【元気かな】
少しだけ好きな人がいて、少しだけ。それでも彼とは毎日会っていたの。
私は今では地位なき魔法使いで、彼は…ぶっきらぼうで大人しくて、でもとっても優しい戦士だった。
でも、ある日その人はいなくなってしまった。
どこを探してもどんな魔法を使っても見つからない。
花びらが示す占いは、彼がどこかで生きていることを伝えるだけだった。
ただ焦って、この心に空いた穴を埋めることに必死になっていた。いなくならないと思ってた。
私たち、友達ですらない放浪者同士だったわね。
「元気かな」
青い空が私を見ている。きっと、どこかにいる彼のことも見ているのだろう。
空から見たら私たち、それでも近くにいるんでしょう。
だから、私はまた会えることを知っている。
今はこの花びらたちが彼を隠しているだけだから。
風が止んだ頃、きっとまた会えるわ。
そうなんでしょう?私の大切な人。
【空に向かって】
どんよりと雲の掛かった暗い空を見上げている。
まだこの絶望が満たした部屋よりは明るい。
数日前から誰も掛からない罠をぶら下げて、ただそこに掛かることのない獲物を鏡越しに見た。
よれたスーツを着た獲物が映っているだけだった。
昨日の夜、帰ってきてからそのままベッドにも入らず寝てしまっていた。
フローリングの冷たさを背中に感じた。
その冷たさですら今の自分には不充分だった。
「しょうもないな。本当に」
祈る神もいない。ただ光の差し込まない空に向かって呟くだけで、その声も虚空に消えていく。
病むことも健やかでいることも叶わない人生に、救いなんてないんだよな。
【もう二度と】
大切な人がいた。柔らかな陽だまりの中で、幸せそうに笑うその人を見るのが大好きだった。
闇の使者である私は、自分の使命を忘れてその人を愛してしまった。太陽の元で君と笑い続けてしまった。
その眩しさに自分の身が滅ぼされていくのを分かっていながら、君と共にあることを望んでしまった。
太陽と月が一緒にはいられないように、私と君も…。
何百年も闇に仕えて生きてきた。
人間の心の愚かさを私はよく知っている。
都合の悪いことを忘れてしまうこと。
現実から目を背けて逃げてしまうこと。
心が移ろってしまうこと。
その愚かさで、ずっと幸せに生きてほしい。
何にも……私との思い出にも囚われず。
「人の一生は短いが質が良いようだ。…君には大切な記憶も人もたくさんある。そしてこれからもね。」
「急にどうしたの?最後みたいに言っちゃって。」
最期だから。光の中に溶ける私は、もう二度と君と笑いあうことはない。でもそれでいい。
私は君と会えて幸せだった。
【花の香りと共に】
春先のことだった。
少し遅めの桜が咲いて、私はそれを見ていた。
「もう他の桜はすっかり散ってしまったよ。
君だけが遅かったんだ。一人ぼっちさ」
自嘲を込めた笑いを浮かべてみるけど空しいだけだった。どうしたってこんなに心は空っぽなのか。
もう私には出会うものも別れるものもなくなった。
文化人としての自分が死んだようだった。
緩やかな風に吹かれて花びらが少し舞った。
仄かな桜の匂いが漂ってきている。
私も、この花の香りと共に逝けたら良い。
「花と散ろう…桜の花だけに…なーんて」
冷たい風になってきたなぁなんて…思わないけど。
ループタイを締め直してその場を去った。
風が強まって桜が咲ったように花弁を散らしていた。
【願いが1つ叶うならば】
竜と人間の争いが激化し、ついに人間である竜信仰の騎士ですら戦地に赴くことになった。
私は竜信仰側の騎士であった。だから決して勝ち目のない戦いに私も行くよ。許してくれ、姫君。
「いつかまたここで会えるまで幸せでいて。約束だ」
「ええ、必ず。必ずよ」
ああ、互いに分かっているのだろう。
私たちが二度と会う日の来ないことを。
だから、貴女との思い出を全てこの日記に認めた。
いつも貴女と会っていた木の下に埋めることにする。
願いが1つ叶うならば…貴女にまた会いたいものだ。
生きて再会して、貴女と余生を歩みたい。
それが許されぬと言うのなら、この日記が、私たちの記憶がいつまでも潰えぬことを。
遠い未来に生きる何者か託そう。
この物語を読んでくれ。