滝谷(shui)

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7/18/2023, 3:52:08 AM

【遠い日の記憶】

「朝からパンケーキが食べられるなんて、夢みたいだ」

 僕がフライパンでパンケーキをひっくり返していると、甘い香りに釣られた君がやってきた。
 カーディガンを羽織りながら、隣からフライパンを眺める。
 顔は幸せでにやけていた。
「そうなの?」
「うん、そうなの」
 尋ねたら真似をされて返された。ご機嫌らしい。
「私さ、小さい頃は『朝ごはんはお米だ』って決められてたの。実家は農家だったしさ。兄弟も多くて甘いのが嫌い〜って子もいたから、仕方なくて」
 本当は甘い朝ごはんに憧れてたのよ。
「へぇ、初耳だよ」
「ひたすら白米を炊いて食べるのよ。夏でも熱々でね」
「いいな。羨ましいや」
 言葉をこぼすと、彼女は僕の顔を横からのぞいてきた。
「もしかして、パン派だった?」
「ふふ、パンもよく出たけどね」

 古い記憶を辿る。僕の朝は冷たい食事から始まった。
 両親は共働きだ。
 僕が起きるより先に出勤する為、自力で起きて用意済みの冷たいご飯にありつくのだ。
 最初はレンジで温めていたが、次第に冷たいまま口にするようになった。
 ひとりぼっちの朝食なのだ。
 それが昔の僕にとっての普通だった。

「家族ってさ、人によって結構違うのね」
 彼女が言った。いつの間にか白いお皿を差し出している。
「かもね。子供の時はみんな似たようなものだろうと信じてたんだけどな」
 ぽん、とホットケーキを乗せるとご機嫌に笑ってみせた。
「そんなものだよ。人間なんて。みんな違うのが当たり前なのに、心のどこかで『一緒であって欲しい』だなんてフィルターかけちゃう生き物なんだ」
 違うのは当たり前なのにね。
 と彼女は言った。
 その通りだと思う。うまく言えない感情だけど。
 ほかほかの朝食をテーブルに並べながら、少し考え事をしていると彼女はこうも言った。
「君はどうする?」
「何をだい?」
「これからの家族をだよ。君はどんな家族になりたい?」
 そうだな、と考える。思い立つのはひとつだった。
「朝食は家族揃って食べる。そんな家族がいいかな」
「ははは、たまにパンケーキをよろしくね」

 僕らはいただきますと手を合わせる。
 賑やかな朝食は、ふわふわとして、温かい。

7/15/2023, 8:37:36 PM

【終わりにしよう】
 彼女と出会った事を、僕は運命のように思う日がある。
「やぁ、きみか」
 お昼休み。
 校庭の隅の木漏れ日で、友人と弁当を広げると。彼女は音もなくやってきた。
「今日は僕のお弁当食べるの?」
 笑って尋ねると、ふぃっと横を向く。
「あ、これが噂の?」
「本当だ、美女じゃん」
 友人も彼女を見つけると思い思いに口を開いた。

 ね。美女さんでしょ。
 ツンデレで小柄な所も、僕はとても気に入っている。

 友人のそばをすり抜けて、彼女が僕の元に来ると足に手を置いた。
 彼女の一声で、僕はにやけてしまう。
「ねぇ、そろそろ野良生活を終わらせて、僕の家に嫁がない?」
「お前は子猫と結婚する気かっ!」
 友人のツッコミにどっと笑いが起こる。
 彼女はと言うと、僕から卵焼きを受け取りながら、にゃあ、とそっけなく鳴いた。

7/14/2023, 8:20:55 PM

【手を取り合って】

   家の扉を蹴り飛ばし 
   やってきました港町
   家出を掲げて歩くのは
   親友 悪友 そして僕

   寂しくなったら 手を繋げ
   挫けそうなら  笑い合え

   ガタンゴトンと騒ぐ隣を
   どんちゃん騒ぎで歩みます

   廃線の上を早3日 一心発起の反抗期
 
   全ては僕らの 可能性を知るために
   もう子供には戻れない


(余談)
元々詩人なので、久々に詩を書きました。
なんと言うか、反抗期は『親からの旅立ち』『友達との挑戦』の狭間で揺れ動く時期なのだなと思います。
そうやって、人は大人になるのかもしれません。

7/13/2023, 9:43:45 PM

【優越感、劣等感】

 類い稀なる文才を持つが、締切を守らない作家と、
 締切を必ず守る速筆だが、文章は人並みの作家。


 はて、どちらが優秀か。


 その議題に結論を出すべく、僕と藤守は賭けをした。
 大学の文化祭。
 僕と藤守はそれぞれのやり方で商売をしたのだ。
 筆の速い僕は手作りの文集を売ることにした。自慢ではないが、知識も速度も僕にはある。
 小説以外にも、今まで手がけた論文や研究議題など、多岐にわたる情報が満載に込めた本。レポートに喘ぐ学生が興味を示すと思ったのだ。
 逆に。
 藤守は文字を一文字を書かなかった。
 彼は鬼才だが、締切を守れないことで有名だったからだ。だから、締切のないものを売る。
『お好きなテーマで小説を書きます。ただし、締め切りは無しで』
 と。小説を書いてもらう権利を売った。

 結果はどうだったか。

 そんなもの。
 藤守の勝利で圧倒的だった。

 売店の教室に収まらないほどファンが並ぶ。
 多くの人は女性で、藤守に恋物語や二次創作を頼んでは黄色い声をあげていた。
「いやぁ、俺の小説が好きだなんてありがとうね」
 色男が笑うたびに、リクエスト権は売れていく。
 五千字で一万円だぞ?
 僕と目が合うと、藤守はニヤリと笑った。
 ぼったくりの商売と人気に、僕は奥歯を噛み締める。落ち着かせようと握る自分の腕が痛い。

 絶対的優位。彼の才能は本物だ。
 悔しくてらたまらなかった。

 けどそのあと、彼はさらに驚くべき行動をとった。


 ーー文化祭の後、藤守は一筆たりとも小説を書く事はなかったのだ。



 締切がなくて小説を書けなくなる小説家は、山の様にいると言う。
 大学を卒業しても、彼は小説を書く事はなかった。
 締切のないリクエストは死ぬまで有効らしい。
 ……あれだけの才能がありながら、なんで? 

 藤守は大学卒業後、姿をくらました。
 彼の行方は誰も知らない。
 そして、僕は今も細々と、小説を書き続けている。

7/12/2023, 4:32:40 PM

【これまでずっと】
 進捗いかがかな、と部屋に入ってくるなり祖父に言われて、私は自分の胸を抑えた。
 心臓発作が起こりそうだ。

「うっ、まだです……!」
「ははは、そんなこったろうと思うたんや」

 カレンダーを見上げれば、赤い丸の付いた文化祭の字が目に入る。
 〆切まで、あと数日。
 前髪をおでこの上で縛り上げ、ラストスパートをかける。私の原稿は、まだインクの乾かない所が目立っていた。
「……お爺ちゃん。父さんたちは?」
「大丈夫、まだ帰ってきとらん」
「そっか……よかった」
 祖父が笑う。持ってきてくれたのは夜食のおにぎりだ。彼は私の唯一の味方だった。
 白髪だらけになった祖父。持病の薬の副作用で少しふくよかな体だが、祖父の恵比寿みたいな優しい顔立ちが私は大好きだった。
 勉強至上主義の父母と違い、祖父だけは私の漫画作りを応援してくれている。

『漫画の何が役に立つ!』
 と怒鳴りつける父の言い分はよくわかる。
 私だって、大学進学や就職に漫画が役立つとは思ってはいないんだ。
 それでも挑戦したい。そう思って、親に隠れて情熱をぶつけてる。今は、きっと最後の反抗期だ。

「そういえばさ、なんでお爺ちゃんは私を応援してくれるの?」
 おにぎりを受け取りながら、私は何気なく聞いてみた。インクが乾くのを待つ間の、何気ない雑談に。
「そりゃ、今が真希にとって必要な時間やと知っとるからや」
「?」
 必要な? 首を傾げた私に祖父は続けた。

「人間の人生ってのはな、ぜーんぶ繋がっとるんや。あの日、あの時、自分の頑張ったことが、ずーっと後で生かされる時が必ずくるもんでな」
「必ず?」
「そう。必ず。これまでずっと、真希が真摯に向き合ってきたものに、なんの無駄もないんやで」

 ーー努力も、出会いも、後悔も。
 ーー全てのことに意味がある。

 祖父の言葉の意味は、まだ私にはわからない。
 けどこの努力がきっと次に繋がるんだと思ったら、心の奥にぽつりと火が灯る感覚がした。
「ありがとう、お爺ちゃん。私、頑張るよ」
「おぅ、頑張りぃ」
 思いっきり笑うと、お爺ちゃんもしわくちゃな顔で笑った。
 私はペンを走らせる。
 この作品を、誰よりも祖父に読んで欲しくて。

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