K作

Open App
4/9/2023, 6:32:49 PM

題 誰よりも、ずっと

S先生へ

本当はちゃんとした便箋に書きたかったけれど、ルーズリーフしかなかったのでこれで許してください。
今日、初めて授業をサボりました。さっきまですごくドキドキしていて、今からでも教室に戻ろうかと思っていたけれど、30分も経てばもう、私を脅迫するものはなくなりました。
今、学校の屋上にいます。本当は生徒は立ち入り禁止で、鍵がかかっているのは知っていたけれど、他に思いつくところもなかったので来てみました。その時に、ちょっとした賭けをしてみました。屋上の扉が開いたら勝ち、開かなかったら負けという賭けです。
祝福してください、私は勝ちました。あー天啓かしらって思って、なんで鍵がかかっていなかったのかとか、そもそもここに来るまでに授業中と言えど誰にも会わなかったなとか、深く考えることを止(や)めました。
本当はこんなものを書くつもりはなかったのですけど、なんだか寂しくなってしまったので、これをS先生へ向けて書くことを許してください。
先生は初めて会った時から私に優しかったですね。でもそれは、それが先生の仕事だからと私は分かっていました。新卒の精神科医として、目の下にクマを飼うほど、お仕事を頑張っているのだと思っていました。でも私は、あなたを信用できなくて、本心を話そうとしませんでした。先生の仕事は、多くの人の苦しみを取り除くのではなく、苦しみを聞くだけだと知っていましたから。
先生はよく、私が些細なことをする度に、私に「ありがとう」って言いましたね。でもそれはマニュアルなのだと分かっていました。ありがとうという言葉は人に価値を与える言葉だから、患者さんにたくさん使いましょうね、っていう上司の指示なのでしょう。
でも、あることがきっかけで、私の先生に対する色眼鏡は取り外されたのです。
先生は覚えているでしょうか、もしかしたら、私の知らないところで、他の人にも同じことしていたら、覚えていないでしょうが。私が、両親の離婚のことでどうしても耐えられなくなって、夜に家を出て行ったあの日、先生は公園でうずくまっていた私を探しに来てくれましたね。私、その時初めて、先生に本心を話したんです、生きているのが辛いって、寂しいって。その時は、先生が先生でなく、ただの優しい人だったから。
でも私は、先生には先生でいて欲しいのです。もし私が、優しいあなたに縋って、生きながらえたとしても、それは人の生命を吸って生きる吸血鬼と同じなのです。
そうなると、私には1本の道しかありませんでした。
でもとても怖いので、私は“確実に負ける賭博”をしていたのです。勝ったら死に、負けたら生きる、そういう賭けです。実は何度かそういうことをしたことがあります。いつも確実に負けるので、今回も負けると思っていましたが、勝ってしまいました。ただそれだけの事なのです。
長々と書いてしまってごめんなさい。つまり私は、誰よりもずっと、どこまでも優しいあなたが、重荷を背負わないようにと願っているのです。自惚れていると思うかもしれませんが。
あとは、このルーズリーフを三つ折にして、“遺書”と名前と、この手紙を最初に見るのはS先生がいいということを書くだけです。遺書と言うには、全然キチンとしていませんが。
今から飛び降ります。どうか立派な先生になってください。

                 サヨナラ


4/5/2023, 6:47:07 PM

題 星空の下で

第一の手紙

佐々木チエ子 みもとに
               山下フミエ より

ご無沙汰しています。
今日、やっと荷解きが終わって、職場の下見にも行ってきましたの。都会はビルヂングの巣窟ですわ、人や車がたくさん動いていて、私目眩がしましてよ。先日帰った田舎が懐かしくなりましたわ。
あなたも顔くらいは知っているかしら、女学校で私が所属していたテニス倶楽部のトウ子先輩がお亡くなりになったの、そのお葬式で帰郷したのよ。私のことをフミちゃん、フミちゃんて可愛がってくださった先輩でね、彼女も私と同じ電話交換手だったから、都会に来たら何かと頼ろうと思っていた方だったの。
訃報が来た時は、私吃驚しましたわ、だって、自殺と書かれていたんですもの。お葬式でご親族に詳しいことを聞くと、職場のビルヂングから飛び降りて、御遺体は水たまりに濡れて、それはそれは可哀想なお姿だったそうですわ。お亡くなりになった理由は聞かされなかったのだけれど、私悲しくて仕様がなくて、涙が止まりませんでしたの。
トウ子先輩は、天国に行きたいと願ったのかしら。だとしたらなぜ、地に落ちて行ったのかしら。そんなつもりはないけれど、若し死ぬのなら、私は空が綺麗な日に昇って行きたいわ、だって、落ちて尚、雨に濡れるなんて、あんまりにも惨めでしょう。そんな方法もないけれどね。
今度田舎に帰った日には、ちょっと遠出して、一緒にカフェーにでも行ってお話しましょうね。キット、都会の話を聞かして差し上げるわ。
                  サヨナラ


第二の手紙

チエ子さんは都会にはいらっしゃらないでくださいね。ダシヌケにごめんなさいね、でもどうしても、青空の下で、鶯の声を聞いて、百姓をしているであろうあなたを想像して、羨ましくて仕様がないのです。
それと言うのも、私がダメな人間だからですわ。本当に、本当ですのよ、私ってダメなんですって、どうやら覚えが悪いみたい。偉い人たちはみんな凄いですわ、言葉一つで、たくさんの人の運命を決められるんですから、キット、そういう神秘めいた力を、神様から与えられたに違いないわ。
失敗ばかりで情けないわ、そうして、そんな私を見られるのはもっと情けないんですの。チエ子さんが職場での私を見たら、キット耐えられませんわ。
でも私、もう少しだけ頑張ろうと思のです。何を頑張ればいいのか、よく分からないけれど、せっかく都会に出てきたのだから、きっと上手くやってみせますわ。
でも、チエ子さんは都会には来ちゃダメよ。キットよ。
                  サヨナラ


第三の手紙

絵葉書、ありがとうね。
チエ子さんは絵が上手ね、トッテモ素敵な鏡富士だわ。壁に飾って毎日見ているの。やっぱり、田舎の空は広くていいものね、コッチの空は、高い建築に喰われているの。特に夜なんて酷いものですわ、窓を開けても、繁華街の明かりばかりが、遠くにチカチカしているんですの、星なんてほとんど見えないんですのよ。
お仕事の方は、少し慣れてきたのよ、でもやっぱりダメみたい。私、お仕事ができてもダメなんですって。私が思うに、肝臓が悪いのね、きっとそうよ。もっとも、病気ではないと思うけれど、どこが悪いのかも、正確には分からないのよ。
チエ子さん、私、あなたの絵葉書のおかげで、少し元気が出たわ。ありがとうね。私やっぱり、チエ子さんには都会に来て欲しくないわ。こんな暗い夜空を、あなたの目に映したくないの。お願いね。ね。


第四の手紙

今、急いで手紙を書いています。この後、この手紙をポストに入れに行って、職場のビルヂングに戻るつもりです。
今日、コッチは朝からスゴイ嵐で、何とか出勤したんですけれど、停電してしまいまして、仕事になりませんでしたわ。夕方になるにつれて、嵐は空気中のチリを全部持って去っていったんです。そして職場を出ると、地面に大きな星空が出来ていたんですの。私、今日が私の望みを叶える唯一の方法だと思いましたの。そう思ったらもう、ドウシヨウモナクて、チエ子さんにだけは、都会の星空が、こんなにもスバラシイことを知っていて欲しくて、お手紙を書こうと思った次第です。
祝福してください。これから星空に昇ろうと思います。キット、トウ子先輩もそこで待ってくださっていますわ。
このお手紙は、誰にも見せないでください。私の弱さを知っているチエ子さんだけに、全てを知っていて欲しいのです。
後生ですから、チエ子さんは都会には来ちゃダメよ。
                  サヨナラ



4/4/2023, 10:05:32 AM

題 ひとつだけ

エ、私ですかい、何かしあしたか。⋯⋯ ホオォ──殺人事件⋯⋯ おっかないですな。⋯⋯ イヤァ、悪いことはせずとも、御巡りさんに声をかけられるとこわばっちまうのが法治国家の人間のサガってもんでさァ。
⋯⋯ ええ、ええ、もちろん協力いたしあすよ、何でも聞いてくだせぇ。
⋯⋯ 二日前の亥の刻ですかィ⋯⋯ そん時はウチに帰って夕刊を読んでましたんで、怪しいヤツがいたかは分かりませんなァ。モノスゴイ嵐だったから、雨が屋根に打ち付ける音しか響かんようでしたヨ⋯⋯。 ウチですかィ、ウチはここから北に十三町程歩いたところにありあすよ、古い下宿の一室を借りてるんでさァ。
⋯⋯ ヘェ、殺されたのはこの写真の女性ですかィ、若い命が奪われるのは心が痛みあすなァ。なんてったったって、断髪のモガ!私のストライク・ゾーンでありあす。⋯⋯ オッと、すいあせん、
⋯⋯ この女性なら、時々背ィの高い男と歩いてるのを見かけあす、なんでも、二人して毎日のように表通りの飲み屋を渡り歩いては、最後には女性のウチへ行って、裏の古井戸を覗き込んでいるようです。⋯⋯ ソ、古井戸。どうやら、女性の方には残虐色情(サディスト)のサガがあったようで、小ぃさい動物やら、犬やら、猫やら、イロイロ古井戸に捨てていたようです。若し、今でも使われている井戸だったらと考えると、背中が冷えますな⋯⋯。⋯⋯ イヤァ、表の仮面人間どもと違ってね、裏の人間どもの噂話はメロスよりも速く広がるんでさァ。
⋯⋯ ヘェ、正面から心臓を突かれたんですかィ⋯⋯。 だったらあの背ィの高い男がアヤしいなァ、⋯⋯ だって、正面から抵抗されずに近づけるのは、安心されている人間だけだろう。
⋯⋯ 男の方は、たしか、新聞記者らしいと聞いた。表通りのビルヂングで仕事をしいしい、仕事終わりには、あの女性と酒を引っ掛けて帰るのが日課らしい⋯⋯。
⋯⋯ 何をしているんですかィ。何故私に手錠をかけるんですかィ。⋯⋯⋯⋯ どうして⋯⋯。
⋯⋯ どうして、私が犯人だと⋯⋯ エ、ひとつだけ⋯⋯? たった一言だけミスをした⋯⋯?⋯⋯ 教えてくだせェ、次の参考に致しあすから⋯⋯。 自分で考えろって⋯⋯ エェ⋯⋯ 酷いですなァ⋯⋯。




4/1/2023, 6:27:15 PM

題 エイプリルフール

オォ─────イ、先生、居るかい⋯⋯。 おや、ハジメマシテ、新人サン。君は、火傷は診れるかい。⋯⋯ グラッツェ。
後ろに、火吹き者が居るのに気が付かなかったのサ。運悪く、背中を炙られてしまってネ、アハアハアハ⋯⋯。⋯⋯ イヤ、このサーカス団ではよくあることサ、みんな、思い思いに練習しているからね、今日は、ボクに炎をブッカケタイ気分だったのだろう。⋯⋯ そんなに酷いかい、あまり痛くは無いけどねェ⋯⋯ アハアハ。⋯⋯ アァ─、首のところのアザは気にしないでくれ、それは昔に付けたものだから⋯⋯。
⋯⋯ そういえば、フェデリーコ先生はどこに行ったのだい。⋯⋯ ヘェ、町医者に⋯⋯ ソレはザンネン!ボクたちは、彼にとてもお世話になったからね、将来はこのサーカス団で死んで欲しかった!
⋯⋯ ソ、もうひとりはボクの親友サ。出会ったのはズゥッと昔で、ズゥッと一緒に道化師(ピエロ)をしていた。ボクと同じ服を着て、同じメイクをして、同じ口調で喋るのサ。そのうちお互いの癖まで真似るようになって、お客さんの前に立つ度に、双子だと勘違いされたよ、アハアハアハアハ。
ボクはその度にヨロコビを感じたよ、大好きな親友の唯一無二の存在になれているのだから!
⋯⋯ ボクたちは、もっと一緒になろうとした。同じ料理を食べて、同じ身長にして、同じ名前にした。とてもゼイタクな日々だった⋯⋯。 新人が入る度に、ドッペルだと勘違いされたよ、アハアハアハアハ⋯⋯。 この上ないヨロコビだったよ⋯⋯。
⋯⋯ けれどネ、何かが足りなかった。ボクは最上を超えるヨロコビが欲しかったのサ。そのためには、何かが足りなかった。そのことを親友に泣いて訴えたら、親友も泣きながら、
「ヤッパリ、ボクらは同じだ、道化師(ピエロ)の名にフサワシイ存在サ。明日、ショウメイしようじゃないか。」
と言って、パペットのように寝てしまった。
⋯⋯ そして次の日、丁度1年前の今日、親友は死んでしまったのサ。2段玉乗りの練習をしていて、チョウシに乗って弾(はず)んだ時に落下して、ウチドコロが悪くて死んじゃった⋯⋯。
ボクはネ、最上を超えるヨロコビを感じたよ!!だって、キット、ボクは将来、そんなフウに死ぬだろうから!ボクの親友らしい死に方だ!⋯⋯ けれどネ、首の裏にアザが残ってしまったことだけが、ザンネンだった。ボクにはそんなアザはなかったからサ。
⋯⋯ おや、どうしたんだい⋯⋯ 医者のくせに具合でも悪いのかい。しかし、困るなぁ⋯⋯ キミには、も少し仕事をして欲しいのだけれど⋯⋯ キット、そろそろ⋯⋯。
⋯⋯ アァ、グットタイミングだ親友。新人サンに火傷を診てもらうといい⋯⋯。⋯⋯ ワオ、これは酷い。けれど、痛くはないだろう?
⋯⋯ エ、1年前に死んだって⋯⋯ ?アハアハアハ。騙したお詫びに、イイコトを教えよう。
道化師を人間と思ってはいけないよ、兄弟
朝を迎えたいかい、グラスホッパー
振り向かないこと!ココロッチ
カナリアが鳴いているよ、レモネード
耳を貸すな!ジンジャエール


3/30/2023, 7:44:10 AM

題 ハッピーエンド

ヤ、先生、こんにちは。オヤ、ガラクタが片付いている⋯⋯ アァ─奥さんですか、新婚生活が羨ましいですな、ハハハハ⋯⋯ 、 一度、お会いしてみたい⋯⋯。
進捗の方はどうですか⋯⋯ 。 ホオォ─────探偵小説(ミステリ)ですか、いや、意外です。
⋯⋯ ア、そうですか、恋物語はお辞めになる⋯⋯。 いやね、私(ワタクシ)も民草と同じ、あなたの夢世界に魅了された一人ですからネ。先生の物語は、みんなを幸せにできる⋯⋯。 これからも探偵小説を続けるおつもりですか⋯⋯ 少しザンネン。
⋯⋯ イヤァ、ハハハ、ヤハリ、あなたは私が担当した中で、1、2を争う小説家だ。⋯⋯ エ、アァ─、もう一人の天才は、もう書くのを辞めたんです。⋯⋯ 気になりますか⋯⋯ そうですか。
あの有名なQ先生ですよ。⋯⋯ そうです、あの“恋の神様”です。ヘェ──あなたもQ先生のフアンなのですか。どおりで、作風が似ていらっしゃる⋯⋯ ア、エラくスイマセン、失礼ですね⋯⋯。
世に知られるとおり、彼女の書く世界は清廉潔白、極楽浄土、フル・オブ・ラブを体現したものでした⋯⋯。 しかし、しかしネ⋯⋯ ご本人の恋はあまり良いものではなくてね、好い人には話しかけることもできない臆病者だったのですよ⋯⋯。
ある時、物書きの集まりで飲んだことがありましてね、Q先生はそこの若いバーテンダーに惚れ込みまして⋯⋯。 バーテンダーもQ先生に気があるようでして、仕事外でも連絡を取るようになったようです。
私(ワタクシ)、嬉しくってたまりませんでした。だって、アノQ先生が理想(ロマン)を現実にせんとしているのですから⋯⋯。
ほどなくして、お二人は結ばれました。⋯⋯ ズイブン、楽しそうでしたよ。だって、夢の現実世界ですからネ⋯⋯。 私は、お二人が指輪を交わす日を待ち望んでいました⋯⋯。
⋯⋯ しかしネ、そんな日は来ませんでした。バーテンダーは他に女を作っていたようです。Q先生との理想世界を、別の女とも作っていたようです⋯⋯。 彼奴は最期に、Q先生に酷いことを言って、どこかへ消えてしまったようです。
ソウ、“恋の神様”の夢世界は、盗賊の土足に踏み荒らされてしまったのです⋯⋯。 彼女は次第に憔悴していきました。ずぅっと涙を流して、長い髪を毟って、骨が透けるほどに痩せていきました⋯⋯。
私、悲しくてたまりませんでした。もう二度と、彼女の夢世界を見ることは叶わないのですから⋯⋯。 アァ、今思い出してもウラメシイ⋯⋯。 でもネ、もう過ぎ去ったことなのですよ。私は彼奴の行く末をよくよく存じておりますから⋯⋯。
⋯⋯ ある時期から、彼女はもう一度、夢の現実世界を目指し始めました。髪を梳かし、荒れた部屋を片付け、3食栄養のある食事をとるようになりました。元来、彼女は綺麗好きでしたからネ⋯⋯。
私が、
「どういう心境の変化だい。」
と聞けば、彼女は1冊の小説を見せながら、
「やっぱり、こうでなくちゃね。」
と言って、また髪を梳かしました。
その小説も、素晴らしい恋物語でした。まるで、Q先生がもうひとり現れたかのような錯覚を起こしました。ペンネームは忘れてしまいましたが、駆け出しの新人作家だったように思います⋯⋯。
それから暫くして、Q先生はどこかへ越して行きました。今はどこで何をしているのか分かりませんが⋯⋯。
⋯⋯ エ、何をしているのですか。アァ、探偵小説(ミステリ)が跡形もない⋯⋯。 ⋯⋯ エ、〆切ですか、三日後ですが。⋯⋯ 書き直すって⋯⋯ ハハ、承知しました、編集長に掛け合ってみましょう。ハハハ、新作が楽しみですなァ⋯⋯ ハッハッハハハハハハハ⋯⋯。




Next