中で考える。
今、私は幸せなんだろうか。と。
答えなんか出なくて、いつのまにか寝落ちする。
日課といってもいい。
閉じた瞼の外が眩しく感じて、目を覚ました。
スマホの表示を見れば、12:27
アラーム、かけ忘れたのか。
のそり、と身体を起こす。
よく寝れた、ってことにしよう。
誰もいないのに、一人で言い訳なんて考えてみる。
眠気覚ましに自販機行こうかな、と思い立って、洗面所で寝癖だけ直した。
冬の澄んだ空気が頬を撫でる。
「寒。」
あまりにも冷たくて、口をついて出た。
日が出てるからそんなに寒くないと思ったのに、と部屋着のまま出てきたのを後悔する。
家から一番近い公園に向かって歩き出した。
霜が溶けたのか、道路は黒く色が変わっていて、少し興ざめした。
公園に着く。
遊具で遊ぶ子どもたち、その傍ら、世間話で盛り上がるお母さんたち。
どちらも楽しそうに笑っている。
でもきっと、理由は全然違う。
子どもたちは、遊具が楽しい、とか、友達と遊べて嬉しい、とか、そんな気持ち。
お母さんたちは、スーパーでお肉が安かった、とか、旦那が全然家事しない、とか、そんな話で盛り上がってる。
私も、いつかあぁなるのかな。
そう思いながら、自販機の前で立ち止まった。
あったか〜い。
その下のボタンを人差し指で押す。
ピピピピ、ピ!
自販機のルーレット。
3334
あぁ、ハズレか。
少し残念に思いながら、出てきた缶に手を伸ばした。
「熱っ。」
なんで、ホット缶なんかにしたんだろ。
いつもこうなるのに。
服の袖で缶を挟む。
プルタブに爪をかけて開けようとしたが、手がかじかんでなかなかうまくいかなかった。
めんどくさくなってポケットにしまう。
公園ですることもないから、そのまま家へ引き返した。
玄関を開けてほっとする。
やっぱり、家が一番だ。
そう思いながらポケットから缶コーヒーを取り出す。
「うわ、もうぬるいじゃん。」
あったかいの飲みたくて買いに行ったのに、意味ないじゃん。
そう思うとなんだか面白くなってきて、ぷっと、吹き出した。
靴を脱いで、リビングへ。
そして、暖かいこたつで生ぬるい缶コーヒーを堪能した。
これが、幸せ、なのかな。
#7 日の出
外が白み始めた。
とうとう、日が出てきてしまったようだ。
「最悪だ。」
意味もなく呟く。
まさか正月までパソコンと睨めっこをして、そのまま朝を迎えてしまうなんて思いもしなかった。
資料を作る手は止めず、ため息をつく。
マグカップの底にはコーヒーがこびりついて、乾いていた。
資料を作り終えて、ふと、部屋を見渡す。
机にエナジードリンクの缶が何本も横たわり、床にはもう使わないパソコンの説明書やら、会議の資料が散らかっている。
そのくせ、ベッドは綺麗に整えてある。
几帳面だからじゃない。
ベッドはほとんど使っていないのだ。
大抵、ソファか、机に突っ伏して寝落ちするから。
クローゼットにはスーツが二着かけてあるだけ。
私服なんかない。
コンビニに行けるくらいの部屋着と、あと下着。
それで十分なんだ。
仕事に行って、家に帰るだけの毎日。
休日も家から出ずに仕事。
つまらない人生だな。
そう思ってふっ、と鼻を鳴らす。
仕事も一区切りついたし、何か食べよう。
そう思って冷蔵庫を開ける。
エナジードリンクのストック、缶コーヒー、カロリーメイト、ゼリー飲料。
社畜かよ。
そう笑いたくなる。
呆れながら野菜室を開けた。
そこに、シナシナになったニラと消費期限の少し過ぎた野菜炒め用のパックを見つける。
正月だし、自炊でもするか。
そんな気が起きてきて、買ってから一度も使っていないエプロンを着た。
キッチンの棚をまさぐって、辛い袋麺を取り出す。
実家を出るまでは、袋麺なんか茹でるだけだから簡単だと思ってた。
けどその時間すら取れないのが社会人なんだと働きはじめてから痛感した。
カップラーメンか、出前か、簡易食、それが当たり前になってしまってから、どれくらいたっただろう。
ニラを切りながらぐるぐると考えていた。
お湯を沸かして麺を茹でる間に、野菜を炒める。
塩胡椒で味付けをして、
「あ」
胡椒の蓋が取れてしまった。
どば、と野菜の上に胡椒の山ができる。
舞った胡椒で鼻がムズッとして、大きなくしゃみが出た。
笑いが込み上げてきて、思わず吹き出した。
山になった胡椒を減らしながらしばらく笑う。
涙すら出てきて手でそれを拭った。
ピピピピピ
けたたましくキッチンタイマーが鳴り、火を止めた。
できたラーメンの上に野菜炒めを乗せる。
お皿を出すのは面倒だから鍋のまま机に持っていく。
「いただきます。」
手を合わせてそう言って、一口スープを啜る。
うん、不味くない。
次に、上に乗った野菜炒めを口に運んだ。
「しょっぱ」
胡椒はできるだけ減らしたのになぁ。
少し残念に思う。
時計を見上げると、六時半を少し過ぎていた。
あ、そうだ、あの件のメール返ってきたかな。
そう思ってスマホに手を伸ばす。
その瞬間、ブブブ、とスマホが振動した。
母さんからの電話か。
久しぶりに出ようかな。
応答にスライドをして、スピーカーモードにする。
「あんた、今年は帰ってくるの?」
母さんの甲高い声が一人の部屋に響いた。
いつもなら、仕事が立て込んでて、なんて嘘をついて電話を切るが、今日だけはそうもいかない。
どこの会社も流石に一月一日は休みだからだ。
返事に迷って、麺をすする。
「あら、自炊してるのね。てっきりカップラーメンばっかり食べてるかと思ってたわ。」
嬉しそうな声。
なんだか、こっちまで嬉しくなってくる。
「今日、帰ろうと思ってた。」
そう口からこぼれた。
「今日帰ってくるの?!早く言ってよ!」
だって、今決めたんだし。
そうも言えないから、
「仕事の関係で直前まで予定が分かんなかったから。」
とこじつける。
「次はちゃんと言ってよね、こっちだって準備があるんだから、掃除とかさ、」
別に実家だから汚くたっていいのに。
そう思いながら、
「ごめん。今から準備して行くから、着くの、昼くらいになると思う。」
と返す。
「そう?分かった、何か食べたいものある?私、今から作るよ」
母はすかさずそう言ってくる。
ここでなんでもいい、なんて言った日には、なんでもいいが一番困るのよと怒られる。
だから、お正月らしく、
「んー、お雑煮。」
と言って、そこから少し雑談をして電話を切った。
「よし、準備するか。」
そう呟きながらお皿を片付けようと立ち上がる。
今年の正月は、いつもよりマシに過ごせそうだ。