「閉ざされた事。」
記憶を遡るといつも「誰か」がいました。
暖かくて大好きな人。
けれど上手く思い出せないのです。
「誰か」とは一体私にとってのなんなのでしょうか。
夕日が空に明るく光夜が深まっていく様な不思議な時間。「誰か」は私の肩に触れました。
暖かかった。
夏の日差しが鋭く突き刺さるような猛暑の日。
ベンチで座っている私の頬に冷たく冷えた缶ジュースを当ててきた「誰か」。
幸せだった。
大切で大好きで何にも変えがたい「誰か」。
どうして私は忘れているのでしょうか。
私のお家のお部屋には勉強机があります。
机についた一番したの棚には鍵をかけられました。
私はそこに確かに「何か」を詰め込みました。
鍵はどこにもなくなってしまい開けられません。
閉ざされた棚には一体何が入っているのでしょう。
そこを開けるとなにか思い出せるのでしょう。
例えば「誰か」のこととか。
虚しいですね。
すぐ近くにあるのに触れない。
思い出したくて仕方がない記憶なのに思い出せない。
「貴方」は一体誰なのですか?
「さよなら」
影の濃い夏に「さようなら。」
春風が頬を引っ掻くような日に「さようなら。」
冷たく凍てつくような日に「さようなら。」
木々が紅く染め上げられた日に「さようなら。」
どれも同じ別れの挨拶でも、また明日。と言葉は続いた。
それでも、きっと。今日の「さようなら」は明日が無いだろう。
いつまでも貴方を愛することは私にとって、難ではない。でも貴方にとって私と紡ぐ日々はきっと苦しいかったのだろう。
「さようなら」
荷物をたくさん抱えて、こちらを振り向くことなく
玄関を開け歩いていった。
その時の貴方の背中は、少し小さく見えた。
貴方から言い出したことなのに、寂しそうにしないでほしい。
私の方が何倍も何倍も貴方のことが大好きで、今日という日が寂しかった。
だから。
早く、歩いていって。
私が過去の女になるように、早く時間が過ぎますように。貴女の記憶の私が、嫌いな女から愛おしかった人になりますように。
2度と逢うことがありませんように。
荷物を抱えた貴方は「さようなら」と言った。
この先に続く言葉は無く、ただ沈黙が続いた。
目頭を紅く染めた私と貴方はきっと、別れる者に見えないだろう。
貴方の愛が他人に注がれるのは嫌だけど、私を愛してくれる貴方がいたことは確か。
ねぇ。じゃあね。
遠くの小さな貴方の背中にそっと呟いた。
貴方に届くことはなくてもこの言葉は私の心に強く、
強く残ることだろう。
「さようなら。」いつまでも恋しく思うことはやめておこう。
やめて居れたのならばこの胸は痛くなかったのだろうか。
「椿が美しく散ったのならば。」
貴女は美しかった。
誇りを持ち誰にも負けない魅力を放つ。
貴女は演者だった。比喩とかそんなんじゃなくて貴女は演者として舞台に何度も立っていた。
その姿は美しく誇らしかった。
彼女は言った。
『世界はどうしてこんなにも美しいのかしら。』
彼女は泣いていた。1人で苦しみながらそれでも愛を探し抗った。そして彼女は運命の人を見つけた。
その相手が男でも女でも構わないほど彼女は愛らしそうに相手の頬を触った。
世界に絶望し泣いていた彼女の世界が美しく咲いた。
彼女は現在この世界に存在しない。
なぜ?
それは単純だ。理由は「彼女」は貴女が舞台の上でのみ作り出した。
「彼女」は物語の登場人物でたった一人の貴女が演じきった人物だった。
この舞台を見て僕は何度も何度も泣いた。
貴女が歩いていた。
劇の登場人物の仮面を脱いで。
黒色の長い髪が夕日に照らされ輝いていた。
白色に似た肌に椿のように紅い口紅をつけている。
「先輩。」
僕が言った。
貴女は僕の演技の先輩だったから。
「どしたのぉ?」
貴女は言った。
舞台の上の彼女とは一風変わったおっとりとした人だ。
「少し話しませんか」
僕は今日の劇の感想でも話そうとしていた。
全く下心がなかったわけではない。
僕と貴女はこじんまりとしたカフェに入った。
少し古びていて客は少なく店長は僕たちの座った席からかなり離れたカウンターで新聞を読んでいる。
「先輩。今日も凄かったですよ。」
「なにがぁ?」
「先輩の演技がです。」
「ならよかったなぁ。」
沈黙が少し続いた。
先輩が口を開いた。
「この世界ってさ醜いと思わなぁい?」
僕は何を言ってるのか分からなかった。
「だってさぁ。...みんな私が凄いとか言うけどそれって私のスタートラインがみんなよりもすこぉし進んでただけじゃないのぉ?」
また僕はなにも言えなかった。
「才能とか顔とかそんなの産まれもっただけじゃん。
本当に凄いのは私じゃくて私を産んだ母さんなのかもねぇ。」
先輩はカフェの窓からそとを見た。
まるでこんな世界から逃げたしたいと思ってるように。
「なぁんで私はちょっとフライングしちゃったのかなぁ。みんなと一緒に身の丈にあった生活をしたかっただけなのにぃ。」
僕はなにも言えなかった。
「...ごめんねぇ。こんなこと言うつもりなかったんだぁ。」
先輩は席を立ってお金を机の上に置いた。
「先に帰るねぇ。お疲れ様ぁ。」
僕はなにも言えなかった。
今日は先輩が「彼女」を演じる最後の舞台だ。
「彼女」は今日で死んでしまう。
名残惜しく思うものの先輩がただの先輩として戻ってくるそんなの日だった。
僕は裏方で照明を担当していた。
舞台が始まる少し前先輩が僕のもとにやってきた。
「お疲れ様ぁ。ラスト頑張ろうねぇ。」
僕は「はい」とだけ返した。
「ねぇ。世界ってさどうしてこんなにも美しいのかな」
僕は驚いた。前と言っていることが違ったから。
でもすぐに気がついた。
今の先輩は「彼女」なのだと。
「あのね。こんな私を愛してくれるのは君だけなんだよ。君が居るだけで私、少し生きていたいと思えるんだ。」
これは「彼女」のセリフだ。
でもこれは先輩の言葉でもあった。
先輩にとって演技とは「先輩」自身が少し死ねるそんな時間なのかもしれない。
椿のように誇り高い貴女が美しく散っていく。
椿の色が赤から茶色へ。
はたまた緑色から赤色へと変わっていく。
そのごとく貴女が美しく散ったのならば。
僕は散った花びらを眺めて涙でもながそう。
椿が美しく散ったのならば。
また新しい蕾が花になるように隣で支えていたい。
「なんて世界は美しいのだろうか。」
僕は心の奥底で小さく呟いた。
「誰も知らない片隅で。」
愛しているよ。
愛している。
誰も居ない日陰の片隅で2人きり。
貴方の瞳は確かに少し潤んでいた。
泣いてるの?苦しいの?
貴方はなにも答えない。
だって私はもう死んでいるんだものね。
愛しているの。
愛していたの。
私がまだ生きていたときま貴方は泣き虫だった。
泣いてると思って貴方の肩にそっと触れて大丈夫か
尋ねるとより一層泣き出してしまう。
困った奴だった。
それでも大好きだった。
愛しているのでしょうね。
私は貴方を。
それでももう私の声は届かないから。
泣かないで。たった一言を伝えられない。
泣かないで貴方の手をそっと降れようとしても触れない。そこにあるのに。そこに居るのに。
もうやだよ。
なにも出来ないのは苦しいだけなんだ。
愛しているから。
もう無理はやめて。
ベンチに座ってスマホをいじる貴方は何をして居るの?分からないね。
でも貴方は泣いている。なんで?楽しくないの。
...ねぇ疲れてるなら辞めれば。
貴方の隣に腰かけた。
貴方には見えないんでしょう。分かってるわ。
届かなくてもいくらでも言う。
『もう辞めてよ。こっち向いてよ。』
誰も知らない片隅で2人きり。
貴方の涙が少しでも枯れることを祈っている。
「歩幅」
短い足を精一杯前に出して歩く私の可愛い子供。
この子に歩幅をあわせて歩く。
ゆったりとした坂をゆっくりと歩く。
「あのねぇ」と話しかけるこの子はきっと何よりも
可愛い。
「ふふっ」口を軽く押さえて笑う声はまだ幼さない声。
でも仕草は大人に憧れているみたい。
そういえば私も彼と歩くときは彼に歩幅をあわせてもらっていたなぁ。
彼の歩幅は大きくて、私は小さかった。
でも彼は私にあわせて歩幅を小さくして「遅い」とか言わずに笑って2人でよく歩いた。
そんな彼が大好きで付き合って結婚して子供もできて
幸せだ。
私の人生は幸せで溢れている。
彼とこの子と歩幅を合わせて人生を歩んでいこう。
小さく可愛いうちの子はこれからどんどん大きく成長していくんだろうな。
この子が大きくなったら私の歩幅よりもこの子の歩幅が大きくなるのかな。
未来をしばし夢に見る。
愛しているよ。
何度も何度も伝えていきたい。