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9/20/2023, 9:51:49 AM


「時間よ止まれ」

眩しい、感じがした。
瞼は閉じているのに、太陽が当たって、目の前は黄色く染まる。
何もないはずの思考は照らされた部分から、ちょっとずつ明るくなっていく。
もう少し寝たいな。そんな邪心さえなく、ただ自然の香りがするな、と思う。
言うならば涼しいにおい。優しい香り。
目を開いた。
そこには静かな草原が広がっている。
青々とした草花。静かに揺れる木々。
そんな自然的な美しい光景が、ずっと続いていた。


この世界に魔法があったらどうなるだろうか。
ふと、そんなことを思った。
特になんてことない朝だ。思考は鈍く、薄っぺらい。
だからこそかもしれない。何もしたくない。やりたくない。疲れた。
だからこんな邪推な事を考える。
変わらない一日の、朝だった。

不思議だった。寝不足の頭が稼働をし始め、一日のルーティーンを繰り返す。
「この世界に魔法があったらいい」
確かにそうも思う。
魔法という非科学的な要素がこの世界にあれば、どれだけ自分が楽だろうか。
小説、漫画、アニメ。ファンタジックなことができたら、どれだけ世界が変わることか。
水、火、植物という自然。光、闇まで。そんなものまで操れたら、どれだけ楽しいか。

オーブントースターがチン、と音を鳴らす。
席を立ち、座らないままパンを齧った。

まあでも、難しいだろうな。
そう思考は変な方まで曲がりくねる。
そんなことは分かっていた。でも、それでも考えていた。

まず、操ることが不可能である点。
水や火など、人は体外的なものはほとんど操れない。水、火をつくることは可能としても。

そして、それに不思議な力がある点。
それらを操るのは、力がいるらしい。作品にもよるが。
まずその力を操れるまで上達するのも、ほぼ不可能に近い。
人間という動物に知能はあっても、他に特別なものはない。権力も、魔法を使う力も。
だから、絶対に、無理なのだ。

やっぱり変な方に曲がった思考を、頭をブンブンと振って、追い出す。

魔法を使う。
やっぱりそれは、おとぎ話でしかない。
所詮、夢物語に過ぎない。
そんなのわかりきっている事だった。


でも。でもな。
いつの間にか食べきっていたパンに粉を床に落としながら思う。
魔法を使ってみたい。今でもそれは変わらない、夢のような存在で。
不可能と分かっていても希望を抱いてしまう。解かっているのに。

でも。君と会った時に戻りたい。そう願うのは酷だろうか。


朝8時。車で君をターミナルまで送り出して、向き合って。
じゃあね、と弾んだ感じで君は言った。
そのあとはお互い、声が出なかった。
ただ無と喜が空気を包んでいた。
それでよかったのだと、僕は思っていた。
そのあと、僕は立ち去ってしまった。一言も交わすことなく。

そのあと、君が亡くなったと、聞いた。飛行機事故だったそうだ。
僕は何をするでもなく、呆然と立ち尽くしてしまった。


君とあの時から、もう会えていない。会うことができない。
あの時に、言った言葉が、本当になればよかったのに。

『時間よ止まれ』

第三者からしたら、意味のない言葉だ。もしかしたら、焦っている人の言葉にも聞こえたかもしれない。
でも、いまの僕からしてみればそれは、とても美しい響きだった。
とても、綺麗な言葉だった。


それが、本当になると日が来ればいい。
魔法が使える日が来るといいな。
そう、思った。

9/19/2023, 9:23:13 AM

「夜景」

風が強い日だった。
半開きにした窓から強い風が吹き、カーテンが揺れる。
舞うように、それでいてバサバサと音を立てた。
それと共に、僕の頬にも風があたる。
温かく、強く。少し冷たさを入れて。
隙間から、空が見えた。建物はここから遠くて。
月と、星だった。綺麗な三日月と、満点とはほど遠い、それでも微かに見えるような、星。
優しく、微笑むように、瞬く。
僕のとなりには、君が居た。


家を買った。静かな、質素な家を。
白かった。ほとんど、なにもなかった。ただ、そこは「部屋」という区切りがあるだけだった。
強いて言うならば、大きな窓があったぐらいだろうか。
それでも、買いたくなった。一度そこからの景色を見ただけで、それと決めたほどに。
なにか引かれるかのように、購入した。

ただの、田舎近くの一軒家だ。
屋根があって、三階があって、台所があって、リビングがあって。
それだけ。でも良かった。
そこには「怖い」も「楽しみ」もなかった。
「自分で決めた」という、安堵感だけがたたずんでいた。

今日までは、毎日毎日、同じことの繰り返しだった。
昔買った家具を段ボールへと運び、要らないものをまとめ、捨てる。
段ボールに、ただ詰めるだけ。それだけ。
ほとんど無意識に、作業化した毎日を送っていた。

今日は、新しい家に行く日。否、住む日。
引っ越し業者の隣に座り、静かに景色を眺めていた。
午後3時。着くまではあと、三時間。
ボーッと過ぎていく景色を眺めていた。
横ズレする映像のような感覚だった。かといって、特になにも感じないが。


なぜ、この家を選んだのだろう。
そんな疑問が、頭のなかを横切った。
適当に考え付いたものだったが、確かに自分でも分からなかった。
一度考えたら、根本まで知りたくなる質だ。一度ぐらい考えてもいいか、と思う。
なぜだろう。なぜあの家を選んだ? 一度しか、景色しか、見ていないのに。

否、それは一瞬で分かった。
一度やってみてはまらなかったパズルが、もう一度組み直され、カチリとはまっただけのこと。
それでも、僕にとってはとても重要で、少し息を飲むようなことだった。

僕は、あの景色を一度しか見ていない? 
そんなことない。
あの景色は、あの窓から見た景色は、君と見た景色と、とてもよく似ていたんだ。


幼い頃の、お話。
僕は、ずっと家にこもるような子供だった。
誰かが「外で遊ぼう」といっても、行かないような子供。
でも君は、ずっと家にいた僕を気遣いながら、外に出掛けさせた。無理矢理といってもいいかもしれない。
手を引っ張って、外まで出させて。

よく、空き家に行った。誰もいない、誰も来ない、質素な家。
景色を見るためだ。と君は言った。
君に連れられて入るのが、普通になっていた。
今なら不法侵入だ、と言えるぐらいのことだが、あのときにそんなことは知らない。

その家は三階建てだった。あの頃の僕にはそれだけ上るのすら辛くて。
でもそのぶん、そこから見る景色は、絶景だった。
青い空、白い雲。ときには、赤く染まった夕焼けも交えて。綺麗な昼空と朝空だった。
僕らの中に言葉はなかった。
言葉はなくても、それだけで良い。
そんな感覚だった。

僕は、そのあと、引っ越してしまった。母方の祖母が亡くなったためだ。
もともと祖母が体を悪くしたから、あの近くにいたというだけのこと。

でも君には、なにも言えない別れだった。分からなかったんだ。本当に、会えなくなるなんて。


家に着いた。段ボールを何箱か運んで、積み上げる。でも、開けはしなかった。
段ボールを開ける前に、したいことが、あった。

階段に、足を傾ける。ギシギシと、いつか聞いたよりも重い音が鳴る。
着いた、と同時に息を吐いた。三階まで歩いたら疲れるのは、変わらない。
ゆらり、と陽炎が伸びる。
その先にあるのは、窓。

夕暮れだった。ここでは、初めてみる空。
その景色は、いつの日か見た情景と、ほんの少し重なって。
空が、赤く染まっていく。水色は薄まりを見せる。
それは、とても綺麗な、夕焼けだった。

カーテンを閉める。一気に、明かりは消えて。
否、まだ見てはいけないんだ。


このあとに咲く、夜景よ。
それは、また今度。君と、見ていたい。

9/15/2023, 9:40:51 AM

「命が燃え尽きるまで」

9/14/2023, 9:59:24 AM

「夜明け前」

暗く、静かな夜だった。
周りには緩やかに流れる雲と小さな光がある。
都会ではないためか、誰も人はいない。
どこかから微かに聞こえる信号機と車のエンジン音。
家々の明かりは、もう微塵にも光を見せようとはしない。
そんな景色を、僕はただ、綺麗だなと思った。


時計が0時を回った頃。僕は静かに目を開けた。
部屋は暗く、全く音は聞こえない。聞こえると言えばせいぜい、洗濯機の音ぐらいか。
どのぐらいこうしていたのだろう。目を瞑り、布団を被り、寝返りを打つ。その行動を何度行ったことだろう。
苦しくて、なにも聞こえないかのような静けさで、寝れなかった。
やる気がでなかった。やるべきことはあるが、したくなかった。

そうこうしているうちに、真っ黒でぼやけていた視界が、徐々に鮮明化し始めた。
見えた家具の配置、全てが僕の部屋だと分かる。
色彩が見えずとも、なんとなく場所を把握する。
なにもないから、寝ればいいわけではない。
そう理性をたたき起こして、怠い体を持ち上げた。
重たい頭は最後に起き上がって。
『何かしよう』そうしないと、なにかが狂いそうだった。おかしくなるような、気がした。
窓からの光を頼りにして、物々が散らかっている部屋の中を出る。
誰もいない廊下を歩く。ギシ、と床から音がした。

下駄箱から靴を下ろし、まだ活性化していない足にいれる。
そして、ドアを開ける。後ろから、バタン、と閉まる音がした。
僕は格別されたんだ、と変な方向に思考がねじ曲がっていく。
そんな適当な考えに苦笑を漏らしつつ、小さい歩幅で道を歩いた。

静かだった。暗かった。10メートルに一度ぐらいの電灯が立ち並び、辺りをぼやっと照らしている。
都会ではないだけあって、空は広い。必要なのかわからない、高い塔もない。変なビルもない。マンションもない。
広く、重たい空だ。黒目の雲が辺りを覆い尽くす。
電柱に体を持たれ掛けた。はあ、とため息を吐く。
昔のことが、目に浮かんだ。


いつかの、君との夜道。クラスの打ち上げに呼ばれて、その帰り。
家は近かったから、控えめながら冗談を言ったりして、話していた。
あの時の空は、澄み渡っていた。星は数個しか見えないけれども、それが空の幻想さを呼び起こしていた。

あのあとはどうしたのだったか。普通に家に帰って、なにもない。と横になって直ぐ寝てしまった。

君が引っ越したと聞いたのは、その翌朝だった。
なぜ言ってくれなかったんだろう。泣かせたくなかったから? 困らせたくなかったから?

『悲しい思いをさせたくなかったんでしょう』と、誰かは言った。
もしそうだとして、嫌ではない、と言えば嘘になる。言って欲しかった。その口から、聞かせて欲しかった。
そのせいか、少し、胸がチクりと傷む。
もう一度君に会いたい。それが僕の願いであり、希望だった。


『夜明けだよ』
ふと、耳元から声がした。
吃驚して、慌てながら振り向くと、そこには君がいる。
なんでどうして。言いたい口は動かなかった。
ただ、君はナイショ、というように、人差し指を自分の口に当てる。

まだ脳の処理が追い付いていない最中、君は東の方角を指差した。
『ほら』
君の声が届いた瞬間、辺りがぱぁ、と明るくなる。
今日初めて見る太陽が辺り一面を照らして。
それは、鐘のように僕の頭を打ち鳴らす。

君の長い髪が、揺れる。その隙間から、君の笑顔が見れた、気がした。

9/13/2023, 8:24:57 AM

「本気の恋」

なぜだろう。苦しくてしかたがなかった。
暑くもない。寒くもない。ただ息が錆び付いたように、苦しかった。
その反動で、目が覚める。時計を見れば、午前3時。
怠い体と酸素が回らず、痛む頭を、無理矢理起こす。
すると、いくらか痛みは収まった。だが、まだなにか喉につっかえるような感じがあった。
窓からは星が見える。それは緩やかに世界を見下ろしていた。


『本気の恋ってなんだろうね』
君は唐突に、本を読んでる僕に向かって、そう言った。太陽が傾いてきて、教室が赤く染まる。

僕はなにも答えなかった。
恋とはなにか。
それは、好きになるってことじゃないか。
それだけだ、と。

少し不思議な空気のなか、君は話を続けた。
『愛ってね、子供を産むためにできた感情なんだって』
本から視線をはずした僕を見て、にこりと笑いながら、言う。
『子供を産むということは、血を継がせるということ。その種を根絶やしにしないこと』
話の先が見えなかった。君はなんでそんな話を始めたのだろうな。

『子を守る種は、子を守らない種よりも、子の生存率が上がる。だから、子供をつくるときに必要としてできた感情なんだとか』
初めて聞いた話に、少しだけ、納得する。
確かに、子を守る鳥類や哺乳類は生存率が高い。
逆に言うならば、魚類や両生類、爬虫類なんかは、子をたくさん産んで、生存率を上げている。
『だから、恋って一体なんだろうね。それに本気を付けたら、尚更分かんないや』
そう、自分に嘲笑しながらも、諦めたかのように、言った。


僕にはよく分からなかった。愛がもともと種の生存率を上げるためのもの。じゃあ、恋は?
確かに疑問だった。

ほとんどの動物は、恋をしない。愛があっても、恋はない。
それは、生死に関わる自然という世界で、彼らが生きているからで。
だからこそ、何度もパートナーを代えるわけで。

人間は違う。人によっては恋のするしない、愛があるないの個体差がある。
でも、それは、人が生死の危機に瀕してないからじゃないか。
人は知能を使い、爆発的に数が増えていった。
動物を支配できるくらいに。
食べる以外に動物を使うぐらいに。
種同士で、必要のない争いをするぐらいに。

だから、恋は存在する。
社会というくくりの中での、生物としての異常。
誰かを好きになるという中途半端な感情。
それらを含めて、恋というのではないか。


そう口に出そうとする。教室内は徐々に暗くなり、少し怖い雰囲気があった。
でも、出すことができなかった。口が開いても、なにも言うことができなかった。
喉が熱かった。焼けるように熱をもっていた。苦しくて、なにもできなかった。

君はなにも言わない。というよりも、君がいるのかすらわからない。
目の前にあった机や教卓がぼやける。
いつの間にか、なにも見えなくなっていた。


目が覚めた。僕は教室などではなく、自室のベッドに横になっていた。
喉がまだ微少に熱をもっていた。苦しくて目が覚めたのだろうと推測する。


君への問いは返せなかった。あの時、あの瞬間は、分からなかった。

君は今どこにいるだろう。逃げるように帰ってきてしまった。あの時へ戻ってみたいと今更思う。

『本気の恋ってなんだろう』

そう問うていた君へ、今、言いたい。
風が吹く。柔らかく、頬を撫でた。
苦しさは、いつの間にか消えていた。

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