#1 心の旅路
本の背表紙をなぞって、その中の一冊を手に取る。
自分がなりたかった、歩みたかった道を選ぶように。
本はいわば地図だ。
他人の歩んだ道をなぞるための。
憧れの自分に想いを馳せるための。
少し心を躍らせて表紙を開く。
頁を開くと同時に、雨の匂いが鼻腔をくすぐった。
雨の音が、ひどく冷たい夜だった。
せめて、藁で寝たい。
そんな淡い期待が頬を撫でる。
薄暗い路地裏、膝を抱えて。
思わずふっと笑いが溢れる。
昨日まで紳士服に身を包んで、お嬢様。などと甘い声を出していたとは到底思えない。
金がない。
車もない。
家もない。
でも、なにより切ないのは、誰も、俺に見向きもしないことだ。
何千人がここを通りかかったのか、俺には数え切れない。
やけになって、なけなしの金で買った酒に手を伸ばした。
プルタブに爪をかける。
カシュ、と音が鳴った。
口まで持って行こうとしたその瞬間。
「そこのおにーさん、何してんの?」
目の前に白くて綺麗な手が差し伸べられる。
思わず顔を上げた。
綺麗なブロンドの髪。
口の周りにはギラギラのピアス。
ニカ、っと笑う歯。
冷やかしなら帰れよ。
そう言おうと口を開いた。
が、
「うちが、送ってこっか?」
女はそう言って、傘を差し出してくる。
あまりにもまっすぐな目。
あまりにも、優しい声。
俺はそれに縋ることしかできなかった。
そこで頁を閉じた。
また、気が向いたら読もう。と。
12/28/2025, 3:40:38 PM