紅茶の香り
雨が止んだ。いつもの喫茶店に行こう。
そうして決まった席に座る。
好きな紅茶とクッキーを注文してから店内を見る。
視界の真ん中には密かに想いを寄せる男性が映る。
話し掛けてみたいのに、私なんかが、と思ってしまう。
だってあの人は有名な騎士の学校の優等生なんだから。
こうして遠くから見るので精一杯。
いつもこうして、紅茶の香りとクッキーを楽しんで。
そろそろ帰らなきゃ。と、お金を払って店を出た。
「…大変だわ」
また雨が降りだしてきていた。傘を忘れてたわ。
「お嬢さん、私の傘に入っていきませんか。」
「まぁ、ありがとう……あら、」
隣にいたのは憧れの人。
「あの紅茶の香り。私も好きなんだ。」
彼が優しい声で言い、私に微笑み掛ける。
あぁ、神様。私はどうしたらいいの?
友達
暗闇の中で鈍い痛みを感じた。力が抜け倒れてしまう。
段々光が差してきて、誰かの姿が見えた。
その剣先に滴る血は多分、私のものだろう。
「この様な再会になるとは思いませんでした。」
かつて志を共にした仲間。友のような存在だった者。
何も答えられないまま、走馬灯が頭を駆けた。
「貴方は誰よりも神に近く、強い男でしたよ。でも」
私たちは一等星より明るく光る星を追っていた。
その先で、神の如き力を手に入れ頂点に立つのだと。
「神が仰ったんです。あの力は貴方のものではない。
敬虔な信徒である私のものなんだとね。」
「は……なにを……」
「約束したでしょう。どちらかが違えた道を行った時、刺し違えても互いを止めると。あなたは力を求めたこと自体、間違っていたようですので。ではさようなら」
その目は不吉を呼ぶ預言者のものだった。
道を違えたのは君だ。という声はもう出ない。
「すまない……」
狂った君を止めることができなかった。
愚かな友を許してくれ。
どこまでも続く青い空
争いは終わった。我らは武器を置く。
これより平和と涙の時代がくる。
贖いと慈愛の涙によって戦の残り火は消えるだろう。
やがて空は澄み渡り我らは天に不戦を誓う。
月よ。見るが良い。
貴様の明かりが届く前にでも築かれる新たな王朝を。
太陽よ。照らすが良い。
我らの生く様を。血の赤の流れぬ大地を。
そして、示しておくれ。
どこまでも続く青い空よ。
我らの庇護する平穏を、遠い遠い未来まで。
衣替え
もうすっかり寒くなっていた。
嫌な予感がして、いつもの森に駆け込む。
そこで友のエルフが木に寄り添って枯れかけていた。
「ああ、いかないで。どうして」
思わず涙を流しながら彼女の肩を揺さぶる。
「大丈夫。少し眠るだけ。生命の芽吹く季節が来たら、私たちまた会えるから」
「いやだ…まだここにいてよ…」
分かってた。日が経つに連れて彼女の髪の色が変わっていっていたから。
エルフはその名の通り森の精霊。
樹々が枯れれば彼女らも消える。
「少しの辛抱でしょ?ほら、森もヒトのように衣替えをするのよ」
彼女はクスッと笑った。自分はずっと泣いていた。
「君たちには一瞬なんだろうね…。冬なんて。分かった。待っているよ。」
森と人、次の衣替えの季節にまた会おう。
花の便りが来る日まで。
声が枯れるまで
愛と平和の聖女は、ずっと歌い続けている。
国のために。それが貴女の使命であるのだから。
この国の平穏は、秩序は彼女によって守られている。
その声に神秘を宿す彼女は、故に祭壇の女神像に声を捧げ続けなければならない。
それが、争いと償いを繰り返してきたこの国が、唯一安らかにあれる手段なのだ。
ならば、貴女の平穏はいつ訪れる?
顔も分からぬ民草、我らのために自らを犠牲にし、一筋の光が差し込むだけの暗い祭壇に囚われ続けるというのか。
貴女の声にしか用のない国王が、貴女の一切の自由を奪ったと知っていて、何故なお愛を歌い続けるのか。
貴女には、愛も平穏も許されないというのに。
もし貴女が人魚姫であったなら、私が悪を成して、貴女を陥れてでも自由に生きられる足を与えただろう。
愛を説き、平穏を生き、己の為に生きる傲慢の在り方を貴女に示しただろう。
しかし、貴女はそれでも歌い続けるのだろうな。
その声が枯れるまで。