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9/25/2023, 7:54:47 AM

「形のないもの」

静かに雨が降っていた。
なでるように、音もなく。
ゆるゆると雲を絞るかのように降る。
しとしとと、葉を濡らし、脈を伝って地に雨跡をつけた。
それはまるで、木漏れ日のようで。
落ちた雨は斜面を伝い、水同士がくっついていく。
それは同心円状に広がって。
何もない日々に、鮮やかな色を付けていた。


雨が降っていた。
雲は黒くなく、ただ普通の白い雲に見えている。
それはまるで、ぞうきんを絞って、水を滴らせるような。
重さで、重力で、落ちてしまったというような。
そんな雨だった。
頬に、水が当たる。
部屋にいたというのに、窓から雨が粒となって濡れた。
ツーっと伝って、首筋に当たる。
涙に様になってしまったな、と苦笑する。
でもそれは的を射ていて。
自分の心を再現しているようだった。


「存在って何だろう」
そう、君に聞いたことがあったか。
何年前だろう。分からない。
君はどう答えたんだったか。
考えていくうちに、その記憶は徐々に鮮明化してきて。
まるで目の前に君がいるかのように。

「存在は、概念としてあるもの、だよ」
君は薄い笑みを浮かべた。優しい笑みだった。
「概念として、考えるもの。考えられるもの」
僕は考え込むように下を向き、手を口に当てた。
存在の意味は分かる。そこにあるもの。そして、こと。
でも君の答えが知りたかった。
哲学的なことを言ってくれる君の答えを。
でも今回は。
「……どういうこと?」
意味が分からなかったのだ。
概念。考えられるもの。どういう意味か、分からなかった。知りたかった。

君は静かに、口に弧を描く。
「存在は、私たちが考えることのできるものを指すと思う」
「考えられうるもの。想像できるものも含めて、全部」
その笑みは、まるで慈しむようで。
「見えるもの全てじゃあない。感じるもの全てじゃあない」
そう、断言する。
「それを、存在と言うんだよ」
子供に言い聞かせるような、まじめな顔だった。
でも、それを言った瞬間に、頬が緩んで。
「ね?」
どう? 分かった? そう確かめるかのように君は聞いた。
その言葉に僕も笑みを浮かべる。
その笑みはずっと見ていたかった。
「うん」
そう、言い切った。


何年前のことだっただろう。
あの頃から、君に随分と会っていない。
何もない無機質な生活を永遠に送っているようだった。
変わらない生活がこれからも続くと思っていた。
でも、君のことを思い出して。
僕はやっぱり君に会いたいのだと実感する。

君との記憶は、頭にこびりついたように、離れない。離さない。
僕からしたら、君こそ永遠に変わらない存在で。
形のない、想像でしかなくても、それは存在で。
ただ、夢のような幻でも、会いたかったんだ。
そんな気持ちがずっと渦巻いている。

雨はまだ、絞り込むように、降っていた。

9/21/2023, 9:59:40 AM

「大事にしたい」

急に目を覚ました。
何もないときだと言うのに、なぜだろうか。
幾度かまばたきをしたあと、これが夢じゃないことを理解した。
どうやら、本当に起きてしまったらしい。
暗い部屋の隙間から、明かりが漏れ出している。
リビングからテレビの音が聞こえた。点けてそのままだったのだろうか。
目の前には、天井が広がっている。
ごろん、とベッドを転がった。
頭には、一つの問いがぐるぐると回っていた。


一生大事にしたいものってなんだろうな。
そう、唐突に思った。
なにか考えがあるわけでもない。ただ、その考えが思い浮かんだ。
寝る前だというのに、まるで寝れなくなるような問いだ。と少し苦笑する。
自室に入り、戸を閉める。がチャリ、と音がした。

もう夜も更けて、月も出ている。夜の11時過ぎ。
まあでも、ちょっとした暇潰しにはいいのかもしれない。確かに、楽しくもないし。
考えるのはあまり好きではないが、好きじゃないだけだ。やりたいと思えば、いくらだって浮かんでくる。
ベッドに寝転がった。少し沈み、置いてあったぬいぐるみが転がってくる。
辺りは、もう真っ暗になっていた。


「大事なもの」
それは人によって違う。
夫が大事だ。子供が大事だ。と同族を選ぶ者もいれば。
ぬいぐるみが大事だ。この本が大事だ。と人工物を選ぶ者もいる。
それが人によって異なる感性、と言うものだろう。

僕の場合はなんだろうか。

家族?
それは、血の繋がっている、というだけの同族。同族同士で結婚したところで繁殖もうまく行かない欠陥品。大事にしたところで、どうせ消えてしまうもの。
一生を賭けるほど、僕は人間ができていない。
物? それだって、捨ててしまえば、無縁の物。使わなければ、意味のないもの。
確かに好きな本もぬいぐるみもある。だけどそれだけ。後々使わないなら、一生を賭けるようなことはできない。

はあ、とため息を吐いた。本当に僕は欠陥品だ。人間として、おかしい。
普通はもっと、気軽に使うものだ。そんなの分かっているはずなのに。


でも、もしかしたらひとつあるかもしれない。ふと、思い付いた。
ひとつだけ。家族でも物でもない。
頭に浮かんだのは、君の顔だった。

一生大事にできるか、と問われたら、その答えは不透明なところだろう。
自分でも、できるわけがないと諦めてしまう。
でも、一生を賭けられるのは、君しかいない、と思った。ただの勘だった。

君はもう、いない。いつか、消えてしまった。
でも、想うことだけは、できる。
願うことだけは、いとも簡単にできる。

いつの間にか、暗いところにいた、
脳は、眠っているらしい。俗に言う、金縛りか。
体を動かそうという発想すら浮かばなかった。考えていたのは、この問いだけだった。

この考え、この気持ちは、君への感謝と応えだ。
それだけは、僕の人生、嫌、一生を賭けられるぐらい、「大事にしたい」ものだと思った。

夜は更け、街灯に誰かの陽炎が、伸びた。

9/20/2023, 9:51:49 AM


「時間よ止まれ」

眩しい、感じがした。
瞼は閉じているのに、太陽が当たって、目の前は黄色く染まる。
何もないはずの思考は照らされた部分から、ちょっとずつ明るくなっていく。
もう少し寝たいな。そんな邪心さえなく、ただ自然の香りがするな、と思う。
言うならば涼しいにおい。優しい香り。
目を開いた。
そこには静かな草原が広がっている。
青々とした草花。静かに揺れる木々。
そんな自然的な美しい光景が、ずっと続いていた。


この世界に魔法があったらどうなるだろうか。
ふと、そんなことを思った。
特になんてことない朝だ。思考は鈍く、薄っぺらい。
だからこそかもしれない。何もしたくない。やりたくない。疲れた。
だからこんな邪推な事を考える。
変わらない一日の、朝だった。

不思議だった。寝不足の頭が稼働をし始め、一日のルーティーンを繰り返す。
「この世界に魔法があったらいい」
確かにそうも思う。
魔法という非科学的な要素がこの世界にあれば、どれだけ自分が楽だろうか。
小説、漫画、アニメ。ファンタジックなことができたら、どれだけ世界が変わることか。
水、火、植物という自然。光、闇まで。そんなものまで操れたら、どれだけ楽しいか。

オーブントースターがチン、と音を鳴らす。
席を立ち、座らないままパンを齧った。

まあでも、難しいだろうな。
そう思考は変な方まで曲がりくねる。
そんなことは分かっていた。でも、それでも考えていた。

まず、操ることが不可能である点。
水や火など、人は体外的なものはほとんど操れない。水、火をつくることは可能としても。

そして、それに不思議な力がある点。
それらを操るのは、力がいるらしい。作品にもよるが。
まずその力を操れるまで上達するのも、ほぼ不可能に近い。
人間という動物に知能はあっても、他に特別なものはない。権力も、魔法を使う力も。
だから、絶対に、無理なのだ。

やっぱり変な方に曲がった思考を、頭をブンブンと振って、追い出す。

魔法を使う。
やっぱりそれは、おとぎ話でしかない。
所詮、夢物語に過ぎない。
そんなのわかりきっている事だった。


でも。でもな。
いつの間にか食べきっていたパンに粉を床に落としながら思う。
魔法を使ってみたい。今でもそれは変わらない、夢のような存在で。
不可能と分かっていても希望を抱いてしまう。解かっているのに。

でも。君と会った時に戻りたい。そう願うのは酷だろうか。


朝8時。車で君をターミナルまで送り出して、向き合って。
じゃあね、と弾んだ感じで君は言った。
そのあとはお互い、声が出なかった。
ただ無と喜が空気を包んでいた。
それでよかったのだと、僕は思っていた。
そのあと、僕は立ち去ってしまった。一言も交わすことなく。

そのあと、君が亡くなったと、聞いた。飛行機事故だったそうだ。
僕は何をするでもなく、呆然と立ち尽くしてしまった。


君とあの時から、もう会えていない。会うことができない。
あの時に、言った言葉が、本当になればよかったのに。

『時間よ止まれ』

第三者からしたら、意味のない言葉だ。もしかしたら、焦っている人の言葉にも聞こえたかもしれない。
でも、いまの僕からしてみればそれは、とても美しい響きだった。
とても、綺麗な言葉だった。


それが、本当になると日が来ればいい。
魔法が使える日が来るといいな。
そう、思った。

9/19/2023, 9:23:13 AM

「夜景」

風が強い日だった。
半開きにした窓から強い風が吹き、カーテンが揺れる。
舞うように、それでいてバサバサと音を立てた。
それと共に、僕の頬にも風があたる。
温かく、強く。少し冷たさを入れて。
隙間から、空が見えた。建物はここから遠くて。
月と、星だった。綺麗な三日月と、満点とはほど遠い、それでも微かに見えるような、星。
優しく、微笑むように、瞬く。
僕のとなりには、君が居た。


家を買った。静かな、質素な家を。
白かった。ほとんど、なにもなかった。ただ、そこは「部屋」という区切りがあるだけだった。
強いて言うならば、大きな窓があったぐらいだろうか。
それでも、買いたくなった。一度そこからの景色を見ただけで、それと決めたほどに。
なにか引かれるかのように、購入した。

ただの、田舎近くの一軒家だ。
屋根があって、三階があって、台所があって、リビングがあって。
それだけ。でも良かった。
そこには「怖い」も「楽しみ」もなかった。
「自分で決めた」という、安堵感だけがたたずんでいた。

今日までは、毎日毎日、同じことの繰り返しだった。
昔買った家具を段ボールへと運び、要らないものをまとめ、捨てる。
段ボールに、ただ詰めるだけ。それだけ。
ほとんど無意識に、作業化した毎日を送っていた。

今日は、新しい家に行く日。否、住む日。
引っ越し業者の隣に座り、静かに景色を眺めていた。
午後3時。着くまではあと、三時間。
ボーッと過ぎていく景色を眺めていた。
横ズレする映像のような感覚だった。かといって、特になにも感じないが。


なぜ、この家を選んだのだろう。
そんな疑問が、頭のなかを横切った。
適当に考え付いたものだったが、確かに自分でも分からなかった。
一度考えたら、根本まで知りたくなる質だ。一度ぐらい考えてもいいか、と思う。
なぜだろう。なぜあの家を選んだ? 一度しか、景色しか、見ていないのに。

否、それは一瞬で分かった。
一度やってみてはまらなかったパズルが、もう一度組み直され、カチリとはまっただけのこと。
それでも、僕にとってはとても重要で、少し息を飲むようなことだった。

僕は、あの景色を一度しか見ていない? 
そんなことない。
あの景色は、あの窓から見た景色は、君と見た景色と、とてもよく似ていたんだ。


幼い頃の、お話。
僕は、ずっと家にこもるような子供だった。
誰かが「外で遊ぼう」といっても、行かないような子供。
でも君は、ずっと家にいた僕を気遣いながら、外に出掛けさせた。無理矢理といってもいいかもしれない。
手を引っ張って、外まで出させて。

よく、空き家に行った。誰もいない、誰も来ない、質素な家。
景色を見るためだ。と君は言った。
君に連れられて入るのが、普通になっていた。
今なら不法侵入だ、と言えるぐらいのことだが、あのときにそんなことは知らない。

その家は三階建てだった。あの頃の僕にはそれだけ上るのすら辛くて。
でもそのぶん、そこから見る景色は、絶景だった。
青い空、白い雲。ときには、赤く染まった夕焼けも交えて。綺麗な昼空と朝空だった。
僕らの中に言葉はなかった。
言葉はなくても、それだけで良い。
そんな感覚だった。

僕は、そのあと、引っ越してしまった。母方の祖母が亡くなったためだ。
もともと祖母が体を悪くしたから、あの近くにいたというだけのこと。

でも君には、なにも言えない別れだった。分からなかったんだ。本当に、会えなくなるなんて。


家に着いた。段ボールを何箱か運んで、積み上げる。でも、開けはしなかった。
段ボールを開ける前に、したいことが、あった。

階段に、足を傾ける。ギシギシと、いつか聞いたよりも重い音が鳴る。
着いた、と同時に息を吐いた。三階まで歩いたら疲れるのは、変わらない。
ゆらり、と陽炎が伸びる。
その先にあるのは、窓。

夕暮れだった。ここでは、初めてみる空。
その景色は、いつの日か見た情景と、ほんの少し重なって。
空が、赤く染まっていく。水色は薄まりを見せる。
それは、とても綺麗な、夕焼けだった。

カーテンを閉める。一気に、明かりは消えて。
否、まだ見てはいけないんだ。


このあとに咲く、夜景よ。
それは、また今度。君と、見ていたい。

9/15/2023, 9:40:51 AM

「命が燃え尽きるまで」

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