「泣かないよ」
おかあさん。おかあさん。泣き声まじりに縋るように
子供の声が聞こえた。
「ここにいるよ。泣かないよ」
そんな子供を慰めるように優しく包み込む声で女の人が呼び掛けた。
子供は安心しきったように泣きつかれ母親の胸の中で微かに寝息をたて寝てしまった。
子は親を欲し、親は子をあやす。
現代社会ではありふれた日常だがその日常を失ったとき。どうしたら良いのだろうか。
おかあさん。おかあさん。泣き声まじりに縋るような声が聞こえる。
昔のような幼さは少し薄れ、ほんの少し大人びたように聞こえる。
「 」
昔は聞こえた一言は心電図の冷淡な音となり返ってきた。
ねぇ。おかあさん。
泣かないでと言って。
おかあさん。
日常が消え行くときは実に一瞬で子供が大人になったときには大昔の事のように感じるのかもしれない。
あるいは心にずっと負の気持ちとしてしがみつき記憶の中心にあり続けるのかもしれない。
時は流れた。
子供はすっかり今年の春から高校3年生になる。
子供は勉強、人間関係 さまざまな難問に悩まされる。
相談できる母親はいない。
思春期も終わりに近づいているとはいえ、まだまだ父親とは口を聞かない。
子供は胸がいたくなり、目の奥が張り裂けそうに熱いときそっと唱えた。
手を胸の上に撫でるように置き、「泣かないよ」と。
そういえば母が返ってきたように感じる。
そんなわけないのに。
でも少し現実から逃れることを許してほしい。
おかあさん。おかあさん。
まだ泣いてないよ。
まだ泣けていないよ。
少しだけ。ほんの少しだけ近くに来て欲しいよ。
背中を擦ってほしいよ。
愛してる。その一言をください。
「泣いていいんだよ。」
たったそれだけ。
だけど一番求めてやまないその一言を。
呼び掛けてくれる人はもういない。
呼び掛けてくれる人はきっとできやしない。
心の叫びに気付く人はきっといない。
あのね。いまだって、胸が張り裂けそうなんだ。
痛みをこらえることはきっと特技になってしまったよ。
自己暗示とは意外と効力のあるものだ。
泣かないよ。
泣けないよ。
いつか誰か、助けてね。
「僕なりのあいしかた。」
僕は一人。ひとりぼっち。
夜の寝静まった家の中で僕だけが目を開けて明日が来ない事を願ってる。
死にたくはない。ただ消えたいだけ。
僕には明るい日なんてきっと来ない。
明日が明るい日なのは少し眩しすぎないかと思う。
個人的にだけど。
部屋の角でイヤホンを耳に突き刺して曲を聞く。
強い曲を聞けば強くなれる。
悲しい曲を聞けば思いっきり泣ける。
いないはずの友達を想像して泣く。
言葉がやけに胸に刺さるときは少し嬉しい。
まだ僕は大丈夫だとおもえるから。
本当の僕を偽って生活する毎日。
少し家族の前で素の自分を出してみると。
今日のお前はちゃんとしていない。
もっと真面目になりなさい。
普段のお前はどうした。
今日のお前は普通じゃない。
ねぇ違うよ。
いつもの僕が僕じゃないだけ。
今日の僕が本当なんだよ。
でかかった言葉は喉の奥に突っかかって吐き気がした。
本当の僕は誰なんだろう。
僕はきっと僕が嫌いなんだ。
いや違うね。
僕は僕が大好きなんだ。
だから愛されたくて、僕を好いてほしくて、
僕は僕を偽った。
僕はこんなにも僕を愛していたらしい。
僕は僕が傷ついてほしくなかった。
だから偽ったのに。
わざわざ素を出して嫌われた。
だから僕は偽ったんだ。
本当の僕を隠したんだ。
僕は僕を大切にしている。
僕は僕を愛しているらしい。
部屋の角イヤホンを耳から外した。
曲は外したイヤホンから微かに漏れでていた。
耳を澄ました。
どこかで「君は君だ!!」 「私が来た!!」 「君は間違っている!!」とか僕を救う声が聞こえないのか、少し期待をした。
何も聞こえない。
誰も救ってくれない。
僕なりのSOSはきっととっくの昔に地に落ちでぐちゃぐちゃに踏み潰されている。
その日はやけにありふれた言葉が胸に刺さった。
今日は、今日だけはその痛みだけを感じていたかった。
星に溺れる
夜空を切り裂くように冷たい風が頬を掠めた。
おもわず身体が僅かに震えた。
大切な「あなた」がくれた赤色のマフラーに顔を沈めた。「あなた」が私の顔を優しく胸に抱いているような安心を感じた。
でも今日は星降る日。
真っ黒でも奥深くに藍色が渦巻いている空。
私を見てと言うように光を放ち夢が絶えたかのように姿を消す星々。
「あなた」とみた最後の夜空はこの夜空よりも特別な美しさを誇っていた。
だいすきなあなた。
都会とも田舎とも言えないのどかな街の小さな家。
そこであなたと私。二人で暮らしていた。
結婚記念日は11月だった。
あなたは星が大好きで11月のあの日星がとても輝いていたらしい。神様が背中を押してくれていると本気で思いプロポーズをしたのだとあなたは頬をほんのり桃色に染めて言った。そんな記念日にはお互いに贈り物をすることが我が家の習慣だった。
3年前の記念日。
あなたは私に赤色のマフラーをくれた。
真っ赤で歳に見合わないとも思ってしまう。
それでも不器用なあなたが選んでくれたかわいらしいマフラー。
マフラーを私の首に巻いてあなたは頬をゆるめて温かな笑顔で言った。
「よく似合ってる。」
自分の顔を自分では見えないが、あの時の私はきっと
マフラーと同じように頬を真っ赤に染めていたのだろう。
幸せな生活。幸せな家庭。あなたとの日常。
ありふれて退屈に感じてしまうような生活だった。
でも、そんな生活が愛らしくて尊くてたまらなかった。
ずっと続いていくのだと本気で思っていた。
あなたの身体に不幸が降りかかるまでは。
あなたの身体に癌が見つかった。
どうやら末期で助かる見込みはほとんど0だと。
余命は長くて1ヶ月。いつ心臓が止まるか分からない。
あなたの入院生活が始まったのはちょうど11月に入ったばかりのことだった。
毎日病院に通った。
日に日に目から夢が絶えていくのを見るのが辛かった。無自覚なだけできっと私の顔もだんだん酷いものに変わっていっていただろう。
そしてその日がやって来た。
その日は夜になると流星群があるそうだ。
星のお陰で彼の目に少しでも希望が浮かべば良いのに。そう思わなければやっていけなかった。
生きるためにはお金がいる。私はあなたの癌が見つかってからパートの仕事を増やした。あまり多くは眠れなくてしんどくなかったと言うと嘘になるがあなたのためだと思えば苦じゃなかった。
そしていつものようにパートの仕事を終え病院に歩を進め始めたとき。病院から電話がかかってきた。
彼が危篤だと。
走った。あなたのくれたマフラーをつけて。
走った。良い歳の女が必死に走っているのは変かも知れないがそんなの頭になかった。
病室につくとあなたは静かに窓を眺めていた。
「星見える?」
彼が言った。昔のように明るい一言だった。
「う…うん。綺麗に見える。」
私の目には涙がこれでもかとたまっていた。
「ほんとだね。」
その一言に私の涙は溢れ出た。
私は声が震えるのを感じながら言った。
「すごく。すごく綺麗」
「うん」
「すごく快晴でたくさんの星が降ってるよ」
「うん」
「来年も見たいね。」
「…うん」
「来年も…みるから」
「…うん」
「再来年も3年後もずっと。」
「…うん」
「…2人でね。」
「…」
「もしかしたら子供ができてさ3人かもね」
「…うん。そうだったら、よかったなぁ」
2人の夫婦の声は会話を続けるうちに震え、霞み縋るよな声に変わっていった。
「…そろそろ眠くなってきたよ。」
彼が言った。
「そう。…もう夜も深まったものね。」
「うん。起きたら味噌汁が飲みたいなぁ。」
「そっか」
「熱々で何より君が作ってくれた味噌汁。」
「…」
「あのね。愛してるよ。…おやすみ」
「…うん。おやすみ」
会話は途切れた冷淡に心電図の音が病室に響いた。
ねぇ。あなた。
今日は曇り空で星なんて見えないんだよ。
3年たった。
早いようで短かった。
11月の日。
流星群が空に降り注いでいる。
あなたのくれたマフラーをつけてベランダに立った。
沢山つけて歩いてすっかり色褪せ、私の歳に見合った色味。新しいマフラーなんて買わなかった。
あなたとの生活が思い出に変わってしまうのがいやだったから。
星が降る。星が降る。
夢が絶えたかのように。
皮肉なものだ。星は未来を失い夢を失っているのにそれをみた私は少しだけ夢を見る。
11月の日。
今日だけは星に溺れても良いのかもしれない。
「秘密の味のチョコレート」
2月14日 バレンタイン。
友達も家族も恋人同士もチョコレートという
甘いお菓子を渡しあって楽しむ日。
僕は好きな女の子がいた。
その頃僕らは小学三年生で正しい判断もできないような年頃だった。
女の子はカカオアレルギーでチョコレートが食べられない子だった。
女の子は僕に対してよく言っていた。
「チョコレートが食べたい。」
女の子は生まれた時からアレルギーでチョコレートを食べた記憶がないらしい。
でも甘い香りが鼻を掠める度にお腹が鳴る。
だから食べてみたいそうだ。
でも彼女の母親は駄目だと言う。
彼女の安全のために母親は言っていた。
けれど昔の僕らにはそれが理解できなかった。
「今度のバレンタイン。僕がチョコレートあげる。」
幼いながらバレンタインのチョコレートが特別な意味を持っていると知っていた。
だから渡したかったんだ。
バレンタインの前日。
当時中学2年生だった姉とバレンタインチョコをつくった。姉にはからかわれたけど僕は頑張ってつくったんだ。ついに完成して渡す日になった。
僕は女の子に作ったチョコレートを「秘密だよ」
と言って渡した。
心臓が強く波打ち緊張でどうにかなりそうだった。
彼女は頬をゆるまして言った。
「秘密だね」
その後彼女がチョコレートを食べて倒れたそうだ。
その後彼女は引っ越してしまった。
しばらく会えていなかったがこの間久しぶりにあって話をした。
彼女はあの頃と変わらず元気な笑顔が素敵だった。
僕は彼女にあのときは申し訳なかった。と言う話をした。
そして彼女はあの日と同じように頬をゆるまして言った。
「あの日の秘密のチョコレート。
人生で一番美味しかったよ。」
僕の心臓はあの日と同じように強く波打っていた。
「深夜3時。」
まだまだ肌寒い早朝。
冷水に顔を突っ込んだ。
鳥肌が一気に全身に広がった。
(肌に良いから。)(寝起きに良いから。)
適当な理由を自分に詰め込んで3度顔を突っ込んだ。
自分から選んで進んでいく拷問スタイル。
現実から逃げたい私を現世に留める。
そのための必死の攻防。
鳥肌の止まらない深夜3時。
貴方は帰ってこなかった。
怖くて怖くて堪らなくって困っちゃうな。
こんなに夜が深まったら貴方じゃなくてお化けがでてきちゃいそう。
一枚の毛布にくるまって夜があけるまで。貴方が帰ってくるまで待った。
貴方の部屋。
入るなって言われてた。
一度入って頬を殴られた事もあった。
でも、もう良いよね。貴方は居なくなったんだから。
貴方の部屋の机には3段の引き出しがあった。縦に3つ並んでいて一番下には手紙が一杯入っていた。
どれも綺麗な状態で保管されていた。
今時文通かよ。
手紙で浮気相手と交流してたなんて思わないじゃないか。
LINE知らないのかな。
誰も居なくなって静かな家。
私の呼吸の音しか聞こえない。
私の呼吸がだんだん不規則になった。
果たしてこれは笑い声なのかはたまた泣き声なのか
分からないけど。
私と貴方。
きっとどちらもクズだった。
それでもクズ同士上手くやってると思ってた。
でもそれは私だけだったみたい。
深夜3時。
眠れなくなった。
一人泣く夜は孤独。怖くて怖くて堪らなくって。
お化けでも良いからやってきてほしくて。
私に私は言った。
鏡を見て言った。都市伝説とかあるのかもしれないけど気にしていられなかった。
「I love you」
気恥ずかしいけど愛していると言われたかった
クズ女にはちょうど良いのかもしれないね。
「深夜3時。貴方の足音は聞こえなかった。」