K作

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題 誰よりも、ずっと

S先生へ

本当はちゃんとした便箋に書きたかったけれど、ルーズリーフしかなかったのでこれで許してください。
今日、初めて授業をサボりました。さっきまですごくドキドキしていて、今からでも教室に戻ろうかと思っていたけれど、30分も経てばもう、私を脅迫するものはなくなりました。
今、学校の屋上にいます。本当は生徒は立ち入り禁止で、鍵がかかっているのは知っていたけれど、他に思いつくところもなかったので来てみました。その時に、ちょっとした賭けをしてみました。屋上の扉が開いたら勝ち、開かなかったら負けという賭けです。
祝福してください、私は勝ちました。あー天啓かしらって思って、なんで鍵がかかっていなかったのかとか、そもそもここに来るまでに授業中と言えど誰にも会わなかったなとか、深く考えることを止(や)めました。
本当はこんなものを書くつもりはなかったのですけど、なんだか寂しくなってしまったので、これをS先生へ向けて書くことを許してください。
先生は初めて会った時から私に優しかったですね。でもそれは、それが先生の仕事だからと私は分かっていました。新卒の精神科医として、目の下にクマを飼うほど、お仕事を頑張っているのだと思っていました。でも私は、あなたを信用できなくて、本心を話そうとしませんでした。先生の仕事は、多くの人の苦しみを取り除くのではなく、苦しみを聞くだけだと知っていましたから。
先生はよく、私が些細なことをする度に、私に「ありがとう」って言いましたね。でもそれはマニュアルなのだと分かっていました。ありがとうという言葉は人に価値を与える言葉だから、患者さんにたくさん使いましょうね、っていう上司の指示なのでしょう。
でも、あることがきっかけで、私の先生に対する色眼鏡は取り外されたのです。
先生は覚えているでしょうか、もしかしたら、私の知らないところで、他の人にも同じことしていたら、覚えていないでしょうが。私が、両親の離婚のことでどうしても耐えられなくなって、夜に家を出て行ったあの日、先生は公園でうずくまっていた私を探しに来てくれましたね。私、その時初めて、先生に本心を話したんです、生きているのが辛いって、寂しいって。その時は、先生が先生でなく、ただの優しい人だったから。
でも私は、先生には先生でいて欲しいのです。もし私が、優しいあなたに縋って、生きながらえたとしても、それは人の生命を吸って生きる吸血鬼と同じなのです。
そうなると、私には1本の道しかありませんでした。
でもとても怖いので、私は“確実に負ける賭博”をしていたのです。勝ったら死に、負けたら生きる、そういう賭けです。実は何度かそういうことをしたことがあります。いつも確実に負けるので、今回も負けると思っていましたが、勝ってしまいました。ただそれだけの事なのです。
長々と書いてしまってごめんなさい。つまり私は、誰よりもずっと、どこまでも優しいあなたが、重荷を背負わないようにと願っているのです。自惚れていると思うかもしれませんが。
あとは、このルーズリーフを三つ折にして、“遺書”と名前と、この手紙を最初に見るのはS先生がいいということを書くだけです。遺書と言うには、全然キチンとしていませんが。
今から飛び降ります。どうか立派な先生になってください。

                 サヨナラ


4/9/2023, 6:32:49 PM