#4 良いお年を
「良いお年を」
彼に言われた。
あぁ、今年はもう会えないんだ。
そう、わかってしまう。
まだ、二十八日だよ。
また会おうよ。
そう言いたかったけど、彼の笑顔につられて全部かき消した。
そのまま手を振って彼と反対の方向に歩き出した。
一人になってため息をつく。
名残惜しいみたいに白く残った。
家に帰るのが嫌だった。
今年中にもう会えないことを認めるみたいで。
たった三分の道をだらだらと歩いた。
やっと決心して、家に帰る。
部屋に入った瞬間、温もりが身体を包む。
あぁ、エアコンのヒーターつけっぱだった。
なんとも言えない感情が押し寄せてきて、ソファに倒れ込む。
部屋の温もりが、妙に切なくて、クッションに顔を押し付けて泣いた。
結局、会いたいって言えなかった。
何度もLINEを開いて、
今日会おうよ_
と打って消して、
今日暇?_
と打って消して、
_
何も送れずにアプリを閉じた。
ベッドの中でもう一度、スマホの電源を入れる。
12月31日 水曜日。
普段は三日坊主な私ですが、このアプリだけは三日坊主を卒業できました。年の瀬に偉大な成果ですね。
来年はこの調子で、さまざまなこと、三日坊主せずに頑張りたいと思います。みなさま良いお年を。
#3 星に包まれて
彼と出会った日。
私ははっきりと覚えてる。
一昨年の七月七日だ。
その夜、私は行き場所を無くして、途方に暮れていた。
満点の星空の下で。
上京してきたはいいが、アパート契約の日を盛大に間違えたのだ。
お金は十分持っていたものの、肝心の宿がなかった。
運悪く観光シーズンに被って、予約をしないと宿が取れない状況だ。
何件ホテルを回っても
「すみません満室でして。」
と申し訳なさそうに切り捨てられてしまう。
今日は野宿か。となんとなく公園を検索してみる。
五分ほど歩いたところに星が綺麗に見える公園があるみたいだ。
そこでいいや。
そう思って歩き始めた。
公園につくと、そこには先客がいた。
星に夢中で私に気づいていないようだ。
瞳にきらりと天の川が反射する。
思わず、
「綺麗。」
と呟く。
すると男はちら、とこちらを見た。
パチっと目が合う。
二人の間に沈黙が落ちた。
沈黙に耐えきれなくて、何か言おうと口を開く。
その時、
「そんな大荷物で、どうしたんですか」
男が先に聞いてきた。
「えっと、家、なくて、」
それを聞くと男はぷっと吹き出して、
「家出?」
なんて聞いてくる。
「違いますよ!アパート、契約の日間違えてて、ホテルも入れなくて、」
恥ずかしくって、最後はほとんど声にならなかった。
「あー、じゃあ部屋、貸そうか?」
ナンパだ、とか怪しむべきだったかもしれない。
でも、私の心は折れかけで、その言葉が唯一の希望だった。
すぐさま頷いて、
「お願いします」
そう口に出していた。
#2 静かな終わり
あぁ、終わりって、こんなにさっぱりなんだ。
昨日まであった2人分のぬくもりも。
キッチンから香る温かい湯気も。
君の優しい笑い声も。
はじめから決まってた。
終わりがあること。
上京してきた彼女が家を見つけるまでの期間、俺の家に住ませてあげる。
そういう約束だったからだ。
残ったものはたくさんある。
洗面所には使いかけの歯ブラシ。
キッチンには彼女のお気に入りのマグカップ。
洗濯機には彼女のハンカチ。
それから、拭えない甘ったるい思い出。
甘さに胸焼けして、ソファから動けない。
ぼーっとお笑い番組を眺める。
「腹、減った。」
独り言が宙を舞って、居心地悪くそこに残った。
ようやく起き上がってキッチンに立つ。
とりあえず冷蔵庫を開けてみる。
あれ、何もない。
そういえば、昨日彼女が、
「冷蔵庫に何もないね、コンビニで買ってこよっか!」
なんて、はにかんでた。
そうだ。それで、二人で出かけて、茶色ばっかりのつまみと酒を買って、呑みながら帰ったんだった。
「寒いね。」
って、笑い合いながら。
戻ってきそうになった感情を誤魔化すように蛇口を捻る。
鍋に水を入れて、火にかけた。
彼女に隠してたインスタントラーメンを取り出してきて、もう隠す必要ないな、と笑いをこぼす。
鍋から湯気が立ち上がる。
頬が湿ってるのは、目の前が少しだけ見づらいのは、きっと、湯気のせいだ。
#1 心の旅路
本の背表紙をなぞって、その中の一冊を手に取る。
自分がなりたかった、歩みたかった道を選ぶように。
本はいわば地図だ。
他人の歩んだ道をなぞるための。
憧れの自分に想いを馳せるための。
少し心を躍らせて表紙を開く。
頁を開くと同時に、雨の匂いが鼻腔をくすぐった。
雨の音が、ひどく冷たい夜だった。
せめて、藁で寝たい。
そんな淡い期待が頬を撫でる。
薄暗い路地裏、膝を抱えて。
思わずふっと笑いが溢れる。
昨日まで紳士服に身を包んで、お嬢様。などと甘い声を出していたとは到底思えない。
金がない。
車もない。
家もない。
でも、なにより切ないのは、誰も、俺に見向きもしないことだ。
何千人がここを通りかかったのか、俺には数え切れない。
やけになって、なけなしの金で買った酒に手を伸ばした。
プルタブに爪をかける。
カシュ、と音が鳴った。
口まで持って行こうとしたその瞬間。
「そこのおにーさん、何してんの?」
目の前に白くて綺麗な手が差し伸べられる。
思わず顔を上げた。
綺麗なブロンドの髪。
口の周りにはギラギラのピアス。
ニカ、っと笑う歯。
冷やかしなら帰れよ。
そう言おうと口を開いた。
が、
「うちが、送ってこっか?」
女はそう言って、傘を差し出してくる。
あまりにもまっすぐな目。
あまりにも、優しい声。
俺はそれに縋ることしかできなかった。
そこで頁を閉じた。
また、気が向いたら読もう。と。