滝谷(shui)

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5/11/2024, 10:53:37 PM

【モンシロチョウ】

 あの日、サナギの殻を破らなければ、
   今も幸せな夢を見れたのだろうか。


【愛を叫ぶ】

「お父さんのバカァアアア!!!」

 と叫ぶ君を見て、僕は笑ってしまった。
 その言葉の中に、たくさんの『会いたい』が詰まっていたからだ。

 だから、退院したら、真っ先に君に会いに行く。
 僕も会いたかったと力一杯に抱きしめたいから。

5/7/2024, 8:34:30 PM

【初恋の日】

「俺、春奈が男だったら良かったと思ったよ。そしたらお互いに、傷つくことなんてなかったのにな」

 木陰に隠れていた私の耳に届いたのは、少し震えた、青木の寂しそうな声だった。

 春奈は私の親友だ。
 親友が青木に振られた。その事実を受け止めたとき、怒りとも、悲しみとも違う不思議な気持ちが渦巻いていた。
 春奈が、そんな事、と言いかけて背を向けて走っていく。ああ、きっと泣いてるんだ。
 私は春奈を追いかけるべきだ。親友だから。
 そうわかっていたのに、私は動かなかった。

「追いかけねーの?」

 木の横から、青木が顔を出した。不思議そうに私を見ながら。コイツ、いつから気づいていたのか。

「アンタが追いかけたら?」

 押し付けるように私がいうと、青木が苦笑いした。

「今、彼女をふったとこなのに?」
「女より男のが好きだなんて、嘘じゃん。この嘘つき」
「それはお前のほうだろ。早く追いかけて抱きしめてやれよ」

 ……青木に言われて、グッと黙り込む。
 そう、私も嘘つきだ。男より女が好き、と、まだ春奈に打ち明けていなかった。
 春奈だから、打ち明けられなかった。
 教えたら、私は彼女に親友以上の関係を求めたくなってしまうから。

 でも。

「初恋に正直になろうとした春奈を、初恋を嘘で隠し通したい私が触れてしまったら、汚してしまう気がして嫌なの。触りたくないし、触れないのよ」

 きっと私にしかわからない、変なプライドが邪魔してる。
 今だってーーそう、今だって。彼女が振られて、こんなに安心してしまったのに。それくらい私は汚い人なのに。

「お前が春奈にふられてくれたら、俺の恋も前に進めるんだけどな」
「意味わかんない」
「だよな」

 私たちの不器用な恋は、いつだって遠回りする。
 こんなに辛いなら初恋なんて知らなきゃ良かったと、蹴り飛ばしたくなるくらい。

5/6/2024, 9:31:35 PM

【夏】

 終戦の日。
 私は原爆で焼けた母を、まだ、抱きしめられずにいた。

4/20/2024, 12:19:24 PM

【何もいらない】

 「お前の作った物語、つまんねぇよ」
 「どうせ難しいって。時間の無駄じゃん」
 「めんどくせーわ」

 そう言ってネガティブな言葉に引き裂かれた紙。
 僕はそんな骸を見ながら、喉の奥がひりつくのを感じていた。

 目頭が熱い。
 もうゴミにしかなれない、紙を拾う手が震えた。

 言葉は、うまく出てこない。
 どうせ上手くないのなら、もう、言葉なんて、湧き出てこようとしなくていいのに。
 もう何も、やらなきゃいいのに。

 泥だらけに汚れたゴミを拾い集めて胸元に押し付ける。服だけじゃなく、地についた膝まで汚れた。
 その姿が自分にお似合いなんだろう。
 背を丸めながら、息を殺して泣いたんだ。
 もう、誰にも、何にも言われたくなくて。
 

4/13/2024, 12:00:08 PM

【快晴】

「む、むり! それ以上進んだら、落ちて死んじゃうよ!」

 親友の震える声が春風に舞い上がり、晴天の空へ溶けてゆく。
 潮の香りが気持ちいい。
 崖の上でもちっとも怖くなかった。いや、むしろ、絶好の挑戦日和に私は心を躍らせていた。

「大丈夫だよ! アンナの設計なら、絶対飛べるって!」
「で、で、でも! この人力飛行機、もし落ちちゃったらユーリが怪我しちゃうかもだし! そしたら私……」
「きみの可能性を信じて。私は、アンナを信じるよ!」

 親友がメガネの奥で、うぐっと声を詰まらせた。
 わなわなと小さくな手が震えている。きっと触ったら汗ばんでいるんだろうな、と思いながら私は自分のヘルメットを被った。

 私たちは飛行機研究部ーーに、入れなかった学生だ。
 女だから、と言う理由で断られたのだ。
 失礼しちゃうよね。アンナは絶対才能があるのにさ!

 だから。私たちは証明することにしたのだ。
 自分たちで飛行機を作り、乗りこなす事で実力をアピールする事にした。
 何より引っ込み思案なアンナに自信をつけて欲しかった。私は彼女の可能性を誰より信じているからだ。

「安全チェック! ベルトよし、ヘルメット、よし!」
「き、機体に損傷なし。翼の角度チェック、よし。風向きは良好。動力のゴムは十分巻いてあるっ」
「なら行くよ! パイロットユーリ、離陸します」

 潮風に負けじと叫ぶ。アンナが後ろから手作りの機体を押すのがわかった。
 ゴムがプロペラを回し、私もペダルをめいいっぱい漕ぐ。
 自転車よろしく転がり出すタイヤ。
 白に青いラインが入った人力飛行機が、段々と勢いを増す。崖の向こう目掛けて名いっぱい走って行った。

 崖の先へ飛び出した時。最初に感じたのは落下する感覚だった。
 ガクンと下がる視界に背中を冷たいものが駆け抜ける。後ろから悲鳴が聞こえた気がした。
 だが、ごうっとしたから舞い上がる風で、機体も期待も大きく揺れた。上昇気流だ。崖にぶつかり上へと上がる風に乗ろうと、私は必死に舵を切った。

 飛行機は持ち上がった。気流に乗ったのだ。

「や、やったぁ!」

 だが10秒と待たずに、更に強い風に押されて大きく機体が傾いた。水平線が斜めに見える。
 違う、ああ、私が墜落しそうなんだ!
 慌てて体を傾け、機体を戻そうとした。ゴムから手動に切り替え、ペダルを思いっきり踏み込んでプロペラを回す。
 でも起動は修正不能。ドッポーン、と海上滑るように飛行機は落下した。

「ユーリ……ユーリ!!」

 崖の上から親友が叫ぶ声。海に浮かんだ飛行機の上に顔を出すと、私は思いっきり笑顔を作った。
 心臓がまだバクバクしてた!

「みて! 飛んだよ! 10秒くらい! やっぱりアンナは天才だよ」
「ユーリ、それは落ちたんだよ! ……でも、ありがとう。貴方の笑顔は、いつも快晴な空みたいに気持ちいいね」
「ふふふ、アンナと一緒ならどんな挑戦も楽しいからね。自信ついた?」
「うん、ちょっとね。今度はもっと飛べるように改良するよ」
「あはは、楽しみ!!!!」

 やっとアンナが笑うのが見えて、私は大声で笑った。本当は落ちた瞬間、めちゃくちゃ怖かったけど、今日の青空を見たらどうでも良くなった。

 この空が、アンナのためにあったら良いと思う。
 数年前の戦争で燻っていた頃みたいな灰色ではなく、希望に満ちた青い色。
 その青い空をいつかアンナと飛べるなら、私は彼女と挑戦していきたい、そう思えたからだ。

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