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10/3/2023, 4:50:13 PM

お題「窓から見える景色」
※数日前のお題です





恐らく異世界転移したのだと思う

森の中の古びた小さな家で、ルカのいれてくれた甘いミルクティーを飲みながら満花はそっとため息をついた

ルカが住んでいるというこの家は木造の可愛らしい家だった
外観は随分古い家のようだったが、中に入ると案外傷みが少なく、それどころか築浅の家のようである
ちぐはぐで不思議な家だ

「ご両親はお仕事?」
「いない」

家には自分達以外に人の気配がなく、ルカ自身がミルクティーをいれてくれたので何気無く聞いてしまった

「ここには俺一人で住んでる
父親は物心ついた時からいないし、母親は俺が四歳くらいの時に蒸発した
今、生きてるのか死んでるのかも知らない」
「ぁ…ごめん…ね」
「別に」

ルカは淡々と話すが、ミチカは激しく後悔して居た堪れなくなった
ルカは十一歳との事だが、その年齢にしては相当落ち着いている
満花の方があたふたしてしまって「気にしてないから」とルカに呆れ顔で言われた

カタリと椅子を引いて向かいに座ったルカの前にはミルクティーはない
「ルカくんの分は?」と聞いたが、「俺はいい」と言われた

「この国は…いや、もう世界中がそうらしいけど……
ほとんど雨が降らない
そのせいで争いは絶えないし、沢山の人が紛争のせいだけじゃなく、病気や事故で死ぬ」

ルカの家に来るまで森の中を歩いてきたが、満花の知っている森とは随分かけ離れていた
地面は草花が全く生えておらず乾燥でひび割れていたし、木々は枯れ果ててしまい、そうなると勿論動物の気配もなかった
どちらかというと、砂漠と言われた方がしっくりきた

「俺は魔法で水をある程度生成出来るけど、それが出来ない人やそもそも魔力を持たない人の方が圧倒的に多い
漠然と雨がもっと降れば良いのに、とはずっと思っていた」

窓の外に視線を投げたルカの美しい横顔に一瞬惚けてしまった
可愛らしい顔つきだが、大人びて見える瞬間もあって、甘く爽やかな色気すら感じる
大人になれば女性に言い寄られて困る程の、それはそれは現実離れした麗人になるのだろうとぼんやり思った

「それで少し前に買った本に載っていた、陣を使った召喚魔法を応用して、水の神様を呼ぼうと思った
そうしたら、ミチカが現れた」
「……ごめんね
私はその水の神様じゃないと思う
何か特別な力を持った存在じゃない、普通の人間だよ」

ルカは視線を満花に戻すと静かに見つめた
陽光を受けてキラキラと小さな光が煌めく青色の瞳に吸い込まれそうになる
ルカはしばらく黙って満花を見つめていたが、やがて僅かに首を傾げて「そう…かな?」と溢すと再び窓の外に視線を向けた

「…ミチカを元の世界に帰す方法は必ず見つける
巻き込んでしまってごめん
なるべく早く帰せるように努力するよ
とりあえず、ゆっくりしてて」
「…ありがとう…よろしくね」

ルカは立ち上がり、部屋の片隅に積み上げられた本の山を漁って、熱心に読み始めた
恐らく満花を元の世界に帰す為、早速動いてくれているのだろう

温かいミルクティーを一口飲むと、甘くて優しい味がして、少し心が落ち着いた

ルカの家に辿り着くまでに満花はすぐには元の世界に帰せないのだと既に聞いていた
そもそも異世界を繋いで行う転移魔法とは大昔に禁忌魔法とされており、それについて記された本などは全て処分されてなくなってしまったのだという
転移魔法…空間移動魔法ともいうらしいのだが、所謂テレポーテーションは現在でも存在していて、その中のいくつかの陣を応用して満花の世界とこの世界を繋ぎ、そこから更に異世界からの転移魔法をルカが成功させてしまい、今ここに満花がいるという訳らしい

魔法のある世界に転移するなんて漫画とかアニメのような話だ
満花がそれを聞いて思った感想がこれだった

確かに、これからしばらく知らない世界で知らない文化を持つ知らない人たちの中で暮らしさなければならないという事に不安がないわけではない
しばらくこの世界にいることになれば、働き口を探して、働いてお金を稼ぎ、住む場所を探し、生活の基盤を整える必要があるだろう
知らない世界でのそれがどれだけ大変な事なのか、学生の満花でもなんとなく分かる
だが、『どうしても元の世界に帰りたい』と思えないのだ
もちろん、帰れるものなら帰りたい
でも、帰れないのならそれでもいいとも思っている
満花にとって、元の世界とはその程度のものだったのだろう
どうしても帰りたいと思えるような大切なものが元の世界にないのだ
(…何て空っぽな人間なんだろう、私…)

ルカが見つめていた窓の外を見ると、枯れた色のない景色が広がっていた


9/24/2023, 4:59:43 AM

お題「声が聞こえる」
※昨日のお題です

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満花が最初にこちらの世界に来たのは約十ヶ月前

大学進学と同時に始めた一人暮らし
その日は休日で、夕方からのバイトに行く為準備をしていた
ギリギリまで寝ていたせいで、慌ただしく狭い部屋内を走り回りボサボサの髪をどうにかしようと洗面所に向かった…その時

『…さ……れば』

男の子が囁くような声が聞こえた
「…え」
サッと血の気が引く
「…なに…?」
このアパートに男の子がいただろうか
確か近隣の部屋にはいないはずだ
いるとすれば、あまり会ったことのない離れた部屋にだろう
この部屋で声が聞こえるわけがない
…まさか聞こえてはいけない声が聞こえたのでは…?

『……あめ……い……』

「やだやだ無理ぃ」

怖い怖い
震える手で耳を塞いでも聞こえてくる
幽霊とか本気で無理だ
恐怖で泣けてきた

固く目を閉じた時、急に瞼越しに金色の眩しい光を感じ、反射的に目を開いた
足元からの刺すような光はよく見ると紋様を描いている
漫画やアニメで見たような魔法陣のようだった
徐々に目を開けていられないほどの強い光を放ち始め、また強く目を閉じた
暫くすると強烈な光は収まり、じんわり痛む目を恐る恐る開いた

「…え?え??」

今までこぢんまりとした見慣れた部屋にいたはずだ
だが目を開けば、もう使われていないような古びた礼拝堂のような場所に何故か変わっていた
もしかして本当はまだ寝ていて夢をみているのかもしれない
でもなんだろう…妙にリアルだ
心臓がバクバクと痛いくらいに早鐘を打って、上手く息が出来なくなる

「……かみさま?」
「…!」

あまりに動揺していて気付かなかったが、すぐ近くに十歳くらいの男の子が座り込んでいた
見た事ないくらいの整った顔に驚く
黒髪に大きなアーモンドアイ
瞳の色は射し込む陽光を取り込んで、キラキラと輝く美しい青色
創造主が丹精込めて作り上げたかのような形の良い鼻と口
それらすべてのパーツが完璧なバランスで配置された、現実離れした美少年だった
気品漂う容姿なのに、艶のない髪やうっすら汚れた肌、サイズの合っていない服が少し違和感だけれども…

「助けにきてくれたの…?」

声変わり前の高めの声が、あちこち穴の空いた建物内で涼やかに響く

(…ん?あれ?この声…)

少年の声に既視感を覚える
さっき部屋で途切れ途切れ聞こえてきた声に似ている

「…え…えと、ちが……私、神様とかじゃないよ」
「…違うの?」

少年の期待の籠った澄んだ眼差しが少し沈み、不思議そうに小首を傾げる姿になんとなく申し訳ない気持ちになった

「うん…ごめんね…?」

少年のことも何かと気になるが、満花も自分の事でいっぱいいっぱいだった
とにかく帰りたい

「あの…ここはどこか教えてくれる?」
「…?ここはラプム村の外れにある星屑の森だけど」

日本にそんな名前の村あるだろうか
いや、多分ない
嫌な予感がする
手が微かに震え出した

「…ね、ここって日本だよね?」

体は急激に冷えていくのにじっとりと気持ちの悪い汗が噴き出てきた

「ニホン?ってなに?」
「…なにって…国の名前でしょ?」

少年は口元に手を当てて数秒考えた後、納得したように呟いた

「…あぁ、お姉さんはニホンって国から来たんだね」

「ここも日本でしょう?」という言葉は何故か喉につっかえて出てこなかった
自分の心臓の音がうるさい

「ここはリュペリオン王国だよ」

リュペリオン王国…
聞いた事ない国の名前だ

「ねぇ、やっぱりお姉さん俺に応えてくれたんじゃないの?」
「え…いや、ちが「だって、俺の召喚魔法陣から出てきたでしょ?」

しょうかんまほうじん…?
満花は思考を放棄した
分かりたくなかった
今の状況に似たアニメを思い出してしまったのだ
女の子が異世界に召喚されてしまい、聖女として仲間達と魔王を倒す…みたいな異世界転移もののアニメ

「お姉さん、名前はなんていうの?」
「…え…なまえ?えと…満花、天宮満花」
「ミチカが名前?」
「うん…」

話しかけてくる少年を無視する訳にもいかないので、停止した頭を必死に動かして答えると、彼は花が綻ぶように笑った

「俺はルカ
よろしく、ミチカ」



これが、ルカとの出会いだった


9/21/2023, 3:17:30 AM


「おい、ルカ」

少しずつ芽吹き、色づき始めた草木の庭園を断ち切る回廊
自宅へと帰る為にいつもより数倍早く歩いていたルカは呼び止める声を煩わしく感じながら歩き続けた

「いやいやいや、ちょっと待てって」
「…なに」

無視しても付いてくるグレンの声に、これは応じなければいつまでも付いてくるだろうと思い直したルカは、それでも止まる事無く、隣に並んだ友人を一瞬ちらっと確認し、再び前を見た

「隣国の第五王子がうちへのりゅ「留学の手続きを早急に進めてる話なら知ってる」
「なんでもう知ってんだよ!?」
「近隣国の動向は俺も独自に調べてる」
「お前、そんな事してんの!?」

「そんな時間どこになるんだよ!?仕事もあんのに」
「いつ休んでるんだ」
「体力お化けか」
「天才とバカは紙一重だ」
「きちんと休まないといざという時動けないぞ」
「メシはきちんと食ってるんだろうな!?」
「今は良いだろうけど、一気に疲れは来るぞ」
ベラベラと話し続けるグレンを無視して、騎士棟へ足を踏み入れ、ようやく立ち止まる

「で、用件はそれだけ?」

燃えるような赤髪のグレンは、口は悪いが頭は切れるし、情に厚い
男らしく整った容姿と、この国の第三王子の側近で、伯爵家の次男という立場の為、淑女達の中では非常に人気が高い
ルカもこの友人を信頼しているし、嫌いでもないが、何かとお節介な所は少し面倒くさいと感じている

「そうだよ!早く知らせた方がいいと思ってな!」

振り返れば、ほとんど走っている状態で付いてきていたグレンは軽く息を弾ませていた
「いらん世話だったけどな!」とブツブツ言って、恨めしそうに睨めつける友人思いな赤髪の青年を見て、少し口角を上げると、ルカは足元に魔力を集中させた
そこから光る緻密な陣が一瞬で広がると、瞬きひとつの間に王城から見慣れた部屋へと景色が変わった
煌びやかな王城から一転、素朴で小さな部屋

膨大な魔力を必要とする空間移動だが、ルカは全く問題なく一日に十数回使えるくらいの無尽蔵な魔力を持っていた
またグレンに会えば「誰が見てるか分からん所でそう易々と空間移動魔法を使うな!」と小言を言われるだろう
いや、寧ろ今まさに言われている気もするが
どうしても早急に帰りたかったから仕方ない

「うわっ、びっ…くりしたぁ」

澄んだ高い声が部屋の奥から聞こえてきた

「慣れないな〜」

黒目がちな小柄な少女が、部屋に突如現れたルカを見て、くすくすと可笑しそうに笑う
堪らなく胸が騒いで、力一杯抱き締めたい衝動が突き抜けていく
勿論、そんな事をすれば折れそうな細い体を本当に折ってしまいかねないので、そっと近付いて繊細な宝物を扱うように優しく抱き締めた
腕の中にすっぽりと収まってしまうくらい小さく、温かくて、花のような優しい香りがする

「おかえり」

耳元で小さく呟かれるこの言葉を聞く度に、甘い幸せに頭の先までどっぷり浸かったような心地がする
このまま時間が止まればいいのにと毎回思う

「ただいま帰りました
ミチカ」

自国の欲深いタヌキじじぃ達の事も、隣国の第五王子の事も、考える事もやる事も山積みだが、今この瞬間だけは忘れさせて欲しい

彼女を奪おうとする奴等はどんな手を使っても片っ端から潰してやる
もう二度と手放しはしない

ミチカはルカに応えてくれた
本当は自分だけの神様なのだ

「愛しています」

自分でも随分甘い声が出たなと思った
ちらりと横目でミチカを見ると、困った顔で真っ赤になって小さく震える姿があった
今日もルカの最愛の人は可愛い

嗚呼、もう本当に時間が止まればいいのに





お題「時間よ止まれ」

9/18/2023, 10:52:04 AM

彼女は俺に応えてくれた神様みたいな人で、彼女に出会ってから頭の中は彼女の事で埋まっていた


朝は彼女よりも早く起きて、少し贅沢な朝食を作り、穏やかに眠る彼女にそっと声をかける
向かい合って朝食を食べ、微笑む彼女に常に胸が騒いだ

朝食の後は彼女と小さな畑で野菜の収穫
近い内にもう少し畑を広げて彼女が好きな野菜を植えよう

昼は共にキッチンに立ち、彼女の好きな食材を沢山使って昼食を作る
満腹になって、またうとうとし始める彼女を視界に入れながら、彼女用のバランスの取れた夕食作りと自分用に夕食の残りで手早くサンドイッチを作る
とろんとした顔で外を眺める彼女に声をかけ、しっかりと施錠して仕事に出掛ける

夜中に帰ると眠る彼女の顔を見て、ごちごちに固まった仕事の疲れがするすると解けたようになくなった
そうして優しくて温かい彼女の隣で眠った

穏やかで幸せな日々を送っていた

ある日、弁当を作って町の外れにある小高い丘の上に広がる花畑に行った
こんな事を出来るようになったのも全て彼女のお陰だ
今の季節は丸くて可愛らしい薄紅色が一面染め上げていた
何処からか、微かに甘くて馨しいの香りが香っている

彼女が花を愛で、ふわりと香る空気の中で目を細めるのを見て、嗚呼こんなにも美しい景色は見た事ないと本気で思った
いつまでもこんな日々が続いて欲しいと、信じてもいなかった神に希った

でも、彼女は俺の前からいなくなってしまった
予兆はあった
何度も

彼女が不安気に俺を見る事が増えた
外でも家でも手を繋ぎたがった
眠りが浅くなり、日中ぼんやりしている事が多くなった
何度も俺に何か言おうと恐る恐る口を開いては「なんでもない」と笑った

それらの予兆を俺は恐くて見ないふりをした
そんなはずはないと

俺も眠れなくなって、彼女を繋ぎ止める方法を調べてみたりしたが、都合良く見つかるはずもなく、彼女はいなくなってしまった

沈む日々を過ごす時間も勿体なくて、彼女を連れ戻す為にやれる事は片っ端からやった

色褪せた景色に鬱々としながら、いつの間にか出会った時の彼女の年齢を追い越した

時間はかかったが、もう一度彼女を迎える準備は整った
今度こそは彼女を失わない
必ず繋ぎ止めてみせる

もう一度、あの花畑に
共に


お題「花畑」