夜叉@桜石

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庭のある屋敷の一角、月明かりの差す夜の静寂。
仕事を終えた私は、文机に向かっていた。昼間とは違い、身軽な小袖に風が当たり、心地良い。
仕事の間に調べたことや、日々の記録を残している日記は、もう数十冊にも渡る。どれも、アレについてのことばかりだが、中には仲間との思い出もある。この間は、久しぶりに全員で顔を合わすことができた。街に出て、好きに飲み食いしたのも、数ヶ月ぶりだ。
虫の音に耳を傾けながら、彼らに思いを馳せる。次に会えるのは、いつになるだろう。
可能なら、早いうちが良い。
あの人はもうかなり高齢になるだろうし、あの人は戦に出るかもしれない。最初は同じ歳で、生きた時間も等しいのに、毎度歳の差が変化するのは、いつまで立っても不思議だ。

アレはもう、しばらく来ていない。
来てほしくない。このままずるずると、この人生を過ごしたい。失いたく、ない。

トン、と音がして、彼から文が届く。今回は竜胆。
どうやら、私の希は叶わないらしい。
動きやすい袴に、たすきがけをして、そっと部屋から出た。今から戦場となる場所へ向かう。道中、響く虫の音が、ひどく不気味に聞こえた。それは、私の心のためか。いや、いや、覚悟ならとっくの昔にできている。怖いものなど、ない。
しゅうっ、と音をたてて、私の部屋から日記や私に関する記録が残ったものが、衣服や所持していた文献を含め、消えていく。これらは、異界へ飛ばされ、様々な形で次の人生に持ち越される。
今回も、私はここから消えるのかもしれない。
嗚呼、彼との約束がまだ終わっていなかった。なんとかして、存在しなければ、いけない。
深い黒に満たされた夜を、一人で歩く。もう、目的地はすぐそこだ。まだ戦いは始まっていないようで、辺りは静けさに包まれている。
私は、どうでもいいけど、みんなには、生きてほしいな。しまった、こんなことを言うとまた彼に説教されてしまう。彼の説教は長いのだ。
今日の心模様は、暗い藍色のようだ。ただ少し、ほんの少しでも希を捨てずに要られたら、藍色も明るくなるのかもしれない。

4/23/2024, 10:39:18 AM