一ノ瀬 奏

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#7 日の出

外が白み始めた。
とうとう、日が出てきてしまったようだ。
「最悪だ。」
意味もなく呟く。
まさか正月までパソコンと睨めっこをして、そのまま朝を迎えてしまうなんて思いもしなかった。
資料を作る手は止めず、ため息をつく。
マグカップの底にはコーヒーがこびりついて、乾いていた。
資料を作り終えて、ふと、部屋を見渡す。
机にエナジードリンクの缶が何本も横たわり、床にはもう使わないパソコンの説明書やら、会議の資料が散らかっている。
そのくせ、ベッドは綺麗に整えてある。
几帳面だからじゃない。
ベッドはほとんど使っていないのだ。
大抵、ソファか、机に突っ伏して寝落ちするから。
クローゼットにはスーツが二着かけてあるだけ。
私服なんかない。
コンビニに行けるくらいの部屋着と、あと下着。
それで十分なんだ。
仕事に行って、家に帰るだけの毎日。
休日も家から出ずに仕事。
つまらない人生だな。
そう思ってふっ、と鼻を鳴らす。
仕事も一区切りついたし、何か食べよう。
そう思って冷蔵庫を開ける。
エナジードリンクのストック、缶コーヒー、カロリーメイト、ゼリー飲料。
社畜かよ。
そう笑いたくなる。
呆れながら野菜室を開けた。
そこに、シナシナになったニラと消費期限の少し過ぎた野菜炒め用のパックを見つける。
正月だし、自炊でもするか。
そんな気が起きてきて、買ってから一度も使っていないエプロンを着た。
キッチンの棚をまさぐって、辛い袋麺を取り出す。
実家を出るまでは、袋麺なんか茹でるだけだから簡単だと思ってた。
けどその時間すら取れないのが社会人なんだと働きはじめてから痛感した。
カップラーメンか、出前か、簡易食、それが当たり前になってしまってから、どれくらいたっただろう。
ニラを切りながらぐるぐると考えていた。
お湯を沸かして麺を茹でる間に、野菜を炒める。
塩胡椒で味付けをして、
「あ」
胡椒の蓋が取れてしまった。
どば、と野菜の上に胡椒の山ができる。
舞った胡椒で鼻がムズッとして、大きなくしゃみが出た。
笑いが込み上げてきて、思わず吹き出した。
山になった胡椒を減らしながらしばらく笑う。
涙すら出てきて手でそれを拭った。

ピピピピピ

けたたましくキッチンタイマーが鳴り、火を止めた。
できたラーメンの上に野菜炒めを乗せる。
お皿を出すのは面倒だから鍋のまま机に持っていく。

「いただきます。」

手を合わせてそう言って、一口スープを啜る。
うん、不味くない。
次に、上に乗った野菜炒めを口に運んだ。
「しょっぱ」
胡椒はできるだけ減らしたのになぁ。
少し残念に思う。
時計を見上げると、六時半を少し過ぎていた。
あ、そうだ、あの件のメール返ってきたかな。
そう思ってスマホに手を伸ばす。
その瞬間、ブブブ、とスマホが振動した。
母さんからの電話か。
久しぶりに出ようかな。
応答にスライドをして、スピーカーモードにする。
「あんた、今年は帰ってくるの?」
母さんの甲高い声が一人の部屋に響いた。
いつもなら、仕事が立て込んでて、なんて嘘をついて電話を切るが、今日だけはそうもいかない。
どこの会社も流石に一月一日は休みだからだ。
返事に迷って、麺をすする。
「あら、自炊してるのね。てっきりカップラーメンばっかり食べてるかと思ってたわ。」
嬉しそうな声。
なんだか、こっちまで嬉しくなってくる。
「今日、帰ろうと思ってた。」
そう口からこぼれた。
「今日帰ってくるの?!早く言ってよ!」
だって、今決めたんだし。
そうも言えないから、
「仕事の関係で直前まで予定が分かんなかったから。」
とこじつける。
「次はちゃんと言ってよね、こっちだって準備があるんだから、掃除とかさ、」
別に実家だから汚くたっていいのに。
そう思いながら、
「ごめん。今から準備して行くから、着くの、昼くらいになると思う。」
と返す。
「そう?分かった、何か食べたいものある?私、今から作るよ」
母はすかさずそう言ってくる。
ここでなんでもいい、なんて言った日には、なんでもいいが一番困るのよと怒られる。
だから、お正月らしく、
「んー、お雑煮。」
と言って、そこから少し雑談をして電話を切った。
「よし、準備するか。」
そう呟きながらお皿を片付けようと立ち上がる。
今年の正月は、いつもよりマシに過ごせそうだ。

1/3/2026, 2:08:26 PM