滝谷(shui)

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【初恋の日】

「俺、春奈が男だったら良かったと思ったよ。そしたらお互いに、傷つくことなんてなかったのにな」

 木陰に隠れていた私の耳に届いたのは、少し震えた、青木の寂しそうな声だった。

 春奈は私の親友だ。
 親友が青木に振られた。その事実を受け止めたとき、怒りとも、悲しみとも違う不思議な気持ちが渦巻いていた。
 春奈が、そんな事、と言いかけて背を向けて走っていく。ああ、きっと泣いてるんだ。
 私は春奈を追いかけるべきだ。親友だから。
 そうわかっていたのに、私は動かなかった。

「追いかけねーの?」

 木の横から、青木が顔を出した。不思議そうに私を見ながら。コイツ、いつから気づいていたのか。

「アンタが追いかけたら?」

 押し付けるように私がいうと、青木が苦笑いした。

「今、彼女をふったとこなのに?」
「女より男のが好きだなんて、嘘じゃん。この嘘つき」
「それはお前のほうだろ。早く追いかけて抱きしめてやれよ」

 ……青木に言われて、グッと黙り込む。
 そう、私も嘘つきだ。男より女が好き、と、まだ春奈に打ち明けていなかった。
 春奈だから、打ち明けられなかった。
 教えたら、私は彼女に親友以上の関係を求めたくなってしまうから。

 でも。

「初恋に正直になろうとした春奈を、初恋を嘘で隠し通したい私が触れてしまったら、汚してしまう気がして嫌なの。触りたくないし、触れないのよ」

 きっと私にしかわからない、変なプライドが邪魔してる。
 今だってーーそう、今だって。彼女が振られて、こんなに安心してしまったのに。それくらい私は汚い人なのに。

「お前が春奈にふられてくれたら、俺の恋も前に進めるんだけどな」
「意味わかんない」
「だよな」

 私たちの不器用な恋は、いつだって遠回りする。
 こんなに辛いなら初恋なんて知らなきゃ良かったと、蹴り飛ばしたくなるくらい。

5/7/2024, 8:34:30 PM