とうの

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12/31/2022, 2:06:55 PM

光芒の彼方

今年1年で、僕らの生活は随分と変わった。例えば、すぐ終息すると思われていた未知のウイルスの流行が、多くの人を苦しめた。例えば、僕らの国の外で戦争が起きて、多くの人が亡くなった。例えば、大雨で各地が浸水して、多くの人の日常が変わった。
そして今夜、僕は妹と舟の上。父のカヌーだ。温暖化と異常気象のせいで海面がありえないほど上昇し、ここ東京は新宿・渋谷辺りまでもが海となった。だから、元々海寄りの、僕たちが今いる東京のシンボルタワーがあるあたりは、舟にのっていると目線がマンションの7、8階とほぼ同じになるほどだ。災害から7日間待っても救助が来なかったから、家の食料も尽き、仕方なく僕らは移動することにしたのだ。
街は静かで、人口が非常に減ってしまったことが目に見えてわかる。今のところ、明かりは何処にも見えない。
「お兄ちゃん、あたし、不安だけど、でも、きっとあたらしい場所、見つかるよね」
彗星がひとつ、力強く輝く尾をひいて流れた。
「うん。大丈夫。きっと、いい場所だ」
前へ進んだって、不安や恐怖などの負の感情がさっぱり消え去るわけではない。でも、その先を、未来を目指せるということは、なんて素敵なことだろうか。今は、そう思うようにしている。
「ねえ、お兄ちゃん、空が、きれいだよ」
群青の空の向こう、空と海の境界が光の線を描く。鮮やかな朝日に照らされて、波が一斉に輝きだした。


『1年間を振り返る』

12/27/2022, 8:52:24 AM

移りゆき、散りゆく

襖が開いた。
「あら、もう来てたの、カエデ、モモ」
カリンはまっすぐな長い髪を靡かせて歩きだす。
「ええ、なんだか落ち着かなくて」
「うん、ひとりだと逆に怖くなっちゃう」
薄暗い部屋、円形の座卓に肘をついてふたりは言った。
「あんたらが思うのも無理ないわ。あんなことがあって…あたしだって、怖いもの….」
そう言いながらカリンはふたりと同じように座布団に座る。それと同時に、再び襖が空いた。
「あ、ユズ」
ユズは、3人がいる座卓の方をじっと見つめ、敷居の手前に立っていた。
「どうしたの?」
とカリンが言うと、ユズは俯き、掠れた声で言った。
「……こんなに減るとは思っていなかった」
ユズは静かに襖を閉め、静かにこちらに歩いてきた。
座ると、スカートをぎゅっと握り、さっきよりいっそう掠れた、震えた声で言った。
「私、怖い….…もし、ツバキたちみたいに───」
襖が開いた。サクラである。円卓の空気が凍りつく。
緩やかにカーブしている長い髪を、行灯が照らす。
「あら、皆さん御機嫌よう。お茶の準備をしてたら遅くなってしまったわ。まあ、そんな、緊張なさらないで。昨日ツバキが"去ってしまった"ことを気にしていらっしゃるの?でもね皆さん、私は、私たちは、ずっと同じじゃいられないのよ。世の中移りゆくものなんだから」
そしてサクラは微笑んで言った。
「さあ、楽しいお茶会を始めましょう」


12月27日『変わらないものはない』

12/20/2022, 11:08:23 AM

寂しさが凍る前に

また、氷った果実が流れてきた。
「なぁじいさん、1日何回も流れてくるこいつらは何なんだ?」
少年は隣の切り株に座っている老人に訊いた。
「そンなこと言ってないで、はやく掬ってやりなァ」
老人は答えない。少年はため息をついて、果実をすくって、まとめて籠に入れた。そして水の音に見送られて、ふたりは閑静な森を歩いていく。沈黙が続いていた。
小屋に着くと、老人はさっそく鍋に湯を沸かした。少年はいつもと同じように、すくった果実たちを鍋に入れていく。そして氷が溶けるまで煮込むのだ。
「なぁ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?俺はもう、ここに来て1ヶ月は経つぜ」
老人はロッキングチェアに座っていた。口は開かない。
「おい、この火にかけるのだってなんか意味あんだろ
。俺はそれをちゃんと知ってやるべきなんじゃないか」
少年は老人の目を見据える。観念したように、老人は話し出した。
「───そいつらァはな、死んだ人だ」
「は?」
「心をもう戻れないとこまで、自ら凍らしちまった人だ。ホントはなァ、こうなる前に、お前さんみたく社会の中に孤独を感じたら、勇気だして逃げ場所探したり、もしくはァ誰かが凍りそうな心を溶かしてやらんといけねェんだが……お前さん、そいつらを凍ったまま食べて見ィ、冷たく刺すような、叫びが聞こえそうな味がするさ。だから最後にこうやって心を解かして、美味しい料理にするンだ」
少年はその日、いつもと同じように作った果実のタルトが、いつもと味が違うように感じた。


12月20日『寂しさ』

12/17/2022, 12:40:18 PM

ひとりごとラジオ

日曜日の昼間。少女は今日も森の奥の廃墟へと向かう。コンクリート製の倉庫のような建物で、シャッターは無く、室内はほとんど自然と一体化している。この天井に小さなスピーカーが付いていて、定期的にラジオが流れるのだ。誰が何処で流しているかは分からない。ただ、時間になると、番組が始まるのだ。番組は一般のラジオと同じく、時間によって異なる。パーソナリティはだいたい1人で、ちょうどひとりごとに似ていた。少女は番組を聞くために、毎週日曜日は、逃げるようにしてここに来る。これだけが、今の心の支えであった。
木漏れ日を眺め、少女はひとり、苔むしたお気に入りの椅子に座って、ラジオを聞く。
「───こんにちは、今日もいかがお過ごしですか?とりとめもない、ひとりごとラジオの時間です。ふふ、最近ね、私が子供のころの日記を見つけまして──中学生くらいの頃の。読み返してみるとね、思春期ちゃあんと悩んでましたよ、懐かしくて笑っちゃった。『生きることに価値なんてあるのか』だって、ふふ。ヒトが生きることに価値なんて元々無いのにね。そもそも、価値とか役立つとか美しさとか、そんなのヒトが勝手に決めたものじゃない?車だってヒトが使わなきゃただの粗大ゴミだし、森だって人に『綺麗』って言ってもらうために紅葉するわけじゃないし。でもね、せっかく命っていうアイテム持ってんだから使わなきゃ損よ。人生なんていくらでも装飾できる!なんてね、こうやってひとりで吐き出すと楽になれるのよね、ふふ、あ、そういえば──」
これを放送しているのが、未来の少女自身だと、この時の少女は、まだ知らない。


12月17日『とりとめもない話』

12/16/2022, 8:24:12 AM

初雪祭

僕の街では、初雪が降った次の日は必ず晴れて、虹がでる。これを狐の嫁入りのためだと考え、"きつね様"たちを祝福するという、初雪祭が、朝から夜まで開催される。稲荷神社から商店街まで、雪や氷を活かした美しい露店がずらっと並ぶのだ。小さいころから僕の冬の楽しみのひとつで、初雪が降るのを胸を躍らせて待っていた。そして、今年もその日がやってきた。
僕は幼なじみのユキと露店が並ぶ道を歩いている。彼女は「雪のお祭りなんて、私のためのお祭りみたいなものじゃない?最高!」と、例年のようにはしゃいでいた。
「ねえ、何でさっき一緒にかき氷買わなかったのよ、こんなに美味しいのに。勿体ないわ」
ユキは狐に似せてトッピングされた新雪のかき氷を見せてきた。けれど僕はこの街のみんなと違って、生まれつき冷たいものが苦手だ。
「うーん、寒いせいで不味そうに見えてたのが、寒いけど美味しそうって思うようにはなったんだけどね…」
だから僕は露店の食べ物より、氷の彫刻や氷細工に興味がある。氷の糸で織った緻密な掛け軸や、黒いキャンパスに描かれた霜の絵画、雪と氷のグロッケン……初雪祭は芸術で溢れている。一方、ユキの目的は真逆だ。
「あ、綿雪飴だ!買ってくる!」
なんて言ってまた駆け出して行ってしまった。自由奔放である。でも、彼女の喜んでいる顔を僕が一番近くで見れる点は、どこか優越感があって、悪くはない。そんなふうに思いながら、僕はまた、ユキを待つ。


12月16日『雪を待つ』

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