K作

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3/28/2023, 4:39:17 PM

題 見つめられると

あら、そんなに見つめられると恥ずかしいわ。本当よ、恥ずかしすぎて手元が狂っちまいそう⋯⋯。
一見さんには私の珈琲を飲んでもらうのが、このカフェーのルールなのよ。ほほほ⋯⋯ 安心して、きっと美味しいって言わしてみせるわ。
そうそう、随分前にも、あんたみたいに私が珈琲を入れるのをジィっと見ている子がいたのよ。いや、客じゃあないんだけどね⋯⋯ 。アラ、聞いてくれるの、恩に着るワ⋯⋯ こんな年寄りの昔話を。
私が若い頃の話よ⋯⋯ 自分で言うのも何だけれど、この店が、この辺りじゃあハイカラで洒落ているって名前が知れてきた頃、近くの中等学校の制服を着た少年がダシヌケにやってきてね⋯⋯。
「珈琲の入れ方を教えてください。」
って言うものだから、私吃驚してね。だって、あのくらいの歳の子はみんな、カルピスだとか、あいすくりんだとか、甘いものを口にしたがるからさ⋯⋯。
私、一寸怖い顔して言ってやったワ。
「悪いこと言わないから、冗談はよしな。他所の子の面倒見るほど暇してないのよ。大人しく学校に行きなさい。」
って。少年は学生帽の下から私のことを睨んでいたわ。いや⋯⋯ 今思うと、目付きが悪いだけだったのかもしれないわネ。
その日はそれで帰って行ったのだけど、次の日も少年は店の戸を開いたわ。
「学校は辞めてきた、もう行くべき場所はない。珈琲の作り方を教えてください。」
って言ってネ。そんなことを言われたら私、なんだか脅されているような気がしたわ。仕様がないから、仕事の邪魔をしないことを条件にキッチンに入ることを許したのよ⋯⋯。
少年は、毎日ここに来ては、私が珈琲を入れるのを見つめていたワ。そう、ソコのスミの腰掛けに座ってね⋯⋯。
⋯⋯ ハイ、ドウゾ。ブラジルに角砂糖3つ、ミルクは一回し。きっと、美味しいって言うワ。
⋯⋯ エ、エエッ⋯⋯ おいしくない⋯⋯ ?古臭いかしら⋯⋯ 。あら、飲んでくださるって⋯⋯ 恩に着るわ。
私はね、お得意様の好みなら全部知っているのよ。若い頃は、メニュウにあるドリンクを覚えるだけだったけれどね⋯⋯。
⋯⋯ あの少年は、毎日1杯だけ、私に珈琲を入れてくれたわ。それは私が店仕舞いをしている間にできる、唯一の珈琲だったノ。私正直者だからサ、顔に出して不味いって言ってやったわ。
私も毎日1杯だけ、少年に珈琲を入れてやったわ、メニュウからテキトウに選んでね。⋯⋯ 元々、私には閉店後に1杯やる習慣があったのよ。だから少年と珈琲を交換してやったの。⋯⋯ 少年も、眉間に皺を寄せて不味そうに飲んでいたわ⋯⋯。
私、不満だったのよ。だって私はオーナーだもの。うちの店の珈琲に文句があるなんて許せなかったワ。だからある日、
「見習いのくせになんだいその顔は。そもそも、あんたみたいな子供にうちの珈琲は馬子にも衣装だワ。ホット牛乳の方が似合っていてよ。」
って言ってやったのよ。
少年は表情を変えることも無く、
「俺も早く、珈琲が飲めるようになりたいです。」
って、カップを見つめながら言ったわ。私一寸不思議に思って、
「飲めないくせに、どうしてバリスタを目指してるのよ。」
って聞いたら、そっぽを向かれたわ。
⋯⋯ 私、若かったのよ。あのくらいの歳の子が考えることなんて忘れるくらい歳をとって、察するには不十分なくらい歳をとっていなかったのよ。
ムキになった私は、次の日の珈琲に角砂糖とミルクをたっぷり入れてやったわ。その日の少年の珈琲も不味かったけれど、私の珈琲は喉を通ったみたいよ⋯⋯。
でもね、美味しくはなかったみたいよ。私、悔しかったワ。どうしても少年に美味しいって言わせたかったわ。
そうやって2ヶ月くらいが経った頃、少年にはモカに角砂糖4つ、ミルクを二回しの珈琲を入れたノ。少年が美味しく飲めるようにしてやりたかったのよ⋯⋯ 。少年の珈琲も、幾分マシになっていたわ。だから不味いと口にするのはやめてやったのよ。
⋯⋯ ほほほ。ええ、褒めてはやらなかったノ。だって本当に、やっと喉を通るようになっただけだったんだもの⋯⋯。
⋯⋯ あら、おかわりね。次こそ美味しいって言わして見せるワ。
⋯⋯ それでネ、ブラジルに角砂糖2つ、ミルクを三回しの珈琲を入れた次の日、少年はここに来なかったノ。最初は風邪か知らん、と思っていたけれど、その日以降、少年が腰掛けに座ることはなかったわ。
⋯⋯ まだあの子に美味しいと言わしていないのに。⋯⋯ まだあの子の珈琲に納得出来ていないのに⋯⋯ 。恨んでやろうと思ったこともあったワ。
けれどネ、あるお得意様に聞いたノ。その方のお孫さんは、あの子と同じ中等学校に通っていたから、昼間からこの店にいるあの子を心配していたみたいよ。
⋯⋯ あの子、イジメを受けていたのよ。私の言葉のせいで学校を辞めたんじゃなかったのよ。詳しいことは分からなかったけれど、随分酷いことをされたらしいワ。遠くの学校に転校して、それきりだと聞かされたわ。
⋯⋯ 私ネ、その時ようやく、あの子が珈琲を飲めるようになりたがったワケが分かった気がしたのよ。
⋯⋯ ごめんなさい、私、何もしてやれなかった⋯⋯ 。ごめんなさい⋯⋯ ごめんなさい⋯⋯ 。
⋯⋯ あら、慰めてくれるノ。ありがとうネ⋯⋯ 。ア、今度は、ブラジルのブラックよ⋯⋯。⋯⋯ ほほほ、その言葉が聞けてよかったワ⋯⋯ 。随分、大人になったのね、よかったワ⋯⋯ 。⋯⋯ エ、エエッ、あんたもカフェーをしてるノ。ほほほ、ほほほ。