「時間よ止まれ」
眩しい、感じがした。
瞼は閉じているのに、太陽が当たって、目の前は黄色く染まる。
何もないはずの思考は照らされた部分から、ちょっとずつ明るくなっていく。
もう少し寝たいな。そんな邪心さえなく、ただ自然の香りがするな、と思う。
言うならば涼しいにおい。優しい香り。
目を開いた。
そこには静かな草原が広がっている。
青々とした草花。静かに揺れる木々。
そんな自然的な美しい光景が、ずっと続いていた。
この世界に魔法があったらどうなるだろうか。
ふと、そんなことを思った。
特になんてことない朝だ。思考は鈍く、薄っぺらい。
だからこそかもしれない。何もしたくない。やりたくない。疲れた。
だからこんな邪推な事を考える。
変わらない一日の、朝だった。
不思議だった。寝不足の頭が稼働をし始め、一日のルーティーンを繰り返す。
「この世界に魔法があったらいい」
確かにそうも思う。
魔法という非科学的な要素がこの世界にあれば、どれだけ自分が楽だろうか。
小説、漫画、アニメ。ファンタジックなことができたら、どれだけ世界が変わることか。
水、火、植物という自然。光、闇まで。そんなものまで操れたら、どれだけ楽しいか。
オーブントースターがチン、と音を鳴らす。
席を立ち、座らないままパンを齧った。
まあでも、難しいだろうな。
そう思考は変な方まで曲がりくねる。
そんなことは分かっていた。でも、それでも考えていた。
まず、操ることが不可能である点。
水や火など、人は体外的なものはほとんど操れない。水、火をつくることは可能としても。
そして、それに不思議な力がある点。
それらを操るのは、力がいるらしい。作品にもよるが。
まずその力を操れるまで上達するのも、ほぼ不可能に近い。
人間という動物に知能はあっても、他に特別なものはない。権力も、魔法を使う力も。
だから、絶対に、無理なのだ。
やっぱり変な方に曲がった思考を、頭をブンブンと振って、追い出す。
魔法を使う。
やっぱりそれは、おとぎ話でしかない。
所詮、夢物語に過ぎない。
そんなのわかりきっている事だった。
でも。でもな。
いつの間にか食べきっていたパンに粉を床に落としながら思う。
魔法を使ってみたい。今でもそれは変わらない、夢のような存在で。
不可能と分かっていても希望を抱いてしまう。解かっているのに。
でも。君と会った時に戻りたい。そう願うのは酷だろうか。
朝8時。車で君をターミナルまで送り出して、向き合って。
じゃあね、と弾んだ感じで君は言った。
そのあとはお互い、声が出なかった。
ただ無と喜が空気を包んでいた。
それでよかったのだと、僕は思っていた。
そのあと、僕は立ち去ってしまった。一言も交わすことなく。
そのあと、君が亡くなったと、聞いた。飛行機事故だったそうだ。
僕は何をするでもなく、呆然と立ち尽くしてしまった。
君とあの時から、もう会えていない。会うことができない。
あの時に、言った言葉が、本当になればよかったのに。
『時間よ止まれ』
第三者からしたら、意味のない言葉だ。もしかしたら、焦っている人の言葉にも聞こえたかもしれない。
でも、いまの僕からしてみればそれは、とても美しい響きだった。
とても、綺麗な言葉だった。
それが、本当になると日が来ればいい。
魔法が使える日が来るといいな。
そう、思った。
9/20/2023, 9:51:49 AM