「夜明け前」
暗く、静かな夜だった。
周りには緩やかに流れる雲と小さな光がある。
都会ではないためか、誰も人はいない。
どこかから微かに聞こえる信号機と車のエンジン音。
家々の明かりは、もう微塵にも光を見せようとはしない。
そんな景色を、僕はただ、綺麗だなと思った。
時計が0時を回った頃。僕は静かに目を開けた。
部屋は暗く、全く音は聞こえない。聞こえると言えばせいぜい、洗濯機の音ぐらいか。
どのぐらいこうしていたのだろう。目を瞑り、布団を被り、寝返りを打つ。その行動を何度行ったことだろう。
苦しくて、なにも聞こえないかのような静けさで、寝れなかった。
やる気がでなかった。やるべきことはあるが、したくなかった。
そうこうしているうちに、真っ黒でぼやけていた視界が、徐々に鮮明化し始めた。
見えた家具の配置、全てが僕の部屋だと分かる。
色彩が見えずとも、なんとなく場所を把握する。
なにもないから、寝ればいいわけではない。
そう理性をたたき起こして、怠い体を持ち上げた。
重たい頭は最後に起き上がって。
『何かしよう』そうしないと、なにかが狂いそうだった。おかしくなるような、気がした。
窓からの光を頼りにして、物々が散らかっている部屋の中を出る。
誰もいない廊下を歩く。ギシ、と床から音がした。
下駄箱から靴を下ろし、まだ活性化していない足にいれる。
そして、ドアを開ける。後ろから、バタン、と閉まる音がした。
僕は格別されたんだ、と変な方向に思考がねじ曲がっていく。
そんな適当な考えに苦笑を漏らしつつ、小さい歩幅で道を歩いた。
静かだった。暗かった。10メートルに一度ぐらいの電灯が立ち並び、辺りをぼやっと照らしている。
都会ではないだけあって、空は広い。必要なのかわからない、高い塔もない。変なビルもない。マンションもない。
広く、重たい空だ。黒目の雲が辺りを覆い尽くす。
電柱に体を持たれ掛けた。はあ、とため息を吐く。
昔のことが、目に浮かんだ。
いつかの、君との夜道。クラスの打ち上げに呼ばれて、その帰り。
家は近かったから、控えめながら冗談を言ったりして、話していた。
あの時の空は、澄み渡っていた。星は数個しか見えないけれども、それが空の幻想さを呼び起こしていた。
あのあとはどうしたのだったか。普通に家に帰って、なにもない。と横になって直ぐ寝てしまった。
君が引っ越したと聞いたのは、その翌朝だった。
なぜ言ってくれなかったんだろう。泣かせたくなかったから? 困らせたくなかったから?
『悲しい思いをさせたくなかったんでしょう』と、誰かは言った。
もしそうだとして、嫌ではない、と言えば嘘になる。言って欲しかった。その口から、聞かせて欲しかった。
そのせいか、少し、胸がチクりと傷む。
もう一度君に会いたい。それが僕の願いであり、希望だった。
『夜明けだよ』
ふと、耳元から声がした。
吃驚して、慌てながら振り向くと、そこには君がいる。
なんでどうして。言いたい口は動かなかった。
ただ、君はナイショ、というように、人差し指を自分の口に当てる。
まだ脳の処理が追い付いていない最中、君は東の方角を指差した。
『ほら』
君の声が届いた瞬間、辺りがぱぁ、と明るくなる。
今日初めて見る太陽が辺り一面を照らして。
それは、鐘のように僕の頭を打ち鳴らす。
君の長い髪が、揺れる。その隙間から、君の笑顔が見れた、気がした。
9/14/2023, 9:59:24 AM