NoName

Open App


「おい、ルカ」

少しずつ芽吹き、色づき始めた草木の庭園を断ち切る回廊
自宅へと帰る為にいつもより数倍早く歩いていたルカは呼び止める声を煩わしく感じながら歩き続けた

「いやいやいや、ちょっと待てって」
「…なに」

無視しても付いてくるグレンの声に、これは応じなければいつまでも付いてくるだろうと思い直したルカは、それでも止まる事無く、隣に並んだ友人を一瞬ちらっと確認し、再び前を見た

「隣国の第五王子がうちへのりゅ「留学の手続きを早急に進めてる話なら知ってる」
「なんでもう知ってんだよ!?」
「近隣国の動向は俺も独自に調べてる」
「お前、そんな事してんの!?」

「そんな時間どこになるんだよ!?仕事もあんのに」
「いつ休んでるんだ」
「体力お化けか」
「天才とバカは紙一重だ」
「きちんと休まないといざという時動けないぞ」
「メシはきちんと食ってるんだろうな!?」
「今は良いだろうけど、一気に疲れは来るぞ」
ベラベラと話し続けるグレンを無視して、騎士棟へ足を踏み入れ、ようやく立ち止まる

「で、用件はそれだけ?」

燃えるような赤髪のグレンは、口は悪いが頭は切れるし、情に厚い
男らしく整った容姿と、この国の第三王子の側近で、伯爵家の次男という立場の為、淑女達の中では非常に人気が高い
ルカもこの友人を信頼しているし、嫌いでもないが、何かとお節介な所は少し面倒くさいと感じている

「そうだよ!早く知らせた方がいいと思ってな!」

振り返れば、ほとんど走っている状態で付いてきていたグレンは軽く息を弾ませていた
「いらん世話だったけどな!」とブツブツ言って、恨めしそうに睨めつける友人思いな赤髪の青年を見て、少し口角を上げると、ルカは足元に魔力を集中させた
そこから光る緻密な陣が一瞬で広がると、瞬きひとつの間に王城から見慣れた部屋へと景色が変わった
煌びやかな王城から一転、素朴で小さな部屋

膨大な魔力を必要とする空間移動だが、ルカは全く問題なく一日に十数回使えるくらいの無尽蔵な魔力を持っていた
またグレンに会えば「誰が見てるか分からん所でそう易々と空間移動魔法を使うな!」と小言を言われるだろう
いや、寧ろ今まさに言われている気もするが
どうしても早急に帰りたかったから仕方ない

「うわっ、びっ…くりしたぁ」

澄んだ高い声が部屋の奥から聞こえてきた

「慣れないな〜」

黒目がちな小柄な少女が、部屋に突如現れたルカを見て、くすくすと可笑しそうに笑う
堪らなく胸が騒いで、力一杯抱き締めたい衝動が突き抜けていく
勿論、そんな事をすれば折れそうな細い体を本当に折ってしまいかねないので、そっと近付いて繊細な宝物を扱うように優しく抱き締めた
腕の中にすっぽりと収まってしまうくらい小さく、温かくて、花のような優しい香りがする

「おかえり」

耳元で小さく呟かれるこの言葉を聞く度に、甘い幸せに頭の先までどっぷり浸かったような心地がする
このまま時間が止まればいいのにと毎回思う

「ただいま帰りました
ミチカ」

自国の欲深いタヌキじじぃ達の事も、隣国の第五王子の事も、考える事もやる事も山積みだが、今この瞬間だけは忘れさせて欲しい

彼女を奪おうとする奴等はどんな手を使っても片っ端から潰してやる
もう二度と手放しはしない

ミチカはルカに応えてくれた
本当は自分だけの神様なのだ

「愛しています」

自分でも随分甘い声が出たなと思った
ちらりと横目でミチカを見ると、困った顔で真っ赤になって小さく震える姿があった
今日もルカの最愛の人は可愛い

嗚呼、もう本当に時間が止まればいいのに





お題「時間よ止まれ」

9/21/2023, 3:17:30 AM