【快晴】
「む、むり! それ以上進んだら、落ちて死んじゃうよ!」
親友の震える声が春風に舞い上がり、晴天の空へ溶けてゆく。
潮の香りが気持ちいい。
崖の上でもちっとも怖くなかった。いや、むしろ、絶好の挑戦日和に私は心を躍らせていた。
「大丈夫だよ! アンナの設計なら、絶対飛べるって!」
「で、で、でも! この人力飛行機、もし落ちちゃったらユーリが怪我しちゃうかもだし! そしたら私……」
「きみの可能性を信じて。私は、アンナを信じるよ!」
親友がメガネの奥で、うぐっと声を詰まらせた。
わなわなと小さくな手が震えている。きっと触ったら汗ばんでいるんだろうな、と思いながら私は自分のヘルメットを被った。
私たちは飛行機研究部ーーに、入れなかった学生だ。
女だから、と言う理由で断られたのだ。
失礼しちゃうよね。アンナは絶対才能があるのにさ!
だから。私たちは証明することにしたのだ。
自分たちで飛行機を作り、乗りこなす事で実力をアピールする事にした。
何より引っ込み思案なアンナに自信をつけて欲しかった。私は彼女の可能性を誰より信じているからだ。
「安全チェック! ベルトよし、ヘルメット、よし!」
「き、機体に損傷なし。翼の角度チェック、よし。風向きは良好。動力のゴムは十分巻いてあるっ」
「なら行くよ! パイロットユーリ、離陸します」
潮風に負けじと叫ぶ。アンナが後ろから手作りの機体を押すのがわかった。
ゴムがプロペラを回し、私もペダルをめいいっぱい漕ぐ。
自転車よろしく転がり出すタイヤ。
白に青いラインが入った人力飛行機が、段々と勢いを増す。崖の向こう目掛けて名いっぱい走って行った。
崖の先へ飛び出した時。最初に感じたのは落下する感覚だった。
ガクンと下がる視界に背中を冷たいものが駆け抜ける。後ろから悲鳴が聞こえた気がした。
だが、ごうっとしたから舞い上がる風で、機体も期待も大きく揺れた。上昇気流だ。崖にぶつかり上へと上がる風に乗ろうと、私は必死に舵を切った。
飛行機は持ち上がった。気流に乗ったのだ。
「や、やったぁ!」
だが10秒と待たずに、更に強い風に押されて大きく機体が傾いた。水平線が斜めに見える。
違う、ああ、私が墜落しそうなんだ!
慌てて体を傾け、機体を戻そうとした。ゴムから手動に切り替え、ペダルを思いっきり踏み込んでプロペラを回す。
でも起動は修正不能。ドッポーン、と海上滑るように飛行機は落下した。
「ユーリ……ユーリ!!」
崖の上から親友が叫ぶ声。海に浮かんだ飛行機の上に顔を出すと、私は思いっきり笑顔を作った。
心臓がまだバクバクしてた!
「みて! 飛んだよ! 10秒くらい! やっぱりアンナは天才だよ」
「ユーリ、それは落ちたんだよ! ……でも、ありがとう。貴方の笑顔は、いつも快晴な空みたいに気持ちいいね」
「ふふふ、アンナと一緒ならどんな挑戦も楽しいからね。自信ついた?」
「うん、ちょっとね。今度はもっと飛べるように改良するよ」
「あはは、楽しみ!!!!」
やっとアンナが笑うのが見えて、私は大声で笑った。本当は落ちた瞬間、めちゃくちゃ怖かったけど、今日の青空を見たらどうでも良くなった。
この空が、アンナのためにあったら良いと思う。
数年前の戦争で燻っていた頃みたいな灰色ではなく、希望に満ちた青い色。
その青い空をいつかアンナと飛べるなら、私は彼女と挑戦していきたい、そう思えたからだ。
4/13/2024, 12:00:08 PM