湿った肺に
新鮮な風がふきこむような言葉をさがしている
紙飛行機を折るように
君のところまでとどくといいと思いながら
とりあえず飛ばしてみる
今日 ハクセキレイの雛が巣立っていったよ
ながい尾をふりふり 小さな足をけんめいに動かして
白い雲をかけ上がるように空へ吸い込まれていった
春にはタンポポでいっぱいだった公園に
今はアカツメクサが揺れている
どうかありふれたことを特別にする言葉を教えてほしい
文を書くひとは みんな魔法つかいみたいだと思う
そこにはなんだか
見えない理が はたらいているようでいて
僕にはあんまりよくわからない
紙飛行機の上手な折り方も 飛ばし方も
もしくは ほかの誰かのところへ とどくことではじめて
そこには魔法がやどるのかもしれない
さあ まるまった背中をのばして空をみてごらんよ
しぼんだ肺をふくらませて
野花のあんまり甘くない香りとか
幼鳥の和毛をあつめたような雲とか
君にふいている風に気づいてほしい
結局あんまりおもしろくはない僕の言葉に
君が魔法をかけてくれるように
とりあえず飛ばしてみる
僕が感じた風が 君にもとどけばいいとおもう
『つまらないことことでも』
ナイスアイディア!を思いつくのは大抵夢の中
急げ、目が覚めるまでにメモれ!と
必死に殴り書く私
いや、夢の中でメモっても意味無いし!
と放り投げるまでがワンセット
そのことだけは強烈に覚えているのに
肝心の、ナイスアイディア!は
微塵も覚えていない
やたらカラフルな夢を見るときがある
夕刻の空に虹がかかり
信じられない純度で星が輝きはじめる
急げ、目が覚めるまでに写真を撮れ!と
必死にスマホを取り出す私
いや、だから夢の中で撮っても以下略
夢の内容をあらゆるメディアでそのまま現像してくれる
そんな機械があったら良いと思う反面
それは夢の外に持ち出したら
案外チープでつまらないものかもしれないとも思う
だから今度こそ必死にならず
ただただ夢を楽しもうと思うだけれど
そんなこと夢の中では
微塵も覚えていない
ままならないゆめうつつ
『目が覚めるまでに』
- - - - - -
五感の刺激を伴う記憶は長く残るものですね
一番はじめの記憶は
茶卓の上の白いカップ
とても苦くて少し酸っぱい水
見送りに来ない我が子に少ししょんぼりの父を送り出し
母が居間へ戻るとそこには
飲み残しのコーヒーカップを抱えた1歳半幼児
いわく、
「やっぱりブラックは美味い」
さながらホラーだったと後に語った母と
生まれつき強がりだけは一人前の子
双方に衝撃がはしったひとコマ
2番目の記憶は
何から何まで白い部屋
鼻の奥がツンとする 居心地の悪い匂い
窓からのぞく空と
父の入院着だけが薄水色で
こすったら消えそうな真昼の細い月と
何から何まで細い父と
全部が全部 穏やかで生暖かくて気持ちが悪かった
人生長く残るのは
上手く飲み下せない思い出と
優しい記憶ばかり
『病室』
オホーツクの海から湿った風が吹き
蝦夷にも梅雨が訪れて
雨音は心地よいけれど
雨垂れの音は煩わしい
腫れ上がった脳みそをつつかれるようで
じめじめと湿気は鬱陶しいけれど
微かなカビ臭さは嫌いじゃない
押入れの匂いを思い出すから
押入れに重ねられたお布団の上
タオルケットにくるまって
壁のしみを眺めていると
そこはいつの間にか嵐の海に浮かぶ船上で
恐ろしい怪物と戦ったり
無人島に流れ着いたり
野生の動物と友達になったり
焚き火を囲んで
名前のわからない果物や
骨付きのお肉を食べた
それは目を瞑って見る夢よりもずいぶん鮮やかで
梅雨になると
暗がりで見た白昼夢の
無人島に住む虎の
くすくす笑いが
あちこちの隙間の影から聞こえる気がする
カビの匂い
湿気取り買いに行かなきゃ
『梅雨』
時計の針とはどことなく
死を連想させるものだろうか
大きな時計塔の針に挟まれたりして死ぬ
そんなお話をいくつか知っている
それとも昔はそんな事故が本当にあったのだろうか
なんとなく古めかしくて浪漫ある死に方だねえ なんて
不謹慎なことを思う
どうにかこのデジタルな数字の隙間にも挟まれないものか
スマホを見つめながらぼんやりと思う朝
『時計の針』
屑籠が溢れている
押し込めばまだいけると思った
一瞬収まったかに思えたそれは
時間と共に膨らんで
屑籠から溢れている
散らばったそれを拾い集める時ほど
惨めな気持ちはなくて
溜め込むと捨てるのも一苦労だから
掃除はこまめにね
『溢れる気持ち』