「雨は嫌いなんだ」
彼はぽつりと呟いた。ギシギシと軋む古い椅子に腰掛け、窓際に頬杖をついて外を眺めている。こちらからその表情は見えない。
「何かを失う日はいつも雨だった」
言葉を僕に投げかけているようにも、ただ呟いているだけのようにも思えた。返事は期待していない、それだけは確かだ。
「ここは雨が多くて嫌になる」
彼の金髪が揺れる。雨雲によって太陽光が遮られている今、彼の輝くような髪は彩度を落として僕の目に入ってきている。
果たして彼に対して何が出来るのだろうか、と思った。所詮僕はただの人間だし、雨を降らせないようにするなんて神の所業が出来るわけでもない。僕が神だったら目の前で表情も見せずただぼんやりと追憶にふけっているマヌケな彼のために雨という雨を一切降らせないようにするのもやぶさかではないが、あいにく僕にそんな能力はなかった。
君以外には何もいらない。
そう呟くと、彼は困ったような表情をして、俺から目を逸らした。
ずっとずっと思ってきた人。
今さら俺のものになるとは思ってないけど、彼は俺の気持ちを知ってるはずだったのに。
「誕生日何がほしい?」
なんて聞いたら、そう返すに決まっているだろう。それともこのお気楽脳天気な友達想いの彼は、そんな可能性にも気づかなかったのだろうか。気づかなかったんだろう。
彼の頬をそっとなぞる。せめて、これくらいは許してほしい。
彼は固まったまま何も言わない。
こっそり、彼の横顔を見つめる。頬杖を付きながら忙しくなく仕事をする彼を見ていた。
彼の真剣な表情、整った目鼻立ち、潤っている唇、柔らかそうな頬、夜色の瞳。
ずっと見ていても飽きないな、と思った。こうして彼が仕事をしているのを俺がここで見ている。ずっと、今日が終わっても明日になっても1週間後休日が訪れても、ずっと、ずっと。その案はひどく魅力的に思えた。
「1つだけ、俺のものをあげるならなにがほしい?」
「そうだな……カバンに隠し持っているファンタかな」
彼は固まって、そそくさと離れていった。俺は適当な本を読んでいて、ファンタを取られないようにする彼をにやにやと眺めていた。
「なんで知ってるんだ!」
「さあ」
誤魔化すと、彼は悔しそうな顔をした。ふくれっ面で俺に近寄ってきて、ぺしぺしと頭を叩いてくる。俺の貴重な脳細胞が死んでいくのでやめてほしいのだが、彼はお構い無しだ。
「じゃあ、俺のものも1つだけなにかやるよ。なにがほしい?」
そう聞くと、彼はきょとんとした。豆鉄砲を食らった鳩のような顔をして愛らしい。
たっぷりと考えた後、彼は答える。
「君がほしい」
そんなもの、とっくに君のものだというのに?ジュースを隠し持っているくせに、どうにも無欲で困ってしまう。
きらきらと輝く薄蒼の瞳。1つ目、俺の好きな所。
「君の目は綺麗だ」
舌で唇を舐めると、彼はくすぐったそうにした。目を細めて俺を見やると、彼も俺に口づける。しばらく口の中で溶け合っていて、やがて離れると俺は瞼にキスを落とした。
「鼻の形も整ってるし、彫りが深い顔は見てて飽きない」
「顔だけか?」
拗ねたように低い声で言うと、彼は拗ねてしまった。苦笑して軽く唇をくっつける。
「全部好きだよ」