謎い物語の語り手

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3/24/2025, 10:27:00 PM

【もう二度と】

大切な人がいた。柔らかな陽だまりの中で、幸せそうに笑うその人を見るのが大好きだった。

闇の使者である私は、自分の使命を忘れてその人を愛してしまった。太陽の元で君と笑い続けてしまった。

その眩しさに自分の身が滅ぼされていくのを分かっていながら、君と共にあることを望んでしまった。

太陽と月が一緒にはいられないように、私と君も…。

何百年も闇に仕えて生きてきた。
人間の心の愚かさを私はよく知っている。

都合の悪いことを忘れてしまうこと。
現実から目を背けて逃げてしまうこと。
心が移ろってしまうこと。

その愚かさで、ずっと幸せに生きてほしい。
何にも……私との思い出にも囚われず。

「人の一生は短いが質が良いようだ。…君には大切な記憶も人もたくさんある。そしてこれからもね。」

「急にどうしたの?最後みたいに言っちゃって。」

最期だから。光の中に溶ける私は、もう二度と君と笑いあうことはない。でもそれでいい。

私は君と会えて幸せだった。

3/16/2025, 1:31:28 PM

【花の香りと共に】

春先のことだった。
少し遅めの桜が咲いて、私はそれを見ていた。

「もう他の桜はすっかり散ってしまったよ。
君だけが遅かったんだ。一人ぼっちさ」

自嘲を込めた笑いを浮かべてみるけど空しいだけだった。どうしたってこんなに心は空っぽなのか。

もう私には出会うものも別れるものもなくなった。
文化人としての自分が死んだようだった。

緩やかな風に吹かれて花びらが少し舞った。
仄かな桜の匂いが漂ってきている。

私も、この花の香りと共に逝けたら良い。

「花と散ろう…桜の花だけに…なーんて」
冷たい風になってきたなぁなんて…思わないけど。

ループタイを締め直してその場を去った。
風が強まって桜が咲ったように花弁を散らしていた。

3/11/2025, 9:27:44 AM

【願いが1つ叶うならば】

竜と人間の争いが激化し、ついに人間である竜信仰の騎士ですら戦地に赴くことになった。

私は竜信仰側の騎士であった。だから決して勝ち目のない戦いに私も行くよ。許してくれ、姫君。

「いつかまたここで会えるまで幸せでいて。約束だ」
「ええ、必ず。必ずよ」

ああ、互いに分かっているのだろう。
私たちが二度と会う日の来ないことを。

だから、貴女との思い出を全てこの日記に認めた。
いつも貴女と会っていた木の下に埋めることにする。

願いが1つ叶うならば…貴女にまた会いたいものだ。
生きて再会して、貴女と余生を歩みたい。

それが許されぬと言うのなら、この日記が、私たちの記憶がいつまでも潰えぬことを。

遠い未来に生きる何者か託そう。
この物語を読んでくれ。

3/4/2025, 11:59:16 AM

【約束】

「いつかまたここで会えるまで幸せでいて。約束だ」
そんな言葉で締められたありきたりな物語の小説。

本を閉じてため息を吐いた。どれもこれも同じ話。
続編が出る前に作者は亡くなったらしい。

この本の作者、戦地に赴く前に書いたのですって。
そんなドラマもありきたり。

こんな、私以外にもう誰に読まれているかも分からない古い古い時代の、誰の日記ですかって言いたくなるほどマイナーな小説を。

ドラゴンの騎士と許されないお姫様。
当時だって流行りもしなかったんじゃない?

物語はね、誰かに読まれなきゃお仕舞いなのよ。
永遠に開かれないカーテンの後ろで踊るみたいに。

私がこの本を古本屋で見つけなきゃ危なかった。
良かったわね。まぁつまらなかったけれど。

今いるこの場所はこの物語の舞台だったらしい。
騎士がドラゴンになって飛んでいった崖がこの場所。

はは、馬鹿みたい。ただの崖よ。
…でもそうね、続編、読んでみたかったかも。

お姫様は約束を守れたのかしら?
この物語の続きは作者が示している。

きっと、二人は永遠に会えなかったと。

2/21/2025, 9:27:39 AM

【ひそかな想い】

みんな私を愛してくれる。みんな私を見てくれる。

でもそれは本当の自分ではなくて、いや、本当の自分だからと言って偽物の私などいないのだけれど。

きっと、本当のことが言えなくても築き上げてきたこの私は、確かに私であるのだけれど。

私はこのひそかな想いを誰にもさらけ出すことなく、言いたいこと、願っていることを誰にも知られないの。

知ってほしくて、分かってほしくて、そして、そんな私を愛してほしくてたまらないのに。

ああ、最初からそんな私を隠した私が悪かったの。

でも、怖かった。そんな私が嫌われること、そして、愛されること。

敵などいないのに盾を構えて自分を守ろうとしていた。

愚かだった。私は弱虫だった。

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