K作

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題 星空の下で

第一の手紙

佐々木チエ子 みもとに
               山下フミエ より

ご無沙汰しています。
今日、やっと荷解きが終わって、職場の下見にも行ってきましたの。都会はビルヂングの巣窟ですわ、人や車がたくさん動いていて、私目眩がしましてよ。先日帰った田舎が懐かしくなりましたわ。
あなたも顔くらいは知っているかしら、女学校で私が所属していたテニス倶楽部のトウ子先輩がお亡くなりになったの、そのお葬式で帰郷したのよ。私のことをフミちゃん、フミちゃんて可愛がってくださった先輩でね、彼女も私と同じ電話交換手だったから、都会に来たら何かと頼ろうと思っていた方だったの。
訃報が来た時は、私吃驚しましたわ、だって、自殺と書かれていたんですもの。お葬式でご親族に詳しいことを聞くと、職場のビルヂングから飛び降りて、御遺体は水たまりに濡れて、それはそれは可哀想なお姿だったそうですわ。お亡くなりになった理由は聞かされなかったのだけれど、私悲しくて仕様がなくて、涙が止まりませんでしたの。
トウ子先輩は、天国に行きたいと願ったのかしら。だとしたらなぜ、地に落ちて行ったのかしら。そんなつもりはないけれど、若し死ぬのなら、私は空が綺麗な日に昇って行きたいわ、だって、落ちて尚、雨に濡れるなんて、あんまりにも惨めでしょう。そんな方法もないけれどね。
今度田舎に帰った日には、ちょっと遠出して、一緒にカフェーにでも行ってお話しましょうね。キット、都会の話を聞かして差し上げるわ。
                  サヨナラ


第二の手紙

チエ子さんは都会にはいらっしゃらないでくださいね。ダシヌケにごめんなさいね、でもどうしても、青空の下で、鶯の声を聞いて、百姓をしているであろうあなたを想像して、羨ましくて仕様がないのです。
それと言うのも、私がダメな人間だからですわ。本当に、本当ですのよ、私ってダメなんですって、どうやら覚えが悪いみたい。偉い人たちはみんな凄いですわ、言葉一つで、たくさんの人の運命を決められるんですから、キット、そういう神秘めいた力を、神様から与えられたに違いないわ。
失敗ばかりで情けないわ、そうして、そんな私を見られるのはもっと情けないんですの。チエ子さんが職場での私を見たら、キット耐えられませんわ。
でも私、もう少しだけ頑張ろうと思のです。何を頑張ればいいのか、よく分からないけれど、せっかく都会に出てきたのだから、きっと上手くやってみせますわ。
でも、チエ子さんは都会には来ちゃダメよ。キットよ。
                  サヨナラ


第三の手紙

絵葉書、ありがとうね。
チエ子さんは絵が上手ね、トッテモ素敵な鏡富士だわ。壁に飾って毎日見ているの。やっぱり、田舎の空は広くていいものね、コッチの空は、高い建築に喰われているの。特に夜なんて酷いものですわ、窓を開けても、繁華街の明かりばかりが、遠くにチカチカしているんですの、星なんてほとんど見えないんですのよ。
お仕事の方は、少し慣れてきたのよ、でもやっぱりダメみたい。私、お仕事ができてもダメなんですって。私が思うに、肝臓が悪いのね、きっとそうよ。もっとも、病気ではないと思うけれど、どこが悪いのかも、正確には分からないのよ。
チエ子さん、私、あなたの絵葉書のおかげで、少し元気が出たわ。ありがとうね。私やっぱり、チエ子さんには都会に来て欲しくないわ。こんな暗い夜空を、あなたの目に映したくないの。お願いね。ね。


第四の手紙

今、急いで手紙を書いています。この後、この手紙をポストに入れに行って、職場のビルヂングに戻るつもりです。
今日、コッチは朝からスゴイ嵐で、何とか出勤したんですけれど、停電してしまいまして、仕事になりませんでしたわ。夕方になるにつれて、嵐は空気中のチリを全部持って去っていったんです。そして職場を出ると、地面に大きな星空が出来ていたんですの。私、今日が私の望みを叶える唯一の方法だと思いましたの。そう思ったらもう、ドウシヨウモナクて、チエ子さんにだけは、都会の星空が、こんなにもスバラシイことを知っていて欲しくて、お手紙を書こうと思った次第です。
祝福してください。これから星空に昇ろうと思います。キット、トウ子先輩もそこで待ってくださっていますわ。
このお手紙は、誰にも見せないでください。私の弱さを知っているチエ子さんだけに、全てを知っていて欲しいのです。
後生ですから、チエ子さんは都会には来ちゃダメよ。
                  サヨナラ



4/5/2023, 6:47:07 PM