お題「窓から見える景色」
※数日前のお題です
恐らく異世界転移したのだと思う
森の中の古びた小さな家で、ルカのいれてくれた甘いミルクティーを飲みながら満花はそっとため息をついた
ルカが住んでいるというこの家は木造の可愛らしい家だった
外観は随分古い家のようだったが、中に入ると案外傷みが少なく、それどころか築浅の家のようである
ちぐはぐで不思議な家だ
「ご両親はお仕事?」
「いない」
家には自分達以外に人の気配がなく、ルカ自身がミルクティーをいれてくれたので何気無く聞いてしまった
「ここには俺一人で住んでる
父親は物心ついた時からいないし、母親は俺が四歳くらいの時に蒸発した
今、生きてるのか死んでるのかも知らない」
「ぁ…ごめん…ね」
「別に」
ルカは淡々と話すが、ミチカは激しく後悔して居た堪れなくなった
ルカは十一歳との事だが、その年齢にしては相当落ち着いている
満花の方があたふたしてしまって「気にしてないから」とルカに呆れ顔で言われた
カタリと椅子を引いて向かいに座ったルカの前にはミルクティーはない
「ルカくんの分は?」と聞いたが、「俺はいい」と言われた
「この国は…いや、もう世界中がそうらしいけど……
ほとんど雨が降らない
そのせいで争いは絶えないし、沢山の人が紛争のせいだけじゃなく、病気や事故で死ぬ」
ルカの家に来るまで森の中を歩いてきたが、満花の知っている森とは随分かけ離れていた
地面は草花が全く生えておらず乾燥でひび割れていたし、木々は枯れ果ててしまい、そうなると勿論動物の気配もなかった
どちらかというと、砂漠と言われた方がしっくりきた
「俺は魔法で水をある程度生成出来るけど、それが出来ない人やそもそも魔力を持たない人の方が圧倒的に多い
漠然と雨がもっと降れば良いのに、とはずっと思っていた」
窓の外に視線を投げたルカの美しい横顔に一瞬惚けてしまった
可愛らしい顔つきだが、大人びて見える瞬間もあって、甘く爽やかな色気すら感じる
大人になれば女性に言い寄られて困る程の、それはそれは現実離れした麗人になるのだろうとぼんやり思った
「それで少し前に買った本に載っていた、陣を使った召喚魔法を応用して、水の神様を呼ぼうと思った
そうしたら、ミチカが現れた」
「……ごめんね
私はその水の神様じゃないと思う
何か特別な力を持った存在じゃない、普通の人間だよ」
ルカは視線を満花に戻すと静かに見つめた
陽光を受けてキラキラと小さな光が煌めく青色の瞳に吸い込まれそうになる
ルカはしばらく黙って満花を見つめていたが、やがて僅かに首を傾げて「そう…かな?」と溢すと再び窓の外に視線を向けた
「…ミチカを元の世界に帰す方法は必ず見つける
巻き込んでしまってごめん
なるべく早く帰せるように努力するよ
とりあえず、ゆっくりしてて」
「…ありがとう…よろしくね」
ルカは立ち上がり、部屋の片隅に積み上げられた本の山を漁って、熱心に読み始めた
恐らく満花を元の世界に帰す為、早速動いてくれているのだろう
温かいミルクティーを一口飲むと、甘くて優しい味がして、少し心が落ち着いた
ルカの家に辿り着くまでに満花はすぐには元の世界に帰せないのだと既に聞いていた
そもそも異世界を繋いで行う転移魔法とは大昔に禁忌魔法とされており、それについて記された本などは全て処分されてなくなってしまったのだという
転移魔法…空間移動魔法ともいうらしいのだが、所謂テレポーテーションは現在でも存在していて、その中のいくつかの陣を応用して満花の世界とこの世界を繋ぎ、そこから更に異世界からの転移魔法をルカが成功させてしまい、今ここに満花がいるという訳らしい
魔法のある世界に転移するなんて漫画とかアニメのような話だ
満花がそれを聞いて思った感想がこれだった
確かに、これからしばらく知らない世界で知らない文化を持つ知らない人たちの中で暮らしさなければならないという事に不安がないわけではない
しばらくこの世界にいることになれば、働き口を探して、働いてお金を稼ぎ、住む場所を探し、生活の基盤を整える必要があるだろう
知らない世界でのそれがどれだけ大変な事なのか、学生の満花でもなんとなく分かる
だが、『どうしても元の世界に帰りたい』と思えないのだ
もちろん、帰れるものなら帰りたい
でも、帰れないのならそれでもいいとも思っている
満花にとって、元の世界とはその程度のものだったのだろう
どうしても帰りたいと思えるような大切なものが元の世界にないのだ
(…何て空っぽな人間なんだろう、私…)
ルカが見つめていた窓の外を見ると、枯れた色のない景色が広がっていた
10/3/2023, 4:50:13 PM