夜叉@桜石

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4/25/2024, 1:02:28 PM

ルビーのような輝く深紅で、街が包まれる。
一瞬にして、ある国はオニキスの黒に染まった。
私は、学園に通っていた。長い一日が終わり、いつものように孤独な帰路をたどっている時、あとからつけられていることに気がつく。足をはやめても、つきまとう視線と足音は途切れることがなく、私は仕方なく振り向く。と、そこには息を切らした彼が立っていた。逃げたことに対しての避難もそこそこに、彼は焦った様子で今日の夕刊を見せてきた。
『隕石衝突!』
そんな見出しの下、長々と述べられていたのは、今日の夜、この街に隕石が降ることだった。天文学者達は、この事態は予測不可能で突然観測されたものだという。可哀想に、今頃、街の者から非難を受けているのだろう。
彼は、新聞をしまったあと、逃げるか、と聞いてきた。その瞳は不安に揺れ、唇はぎゅっと引き結ばれていた。
私は、そこまで生きることに興味がなかった。なんなら、隕石に潰されるならどこにいるのが最適か、などと不穏な考えをめぐらしている始末だ。
彼につこうか、このまま成り行きに任せるか、一瞬考えているうちに、仲間から連絡がはいる。
かなり長い文章だったが、要約すると、こうだ。
「アレが中央広場に現れた。」
彼の表情が固まり、フクロウが届けた季節外れの封筒を握りしめる。私は一瞬、隕石が落ちる前にアレを片づける事はできるだろうかと胸を躍らせた自分に、いらだった。いつもの無表情の瞳の奥底に、暗い光が灯った。
きっと、私達はアレを倒すことができるだろう。
もちろん、自分たちの命も道連れになるだろうが。
今日くらいは、いいだろう?

流れ星に、願いを。
今夜降る隕石に、願いを。

どうか彼らだけでも、逃がしてやってはくれないか。

4/24/2024, 12:41:44 PM

世界が滅ぶのを止めてはいけない。
ある時、人類を滅ぼそうと企む魔物が現れた。最初こそ人々は恐れ、焦り、様々な奇行に走った。私達は、当時かなりの力があったから、当然、救ってくれと頼まれることもあった。仲間の中には、たまにはいいんじゃないか、と云う者もいたが、私達は人々を見守ることしかしなかった。魔物を止めるなんて、私達にとったらたやすいことだ。しかし、私達がするのは世界が正常に機能するのを守ることであり、世界を守ることではない。
人間は進歩し、それまで嫌っていた魔術を利用し、科学を発展させ、様々な危機を乗り越えた。
今回もまた、人類滅亡にはいたらなかったようだ。
人間は、自由に動くことができる。
私達は、ルールの下で存在しているため、ある程度の縛りがあった。破っても、罰はない。ただ少し、存在が不安定になるだけだ。そう、ただそれだけ。
あくまでも、私達は傍観者なのだ。
ルールにのっとって、行動するだけ。
だから私達は、世界の滅亡をただ見守る。
存在を確立しながら。

4/23/2024, 10:39:18 AM

庭のある屋敷の一角、月明かりの差す夜の静寂。
仕事を終えた私は、文机に向かっていた。昼間とは違い、身軽な小袖に風が当たり、心地良い。
仕事の間に調べたことや、日々の記録を残している日記は、もう数十冊にも渡る。どれも、アレについてのことばかりだが、中には仲間との思い出もある。この間は、久しぶりに全員で顔を合わすことができた。街に出て、好きに飲み食いしたのも、数ヶ月ぶりだ。
虫の音に耳を傾けながら、彼らに思いを馳せる。次に会えるのは、いつになるだろう。
可能なら、早いうちが良い。
あの人はもうかなり高齢になるだろうし、あの人は戦に出るかもしれない。最初は同じ歳で、生きた時間も等しいのに、毎度歳の差が変化するのは、いつまで立っても不思議だ。

アレはもう、しばらく来ていない。
来てほしくない。このままずるずると、この人生を過ごしたい。失いたく、ない。

トン、と音がして、彼から文が届く。今回は竜胆。
どうやら、私の希は叶わないらしい。
動きやすい袴に、たすきがけをして、そっと部屋から出た。今から戦場となる場所へ向かう。道中、響く虫の音が、ひどく不気味に聞こえた。それは、私の心のためか。いや、いや、覚悟ならとっくの昔にできている。怖いものなど、ない。
しゅうっ、と音をたてて、私の部屋から日記や私に関する記録が残ったものが、衣服や所持していた文献を含め、消えていく。これらは、異界へ飛ばされ、様々な形で次の人生に持ち越される。
今回も、私はここから消えるのかもしれない。
嗚呼、彼との約束がまだ終わっていなかった。なんとかして、存在しなければ、いけない。
深い黒に満たされた夜を、一人で歩く。もう、目的地はすぐそこだ。まだ戦いは始まっていないようで、辺りは静けさに包まれている。
私は、どうでもいいけど、みんなには、生きてほしいな。しまった、こんなことを言うとまた彼に説教されてしまう。彼の説教は長いのだ。
今日の心模様は、暗い藍色のようだ。ただ少し、ほんの少しでも希を捨てずに要られたら、藍色も明るくなるのかもしれない。

4/22/2024, 11:50:12 AM

また、始まった。
私の幾億年目の人生だ。
彼は私よりも先にいるらしい。不思議だな、私の方が先に「前回」を終わったはずなのに。
ここは、私が最近気に入っている世界。できたのはほんの一億数千年ほど前だけれど、かなり技術も進歩しているし、過ごしやすい。この間まで戦争とかいう争いが起きていたけれど、最近はあまり聞かなくなった。どの世界、どの時代でも生き物は争いを好むらしい。まったく、意味がわからないね。
まあ、いい。
私の敵はアレだけだ。
仲間はもう、ほとんどが役目を終えて、輪から外れた。残ったのは私と、彼だけだと思われる。
自分で動くのに、不自由がないくらいの歳になったら、彼に会いに行こう。今回も、敵が待ってくれるかはわからない。
失うのは、もう慣れた。
だが、私はいつか必ずすべてを取り戻してみせる。
記憶も、世界も、仲間も、すべて。
役目を終えて消えたのなら、幸せだったのかもしれないが、道徳心などというものはとうに捨てた。演技で誇張しないとわからないような感情には、鍵をかけて、心の奥深くにしまった。
私は、自己満足のために動く。
それが間違いだとしても。

「最初から人間じゃないんだから」

4/22/2024, 5:17:32 AM

雨が降っている。
今は何時だろうか。やけに、暗い気がするけれど、私達がアレと戦い始めたのは、昼過ぎだったはずだ。何かが、おかしい。
ぼたぼたと、何かが、私の顔に落ちてきた。なんだろう、と目を開けたところで、暗かったのは目を閉じていたからかと、思った。が、違った。少し、明るくなったものの、視界はぼやけていて、色も暗い。
おかしいのは、私だった。
彼が、私の名を呼んだ。
嗚呼、無事だったのか、怪我はないかい?君は、すぐに無茶をするから、また、怒られてしまうだろう?
そう、言ったつもりだった。
声が出ない。
嫌な、予感がして、体を起こしてみる。
力が入らない。
しまった、なぁ。これは失敗した。そういえば、アレを倒した時、相討ちで、腹を貫かれたんだった。知っていたかい?アレは毒も、使えるんだね、驚いたよ。
そういえば、私の顔に落ちた雫は、彼の涙だったんだ。
「大丈夫…?」
変な音だけれど、伝わるかな。
なぜ泣いているのか、仲間は無事か、怪我はないか、たくさん、意味を込めたつもりだよ。
おい、なんでもっと泣くんだ。私と二度と会えないみたいじゃないか。また、必ず会える。きっとね。
感覚が、もうほとんど無い、私の体から紅が零れて、意識が遠のいて行く。もう終わりか、あっけない。
ごめんな、守れなかったようだ、約束。
今度は守れると思ったんだけど、これじゃあ、いつまでたっても駄目かもしれない。
雨が、降っている。
うるさいなあ、せっかく今回最後の会話をしているというのに。いや、私は喋ってなかったか。
何かを叫ぶ、彼の言葉は、最後までわからなかった。
ほんとうに、ごめん。
見えないけれど、気配が増えた。仲間なら生きててよかった、敵なら彼らを傷つけたら許さないよ。地獄の底まで引きずり落としてやるからね。
視界が極彩色の渦に飲み込まれる。次は、どんな人生だろう。そうだ、最後に一言、言っておきたい。
「ありがとう」
私は彼らに、愛を零す。

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