星に溺れる
夜空を切り裂くように冷たい風が頬を掠めた。
おもわず身体が僅かに震えた。
大切な「あなた」がくれた赤色のマフラーに顔を沈めた。「あなた」が私の顔を優しく胸に抱いているような安心を感じた。
でも今日は星降る日。
真っ黒でも奥深くに藍色が渦巻いている空。
私を見てと言うように光を放ち夢が絶えたかのように姿を消す星々。
「あなた」とみた最後の夜空はこの夜空よりも特別な美しさを誇っていた。
だいすきなあなた。
都会とも田舎とも言えないのどかな街の小さな家。
そこであなたと私。二人で暮らしていた。
結婚記念日は11月だった。
あなたは星が大好きで11月のあの日星がとても輝いていたらしい。神様が背中を押してくれていると本気で思いプロポーズをしたのだとあなたは頬をほんのり桃色に染めて言った。そんな記念日にはお互いに贈り物をすることが我が家の習慣だった。
3年前の記念日。
あなたは私に赤色のマフラーをくれた。
真っ赤で歳に見合わないとも思ってしまう。
それでも不器用なあなたが選んでくれたかわいらしいマフラー。
マフラーを私の首に巻いてあなたは頬をゆるめて温かな笑顔で言った。
「よく似合ってる。」
自分の顔を自分では見えないが、あの時の私はきっと
マフラーと同じように頬を真っ赤に染めていたのだろう。
幸せな生活。幸せな家庭。あなたとの日常。
ありふれて退屈に感じてしまうような生活だった。
でも、そんな生活が愛らしくて尊くてたまらなかった。
ずっと続いていくのだと本気で思っていた。
あなたの身体に不幸が降りかかるまでは。
あなたの身体に癌が見つかった。
どうやら末期で助かる見込みはほとんど0だと。
余命は長くて1ヶ月。いつ心臓が止まるか分からない。
あなたの入院生活が始まったのはちょうど11月に入ったばかりのことだった。
毎日病院に通った。
日に日に目から夢が絶えていくのを見るのが辛かった。無自覚なだけできっと私の顔もだんだん酷いものに変わっていっていただろう。
そしてその日がやって来た。
その日は夜になると流星群があるそうだ。
星のお陰で彼の目に少しでも希望が浮かべば良いのに。そう思わなければやっていけなかった。
生きるためにはお金がいる。私はあなたの癌が見つかってからパートの仕事を増やした。あまり多くは眠れなくてしんどくなかったと言うと嘘になるがあなたのためだと思えば苦じゃなかった。
そしていつものようにパートの仕事を終え病院に歩を進め始めたとき。病院から電話がかかってきた。
彼が危篤だと。
走った。あなたのくれたマフラーをつけて。
走った。良い歳の女が必死に走っているのは変かも知れないがそんなの頭になかった。
病室につくとあなたは静かに窓を眺めていた。
「星見える?」
彼が言った。昔のように明るい一言だった。
「う…うん。綺麗に見える。」
私の目には涙がこれでもかとたまっていた。
「ほんとだね。」
その一言に私の涙は溢れ出た。
私は声が震えるのを感じながら言った。
「すごく。すごく綺麗」
「うん」
「すごく快晴でたくさんの星が降ってるよ」
「うん」
「来年も見たいね。」
「…うん」
「来年も…みるから」
「…うん」
「再来年も3年後もずっと。」
「…うん」
「…2人でね。」
「…」
「もしかしたら子供ができてさ3人かもね」
「…うん。そうだったら、よかったなぁ」
2人の夫婦の声は会話を続けるうちに震え、霞み縋るよな声に変わっていった。
「…そろそろ眠くなってきたよ。」
彼が言った。
「そう。…もう夜も深まったものね。」
「うん。起きたら味噌汁が飲みたいなぁ。」
「そっか」
「熱々で何より君が作ってくれた味噌汁。」
「…」
「あのね。愛してるよ。…おやすみ」
「…うん。おやすみ」
会話は途切れた冷淡に心電図の音が病室に響いた。
ねぇ。あなた。
今日は曇り空で星なんて見えないんだよ。
3年たった。
早いようで短かった。
11月の日。
流星群が空に降り注いでいる。
あなたのくれたマフラーをつけてベランダに立った。
沢山つけて歩いてすっかり色褪せ、私の歳に見合った色味。新しいマフラーなんて買わなかった。
あなたとの生活が思い出に変わってしまうのがいやだったから。
星が降る。星が降る。
夢が絶えたかのように。
皮肉なものだ。星は未来を失い夢を失っているのにそれをみた私は少しだけ夢を見る。
11月の日。
今日だけは星に溺れても良いのかもしれない。
「秘密の味のチョコレート」
2月14日 バレンタイン。
友達も家族も恋人同士もチョコレートという
甘いお菓子を渡しあって楽しむ日。
僕は好きな女の子がいた。
その頃僕らは小学三年生で正しい判断もできないような年頃だった。
女の子はカカオアレルギーでチョコレートが食べられない子だった。
女の子は僕に対してよく言っていた。
「チョコレートが食べたい。」
女の子は生まれた時からアレルギーでチョコレートを食べた記憶がないらしい。
でも甘い香りが鼻を掠める度にお腹が鳴る。
だから食べてみたいそうだ。
でも彼女の母親は駄目だと言う。
彼女の安全のために母親は言っていた。
けれど昔の僕らにはそれが理解できなかった。
「今度のバレンタイン。僕がチョコレートあげる。」
幼いながらバレンタインのチョコレートが特別な意味を持っていると知っていた。
だから渡したかったんだ。
バレンタインの前日。
当時中学2年生だった姉とバレンタインチョコをつくった。姉にはからかわれたけど僕は頑張ってつくったんだ。ついに完成して渡す日になった。
僕は女の子に作ったチョコレートを「秘密だよ」
と言って渡した。
心臓が強く波打ち緊張でどうにかなりそうだった。
彼女は頬をゆるまして言った。
「秘密だね」
その後彼女がチョコレートを食べて倒れたそうだ。
その後彼女は引っ越してしまった。
しばらく会えていなかったがこの間久しぶりにあって話をした。
彼女はあの頃と変わらず元気な笑顔が素敵だった。
僕は彼女にあのときは申し訳なかった。と言う話をした。
そして彼女はあの日と同じように頬をゆるまして言った。
「あの日の秘密のチョコレート。
人生で一番美味しかったよ。」
僕の心臓はあの日と同じように強く波打っていた。
「深夜3時。」
まだまだ肌寒い早朝。
冷水に顔を突っ込んだ。
鳥肌が一気に全身に広がった。
(肌に良いから。)(寝起きに良いから。)
適当な理由を自分に詰め込んで3度顔を突っ込んだ。
自分から選んで進んでいく拷問スタイル。
現実から逃げたい私を現世に留める。
そのための必死の攻防。
鳥肌の止まらない深夜3時。
貴方は帰ってこなかった。
怖くて怖くて堪らなくって困っちゃうな。
こんなに夜が深まったら貴方じゃなくてお化けがでてきちゃいそう。
一枚の毛布にくるまって夜があけるまで。貴方が帰ってくるまで待った。
貴方の部屋。
入るなって言われてた。
一度入って頬を殴られた事もあった。
でも、もう良いよね。貴方は居なくなったんだから。
貴方の部屋の机には3段の引き出しがあった。縦に3つ並んでいて一番下には手紙が一杯入っていた。
どれも綺麗な状態で保管されていた。
今時文通かよ。
手紙で浮気相手と交流してたなんて思わないじゃないか。
LINE知らないのかな。
誰も居なくなって静かな家。
私の呼吸の音しか聞こえない。
私の呼吸がだんだん不規則になった。
果たしてこれは笑い声なのかはたまた泣き声なのか
分からないけど。
私と貴方。
きっとどちらもクズだった。
それでもクズ同士上手くやってると思ってた。
でもそれは私だけだったみたい。
深夜3時。
眠れなくなった。
一人泣く夜は孤独。怖くて怖くて堪らなくって。
お化けでも良いからやってきてほしくて。
私に私は言った。
鏡を見て言った。都市伝説とかあるのかもしれないけど気にしていられなかった。
「I love you」
気恥ずかしいけど愛していると言われたかった
クズ女にはちょうど良いのかもしれないね。
「深夜3時。貴方の足音は聞こえなかった。」
「名前を呼んでよ。」
私は「リン」だった。
名字なんて無くてみんなが私を「リン」と呼ぶ。
本名で呼ばれることなんてない。
この町の1人の老人以外には。
この町はみんなあだ名で呼びあっていた。
本名を呼ぶことはなかった。
まるで「名前」なくなったみたいに。
でも、1人名前を呼ぶ老人がいた。
「じぃじ」。彼のあだ名はじぃじ。私が産まれたときから町外れの小さなお家で暮らしていた。
じぃじは。じぃじだけは町の人達の名前を知っていた。
じぃじは私を「鈴」と呼ぶ。
本当にこれが私の名前か、それは分からないけどなんだか名前を呼ばれると胸が暖かくなる。
私の友達にもあだ名と名前がある。
「サク」ちゃんの花。
「セイ」くんの流星。
「シー」ちゃんの紫音。
「ダン」くんの春来。
みんな2つの名前を持っていて、じぃじに名前を呼ばれる時は嬉しそうに笑う。
嬉しい。嬉しい。まだ幼い私達にはそんな事しか
感じなかったけど。
みんなみんなじぃじが大好きだった。
そんなじぃじが亡くなったのはいつの日だっけ。
じぃじが亡くなった。心臓発作だったって。
じぃじが居なくなってからはまた「名前」がなくなった。
じぃじのお葬式にはたくさんの人が参列した。
じぃじは沢山沢山愛されていたみたい。
名前を呼ばれることはなくなった。
私は「リン」として生きていくしかないのだろうか。
ねぇじぃじ私のさ。名前を呼んでよ。
「鈴」が笑って過ごせる日々を私に頂戴。
じぃじが居なくなって改めて実感した。
私は「鈴」なんだって。
呼ばれなくなってから心が痛かった。
誰も私を呼んでくれないと思った。
愛されていないと思った。
私は一つ勇気を持った。
友達の「シーちゃん」に紫音って、名前を呼んだんだ。
紫音は不器用に笑って言った。
「鈴。どぉしたの?」
私の頬が少し火照った。
空は目が痛くなるほど晴れ渡っていた。
ねぇ。名前を呼んでよ。
「逆光」
自分の姿を力強く照らす光がある。
自分を「愛している」と強く言ってくれる貴方がいる。
眩しく輝いていて支えてくれる光があるから歩いていれる。
泣いても、影になって見えないから。
自分の弱さを隠してくれるから。自分の弱さも出していれる。
逆光が自分を隠してくれるのなら。
まだ、まだ少しだけ。
歩いていれる。多分ね。
自分の命を歌えるのなら、誰かを照らしたいって思ってしまうんだ。
悲しい歌。楽しい歌。なにもない歌。
過去の自分を救うように、ただひたすらに自分を肯定する。
そしていつか誰かを救えたらって勝手ながら
思うんだ。
自分で自分を守れるようになるにはまだまだ時間がかかりそうだけど。
貴方が私を隠してくれるのなら。
もう少し。まだ歩いていれるんだ。多分ね。
もう少し貴方の胸の中で泣き疲れて眠る日々を。
私に頂戴。