懐かしく思うこと
毎年春休みに、祖父母の家に何泊かしていた。
祖母とはよく話すんだが、祖父は寡黙な人だった。
ある日、俺は思い立って祖父を散歩に誘った。
祖父は頷いてくれたので、近くを歩いていた。
登りはしなかったが、山の近くまで来た。
祖父はなんだか懐かしげに山を見ていた。
「じいちゃんは懐かしく思うことってないの?」
「ないことはないな。だがこの話をしてもなぁ」
珍しく声を出した祖父に驚き、その話を聞いてみた。
「昔な、ここで妖怪と遊んだことがあった。」
「へぇ」
「また遊ぼうと約束したんだがなぁ」
寂しそうに言う祖父になんだか笑えてしまった。
「じいちゃん見えてなかったのか。家に座敷わらしがいるんだよ。ちゃんと近くにいるから大丈夫」
霊感がある俺が言うんだ。見えないけど感じるよ。
「それなら安心だ」と祖父は笑った。
もう一つの物語
昔々、ある人魚姫が王子様に恋をした。
魔女と契約して声を失い、足を手に入れた。
しかし恋は実らず、その身を投げて命は泡になった。
ねえ人魚姫。そんな話が許されると思う?
どうやらこの物語はあなたのお話みたいね。
あなたはまた、次の人生で馬鹿みたいに恋をしてる。
あの王子に。歴史は繰り返すってこういうこと。
次はぽっと出の女にあなたの幸せを奪わせない。
そして、恩人を見る目もなかった節穴の王子にもね。
ハッピーエンドを見せてあげる。
しくじらないわ。下手なお涙頂戴はおしまいよ。
見せてあげる。もう一つの物語を。
あなたを見て、あなたを聞いて、あなたをよんだ、
誰よりもあなたを愛した群衆の一人が。
次は、魔女よりも怖い悪になって。
暗がりの中で
主無き頃、気まぐれにある戦士を逃したことがあった。
敵に囲まれたらしい彼女は、戦士にしてはあまりに臆病で、剣を持つ手が震え動けないようだった。
平民でさえ、まだ彼女より勇敢だろうと感じたのを覚えている。
何故彼女を助けたのか、今だって自分が理解できない。
彼女は礼を言うと暗がりの中でずっと泣いていた。
いつしか放浪の時代は終わり、ある城主に雇われた。
彼の国と決着をつけるため、俺のような孤高の騎士を集めていたと言う。
戦地に赴けば慈悲を捨てただ斬っていくだけだった。
しかし、一人だけやたら腕の立つ女戦士がいた。
それは、いつか助けたあの臆病な戦士だった。
我らは激しい戦いを続け、ついに彼女は膝をついた。
俺が剣を振りかざすと、彼女は自分の剣を置いた。
「参りました。悔いはありません。」
俺はその顔を見た時、彼女を斬ることができなかった。
暗がりの中で、月に照らされた彼女は笑っていた。
紅茶の香り
雨が止んだ。いつもの喫茶店に行こう。
そうして決まった席に座る。
好きな紅茶とクッキーを注文してから店内を見る。
視界の真ん中には密かに想いを寄せる男性が映る。
話し掛けてみたいのに、私なんかが、と思ってしまう。
だってあの人は有名な騎士の学校の優等生なんだから。
こうして遠くから見るので精一杯。
いつもこうして、紅茶の香りとクッキーを楽しんで。
そろそろ帰らなきゃ。と、お金を払って店を出た。
「…大変だわ」
また雨が降りだしてきていた。傘を忘れてたわ。
「お嬢さん、私の傘に入っていきませんか。」
「まぁ、ありがとう……あら、」
隣にいたのは憧れの人。
「あの紅茶の香り。私も好きなんだ。」
彼が優しい声で言い、私に微笑み掛ける。
あぁ、神様。私はどうしたらいいの?
友達
暗闇の中で鈍い痛みを感じた。力が抜け倒れてしまう。
段々光が差してきて、誰かの姿が見えた。
その剣先に滴る血は多分、私のものだろう。
「この様な再会になるとは思いませんでした。」
かつて志を共にした仲間。友のような存在だった者。
何も答えられないまま、走馬灯が頭を駆けた。
「貴方は誰よりも神に近く、強い男でしたよ。でも」
私たちは一等星より明るく光る星を追っていた。
その先で、神の如き力を手に入れ頂点に立つのだと。
「神が仰ったんです。あの力は貴方のものではない。
敬虔な信徒である私のものなんだとね。」
「は……なにを……」
「約束したでしょう。どちらかが違えた道を行った時、刺し違えても互いを止めると。あなたは力を求めたこと自体、間違っていたようですので。ではさようなら」
その目は不吉を呼ぶ預言者のものだった。
道を違えたのは君だ。という声はもう出ない。
「すまない……」
狂った君を止めることができなかった。
愚かな友を許してくれ。