「誰も知らない片隅で。」
愛しているよ。
愛している。
誰も居ない日陰の片隅で2人きり。
貴方の瞳は確かに少し潤んでいた。
泣いてるの?苦しいの?
貴方はなにも答えない。
だって私はもう死んでいるんだものね。
愛しているの。
愛していたの。
私がまだ生きていたときま貴方は泣き虫だった。
泣いてると思って貴方の肩にそっと触れて大丈夫か
尋ねるとより一層泣き出してしまう。
困った奴だった。
それでも大好きだった。
愛しているのでしょうね。
私は貴方を。
それでももう私の声は届かないから。
泣かないで。たった一言を伝えられない。
泣かないで貴方の手をそっと降れようとしても触れない。そこにあるのに。そこに居るのに。
もうやだよ。
なにも出来ないのは苦しいだけなんだ。
愛しているから。
もう無理はやめて。
ベンチに座ってスマホをいじる貴方は何をして居るの?分からないね。
でも貴方は泣いている。なんで?楽しくないの。
...ねぇ疲れてるなら辞めれば。
貴方の隣に腰かけた。
貴方には見えないんでしょう。分かってるわ。
届かなくてもいくらでも言う。
『もう辞めてよ。こっち向いてよ。』
誰も知らない片隅で2人きり。
貴方の涙が少しでも枯れることを祈っている。
「歩幅」
短い足を精一杯前に出して歩く私の可愛い子供。
この子に歩幅をあわせて歩く。
ゆったりとした坂をゆっくりと歩く。
「あのねぇ」と話しかけるこの子はきっと何よりも
可愛い。
「ふふっ」口を軽く押さえて笑う声はまだ幼さない声。
でも仕草は大人に憧れているみたい。
そういえば私も彼と歩くときは彼に歩幅をあわせてもらっていたなぁ。
彼の歩幅は大きくて、私は小さかった。
でも彼は私にあわせて歩幅を小さくして「遅い」とか言わずに笑って2人でよく歩いた。
そんな彼が大好きで付き合って結婚して子供もできて
幸せだ。
私の人生は幸せで溢れている。
彼とこの子と歩幅を合わせて人生を歩んでいこう。
小さく可愛いうちの子はこれからどんどん大きく成長していくんだろうな。
この子が大きくなったら私の歩幅よりもこの子の歩幅が大きくなるのかな。
未来をしばし夢に見る。
愛しているよ。
何度も何度も伝えていきたい。
「貴方の隣で。」
涙が枯れてなにも感じなくなったら消えてしまえるのかもしれない。
貴方からの「愛してる。」という言葉が無くなって
生きることに執着し、醜くなれなくなった私はもう。
「おかえり。」
その言葉を言うだけで幸せだった。
「ただいま。」と疲れたように言う貴方を抱き締めたら
あらかじめ沸かしておいたお風呂に貴方を詰め込む。
そしたら机に貴方の大好きな鮭と味噌汁と気持ち多めに盛ったお米を並べる。
お箸は貴方が好きな落ち着いた赤色で白色の箸置きにそっと置いておく。
貴方と私の好きなビールを缶のまま机に2本並べてガラスのコップに氷を5つ入れたものを2つ並べる。
後は貴方が来るのをまっておくだけ。
もう6年目の結婚生活で大分慣れた。
付き合いたて、新婚のときとは比べて多少触れ合う時間は減ったけれどご飯を2人で食べて、暇なときは
映画でも見る。
休日には出掛けるのもよし、ダラダラ過ごすのもよし。2人で過ごせることが何よりも嬉しくて幸せだった。
ある朝身体が重くて頭がいたくて胸が激しく痛んだ。
病院に行き、診断を受けた。
私は極めて珍しい病になった。
この病気になった人の7割は病が原因で亡くなったそうだ。
さらに完治は難しく、治ったと思ってもすぐに再発するらしい。私は生きられるのだろうか。
病が見つかってから入院生活が始まった。
帰ってきた貴方に「おかえり。」と言う日常はなくなってしまった。
けれどいつかはまた家に帰れると信じて生きていこう。
彼が事故に遭った。
トラックが歩道に突っ込んできて彼は即死だったらしい。
その話を聞いた私は悪い噂話だと思い切りどうにか彼が生きていることを信じていた。
本当は分かっていたんだ。あの噂が本当で彼が私のお見舞いに来なくなったのはもう死んだからなんだって。
私は泣いた。泣いた。
ずっと泣いて泣いて。
言葉がでないほど喉が乾いて水分が足りなくなっても
涙が止まることはなかった。
ある朝目が覚めると涙が止まっていた。
鏡に写る私は彼の隣に居た私ではなかった。
頬が痩けて目が真っ赤に染まり醜く見えた。
あぁ。涙は枯れ果てたんだ。
涙が枯れるほど苦しんで、なにも感じなくなった。
こんなに生きたんだからもういいじゃないの。
貴方の隣に行っては行けないの?
時間が来れば私も死ぬのだろう。
私の一生は病院のベットの上で終わるのだろうか。
私は頑張った。頑張った。
だからどうか貴方の隣に行かせてください。
貴方の隣に逝かせて。
瞼が重くなってきた。2度と目が覚めないような予感がした。
それでも抗うことなく、私はそっと瞼をとじた。
「愛していましたよ。」心のなかでそっと唱えた。
「貴方の隣に行く私をどうか許してくださいね。」
私の目からは涙が少し滲んだ気がした。
花が枯れても心は枯らさずに貴方の隣で生きていた私が枯れるのだから、少しぐらい泣いてもいいでしょ。
涙が枯れても、もう少し泣いていたい。
貴方の隣で笑い合っていたい。
確かに貴方の隣で生きていた私の存在を証明するために。
「貴方の隣で。」
「手紙」
幸せ。とは何か。
人によって違うもので抽象的なもの。
概念である幸せとはなにか長々と語るつもりはない。
ただこれだけは言える。
「貴方との暮らしは幸せだった。」と。
とある小説家が言った。
「幸せとは一体なんなのだろうか。」と
その答えはいまだに誰も見つけることは
できていない。
ある人は誰かの期待に答えること。と言い
ある人は人を裏切ることだと言う。
一見簡単に思える「幸せ」は分からないものだ。
そして幸せが何か分からないうちは幸せを手に入れることは難しい。
たとえ幸せを手に入れていても気付けるかどうかも分からない。
矛盾しているかのように思えるがこれが幸せ。と言うものなのだろう。
小説家には愛する妻がいた。
大切で大切で仕方がない存在だったが彼の妻は病によって亡くなった。
小説家はそのとき、ふと思った。
「幸せとは一体なんなのだろうか。」と
職業病とは恐ろしいもので疑問を持った彼は部屋にこもりきり脱水症状と空腹で死ぬまで「幸せ」とはなにかを求め続ける物語を描いた。
これは小説家の呪いともとれるが彼にとっては最愛の妻を想う最大の手段で、現実から逃れる手段にすぎなかったのだろう。
さて、物語とはどのようなものなのだろうか。
その物語は大切な家族、家、友達、そして恋人。
これらを全て亡くした少年がたった1人で紡ぐ話だ。
少年は皆が死んだことが自分のせいだと思い切り、
世界を旅しながら出会う人々に嘘の物語を本当のことのようにを広めた。
広める話はどれも自分語りでどこかに行って人を殺しただとか誘拐、監禁、盗み様々な犯罪に手を染めたなどそのような内容だ。
はじめのうちは聞いた皆は嘘だと思うが少年の噂を何度も何個も聞くたびに信じこむようになった。
そうしていつの間にか彼は捕まった。
彼は捕まり拷問を受けた。生きることが憂鬱になる程の痛みで苦しく痛く助けを願った。
それでも彼は笑っていた。
自分は幸せだと。皆を殺した自分にようやくバチがあたったと。
彼の調査は続いた。
でもある日彼の話が嘘だと証明されたのだ。
彼は出所した。
彼は思った。幸せとはすぐに逃げていくものだと。
彼の隣にはたった一人そばにいてくれる存在など当たり前のように居なかった。
そこで物語は終わった。
小説家のこの物語は出版されることなく原稿用紙のまま小さな町の小さな図書館の隅に静かに置かれた。
原稿用紙の端には「貴方との暮らしは幸せだった。」と
そっと誰かに語りかけるように書き綴られていた。
手紙が届かないような存在へ藁にも縋る思いで書いた
後悔の言葉だったのだろう。
「よいお年を」
僕が愛した貴女は蛇だった。
田舎の山奥にある古びたお屋敷。
そこで生活する者が一人。
美しく絹のような白い髪を腰まで伸ばし、風に揺らす。肌はまた絹のようにきめ細かく美しい。
その肌には所々光の当たり加減によって赤や緑に輝く白い鱗が覗いている。全身真っ白な中、瞳だけが鮮血のように真っ赤である。
それが屋敷に住む主である。
12年に1度、一年のみ屋敷に姿を現し人々、いや地球に生きるもの達の平和を祈る。
彼女は蛇であった。
姿形は蛇のようには見えないが人間離れしたような
美しさ、真っ赤に輝く瞳。人間にはない鱗。
これは村の人々に嫌悪されるのには十分なきっかけだった。
村の人々は彼女に護られていることすら知らず、彼女の屋敷には誰一人として近づこうとしなかった。
そんななか、とある春。
いつものように彼女は一人縁側に座っていた。
すると屋敷の玄関から下駄の音が響く。
「ごめんください。」
まだ幼さの残るような声だった。
齢として12歳。
彼女はついに討伐でもされるのかと恐る恐る人間に目をやった。
その時彼女は驚いた。その人間の瞳は白く濁り、木の棒を強く握りしめていた。さらにその人間は全身怪我だらけで誰かに殴られ、石を投げられたようだった。
「誰だ?」
彼女は言う。人間は言った。
「僕は春来。貴女を見送りに参りました。」
笑顔で言う。彼は目が見えていないようだ。
彼女が声をかけると驚いたように急いでこちらを向き直したからだ。
彼は続けていった。
「これから1年間。貴女のお役目が終わる年明けまでお世話になります。」
彼女は何を言っているのか分からなくなり混乱した。
とりあえず春来を屋敷に招き入れ茶をだした。
春来はどうやら村の厄介者らしい。
産まれた時から目が見えず、両親にも村民にも石を投げられ育ったのだそうだ。
ここに来たのは村長に言われたからだそうで、厄介払いされたようだ。ここに来れば勝手に死ぬと思ったのだろう。
春来がここに来た目的は私が役目を全うし天へと帰る事を見送るため。と言われたそうだ。
可哀想だ。
春来は目が見えない。だから私を恐ろしく思わないのだろう。12歳の彼を養うことはこの広い屋敷があれば十分だろう。
夏になった。
春来は背が伸びたくましくなった。
自分で川へ魚を取りに行き、それを調理し二人で食べる。ある程度気の知れた仲になった。
秋だ。
今年も後半になり、私の役目も半分をきった。
春来は私のとなりによく座っている。
私の事を「ご主人」と呼ぶようになり忠誠心が大きくなった。
冬。
私ももうすぐ天へと帰らなくては。
最近春来の様子がおかしい。どう見ても挙動不審だ。
私の役目が終わる6時間程前。春来が私の横に座った。
なんだか距離が近く離れがたいと言っているようだ。
春来は背が伸びたがさすがにまだ12歳で私よりは背が低い。
春来が私の顔に手を伸ばした。私の顔を探るようだ。
こういったことは珍しくない。春来は目が見えないため手を使ってものの形を探ることがよくあった。
でも私の顔を探ることははじめてだった。
春来の手が私の顔の鱗に当たると春来の手が鱗の上で止まった。
「ご主人は蛇だったのですね。」
私は驚いた。とっくに知っていると思っていたからだ。
「知らなかったのか。」
「はい。村の人達は確かに蛇だと言っていましたが、本当だと思っていなかった。」
「そうか。」
沈黙が続く。気持ちが悪いと思われただろうか。
春来が言った。
「美しいのでしょうね。目が見えていたらよかった。
そしたら、ご主人のお顔も姿もこの目に焼き付けられたのに。」
これを聞いた彼女は言った。
「そう。」
一言だった。けれど彼女の顔は喜びで歪んでいた。
春来の目が見えていなくてよかった。
今だけはそう思った。
いよいよ年を越しそうだ。
役目はもう終わり、天へと帰らなくてはいけない。
「本当に行ってしまうのですね。」
春来は寂しそうに言った。
「...あぁ。」
「また帰ってきてくれるのですか。」
「12年後。遠いけどな。」
「僕のこと忘れないでくださいね。」
「あぁ。春来。お前のおかげで楽しい1年だった。
この屋敷は春来が使えばいい。行き場がないならここで暮らせばいい。」
「なんでそんな...最後みたいなこと言うんですか。」
春来の頬に涙が伝った。
沈黙が長いこと続いた。
「...春来。よいお年を。だな」
彼女の頬には溢れんばかりの涙が流れていた。
春来に泣いていると悟られないように震えないように気をつけて言った一言は春来に届いただろうか。
「ご主人。また会いましょうね。絶体絶体また会いましょうね。」
その一言を切っ掛けにさらに2人の涙が止まらなくなった。
私はなにも言えなかった。
苦しくて寂しくて離れたくなかった。
それでも身体が天へと溶けていく感覚がした。
あぁ。お別れだ。
「春来。そろそろお別れだ。」
春来はうつむいてなにも言わない。
「...春来。またな。」
春来は、はっとしたように私の方を向いた。
春来は涙に濡れた顔で思いっきり笑顔を作った。
「はい!」
元気な返事だな。と笑いながらも身体が消えていく。
「じゃあなぁ。」
私だって笑えるんだ。泣いた顔で思いっきり笑った。
春来には見えていないだろうが気持ちが大事だよな。
手を振って笑った。
幸せだった。
ご主人は行ってしまった。
これから12年間。一人で過ごすのだろう。
寂しいな。行ってほしくなかったな。
またご主人が帰ってくるまでこの屋敷で待つしかない。
「ご主人。ずっとずっと待っていますからね」
空に向かっていつもよりも少し張り上げた声で語った。まだまだ肌寒い。
ご主人に出会ったのもこのくらいの時期だった。
昔話に花咲かせて1人で屋敷に足を向けた。
「ご主人。よいお年を。」とだけ呟いて。